逃走
天井で、床で、空中で、激しくぶつかる火花が散った。のっぺりした黒い影となったキートだったが、その動きは速過ぎて、跳び回るロドニアスの影が揺れる灯りに照らされて伸び縮みしているように思えた。
戦いに巻き込まれないようにロミルの肩を抱いたまま壁際に下がった。地下倉庫内に響く衝撃音に、戦いの中を突っ切って地上へ出た方が良いのか迷ったが、突如、これまでにな大きな音がして、部屋を支える太い柱の一つがずれたかに見えた。
部屋をゆすられたような衝撃が走る。体を丸めて身を守ろうとしてがそのまま床を転がされ、起き上がった時にはロミルと離れ離れになっていた。
地下室中に砂埃が舞い上がっていたが、柱にはめり込んだような人型がくっきりと浮かび上がっている。それがキートの体だと気づくのにそれ程かからなかった。
ふっと安どのため息を漏らした瞬間、意外な声が聞こえた。
「キート! 伏せなさい!」
女の声だ。その声の主を確信したのは、石の柱に突き刺さった薄い短剣に気づいた時だった。チーナの声だ。そして、短剣に付いた小さな球が火花を発している。
「ロドニアス、爆発する、脱出しろ! 柱が崩れるぞ!」
舞い上がった埃の中どこにいるか分からない相手に大声で叫んで、頭を抱えて壁に寄り掛かった。それで爆発から身を守れるのか分からなかったが、地下室を支える柱が崩されれば生き埋めになるが、壁に寄ってれば潰されずに済むかもしれない。
しかし、地下室での爆発の衝撃は予想以上だった。耳を両手でふさいでいたが、衝撃音が圧力となって体を押さえつけてくるようだった。そのまま転がされたのか上下が分からなくなった。空中に飛ばされ永遠に落下しているような感覚だ。だが、それも唐突に終わりを告げた。
静かに床に座っていたが、目を開けているのか自信が持てないほどの暗闇だった。体を動かそうにもどちらの方向にも障害物がある。小さな容器に押し込まれているようだった。そう感じた瞬間、微かなアルコールの匂いを感じた。
「おい、誰かいないか!」
声を上げ、無理に体をずらして壁を叩くと、軽い木の音がした。樽に押し込まれている。そう理解した瞬間、パニックになったかのように木の壁を叩いた。
「今、開けますから……」
帰って来た返事は、慌てた様子もないロドニアスの声だった。木の間から光が差し込む。
「そんなに叩かなくても、空の樽を選んだんですよ」
「なぜ、樽に押し込まれているんだ?」
「クイス導師が、爆発するから樽に入れろって……、それで、樽ごと表に出したんですよ」
「あの一瞬で?…… いや、ロミルも無事か?」
「はい、そっちの樽じゃないですかね?」
ロドニアスが地下から助け出してくれたのだろうが、どうやってと聞くのは無駄な事だった。ロミルの入っていた樽の他に、地下にあった中身の入っている樽も運び出していたが、チーナとキートの姿はない。
「あの二人には逃げられたか」
ラスカーニュ商会がどこと取引していたかは、ロミルの調べていた書類から判るが、キートのあの力は、一体どんな取引をすれば、あんなものが手に入るのか。
「キートの使った紅い石は何だったんだ?」
「恐らく、魔石でしょうね。魔力のこもった石を生物に埋め込めば変容するという話を聞いた事があります。ジェストならもう少し詳しく知っているはずですよ」
「マカカイア・ジェストが取引相手って事はないだろうな?」
「いくら何でも、樽詰めの人間を欲しがるとは思えないですよ」




