手に入れた力
足音が途中で止まると、暗がりに見える足は二人分だった。手前に居た方が背後から押されて急な階段を転がり落ちてくる。それはロミルだった。
「大丈夫か?」
助け起こしながら階段から離れると、突き落とした相手は慌てずに変わらぬ歩調で階段を降りてくる。足音は一つだったが、その動きと同様に話声も自信に溢れた余裕をもっていた。
「ここで扱っている商品も見たようだな」
「何者だ?」
「一度お会いしたと言うのに異な事を。導師・クイス」
覚えられていない事が本当に意外だと言わんばかりに少し間をおいてからそう言ったが、見覚えのない男だった。ロドニアスと同じくらいの年で黒髪をきつく束ねている他は、大した特徴もない。長剣などの武器を帯びていないところが特徴と呼べたかもしれない。
「キートです。次期ギルド長と目されていた冒険者です」
肩を貸しているロミルが答えをくれた。そう言われて、フマサーサと会った時の事を思い出したが、彼の横に控えていた印象の少ない若者。やはり、記憶にあるのはその程度だった。
「冒険者が係わっていたのか」
自分の言葉に引っかかってロミルに目をやったが、彼女は気にした様子もなくキートから目を離していない。
「俺たちが、いつまでも国王に従っているだけだとでも思っていたのか?」
「国王の代わりに魔王に従う事にしたのか?」
「黙れ! 俺たちは誰にも従わん。自分たちの力で生きていくんだ」
「キート、こんな真似をして、許されると思っているの?」
「人より自分の心配でもしていろ。分不相応な席に座った責任の重さを、オロード・バリシュの短剣に命を狙われる恐怖を、じっくり味合わせてやるつもりだったが、ここを見られたからには貴様も樽詰めにしてやる」
「そして、これが、新しい商売と言う訳か」
ロドニアスが樽に足をかけ揺らしている。中に入っているものが動きに遅れて、不気味な音を立てる。
「お前たちだって、力無き者を魔物の餌としただろうがっ! 俺たちに他に選ぶ手段はなかった。国王の率いる軍が辺境の村を見捨て王都へ閉じこもっている限りはな」
「辺境の村か……」
王都が魔王軍に包囲されている状態で、魔物の侵略ルート上の小さな村がどうなったかは想像に難くない。助けてもらえると思っていた相手が逃げ出した後には、より多くの絶望と恨みが残った。その敵意は勇者や国王、王国自体に向けられている。
「畑や森に入る事も出来ず、食事の心配どころか、いつ自分が食われるのかと怯えながら暮らさねばならなかった。そんな場所から抜け出すには、手段を選んではいられなかったんだ!」
「選べる道はいくらでもある物だ。だが選択肢が増えるほど後悔も増える。だからこそ、人は他に道がなかったと選択肢に気づかないふりをするのさ」
「どんな道でも選べる才能と実力のあった貴様に何が分かる! 俺たちが選ばねばならなかった道を……、だが、そのおかげで、勇者を超える事が出来たのだがな!」
振り上げたキートの手には万年筆ほどの棒が握られていた。棒の先には紅く光る宝石がついていたが、それを勢いよく自分の胸に突き刺す。体が内側から裂けたかのような赤い亀裂が入り、その亀裂から黒い金属のような殻がキートの体を包み込んだ。
「なるほど、他の者を犠牲にして得た力で冒険者になったが、より多くの力が欲しくなったのか。その力は、何人を犠牲にして手に入れた?」
キートが奇声で答えた瞬間、両方が同時に飛び掛かった。




