マカカイア・ジェストの工房
街外れの小さな建物が寄せ集まっている地域にマカカイア・ジェストの工房はあった。周囲の建物と比べれば、群を抜いて大きいが、狭い道をぐるぐる回りながらやっと入り口に辿り着く。扉は小さく、木の板の手書きの看板には、『マカカイア魔導研究所』と、書かれている。この国で最高峰の魔法使いの工房にしては、肩身の狭い扱いだった。
「物資を買い占めるほど金をかけているとは思えんな」
扉を叩いてしばらく待ったが、返事が返ってこない。しびれを切らして、もう一度叩こうとすると内側から扉が開かれ、ローブ姿の若者が顔を出した。
「どなたですか?」
「アンラ・クイスと言う者です。マカカイア・ジェスト殿は、御在宅か?」
今更ながら自分の名前として名のるのは、妙に気恥しい気分になった。
「どうぞ、先生ならこちらに」
中に入ると天井から吊るされた薬草の数々や机の上の得体の知れない液体の入ったガラス容器、壁際に寄せているが床に置かれた置き場の無い荷物で随分狭く感じる。荷物の間を抜けて奥の部屋へ行くと、机に向かっているマカカイア・ジェストの姿があった。
「これは、クイス導師。わざわざこんな所まで来られるとは、どんな御用ですか?」
「魔石について聞きたい。それをどこからか手に入れた冒険者がいたのだが」
「そうですね。一次式の魔法を発動する物は楽に作れますし、冒険者の中にも製作できる者がいるでしょう。素材の耐久度によって複数回使用できます。水を浄化する、任意の温度を保つ等がそれにあたります」
「体に埋め込んで姿を変える魔石なんてのはどうだ?」
マカカイア・ジェストは黙ったままこちらを見返した。初めて濃いブルーの瞳を正面から見返した気がする。若い外見は偽りだと言うがロドニアスとは違う意味で考えが読みにくい。
「それは、四か五次式を必要としますね。魔法を組みあげるのは、縦横に本を積んでいく感じなんです。縦横の二次式の次にどこに積むかが難しく、三次式の次は途方もない」
机の上の本が逆三角形に積まれて行く。一段上がる難しさを分かりやすく示した例えだ。
「魔物の中には、そういう魔石で姿を変えられた獣も含まれていると言う話ですが、本来の生物よりも力が強く知能も高い。しかし、生物の個体ごとに調整が必要で、人間にあった物を作るとなると……。繰り返し実験が必要。魔王軍の幹部なら、それくらいはやってのけるかもしれませんね」
実験。つまりは人体実験だ。
辺境の村を襲い、実験素材を確保する過程でキートたちは魔王軍の幹部とつながりを持つようになった?
仮定にすぎないが十分考えられる。
「うらやましい事です。それだけの研究が出来れば……」
ジェストがため息交じりに呟いていた。何年も使い続けられた機材に若い弟子が一人。これだけの才能を埋もれさせているのに心が痛んだが、当の本人は、結果ではなく過程を求めているようで、研究さえ出来れば満足であるようだった。
それは不満があるからと言って、積極的に現状の変化を求めている訳でもない。極秘の研究所を建設して自分の研究時間を削るとは思えない。当然、より手間のかかる行商人の背後に彼がいる筈もない。
「そうなると、取引相手は魔王軍か」
「魔王軍と取引するのですか?」
「いや、行商隊に混ざって、魔王軍と取引した者がいるらしいと言うだけで……」
「是非、私も連れて行ってください」
「いや、我々が取引に行くわけではないんだが……」
「調べに行くんでしょう? どんな取引をしていたか。誰が取引相手なのか調べるんでしょう?」
「まぁ、そうだが」
「勇者に納得させるには、実戦で使って能力を示してこそ。なぁに、改良した魔力共鳴砲ならどんな魔物でも一発で葬れます」
言い終わらぬうちに改良した新兵器とやらを荷物の山の間から運び出し始めた。彼も連れて行かなければならないようだ。




