樽の中の商品
通路はそのままの広さで緩やかな勾配の階段になった。途中で折り返し、数本の太い柱に支えられた仕切りの無い地下の貯蔵庫へと続いている。
「大した物はなさそうだな」
がらんとして端のほうに木箱や樽が積まれているだけで、目を引くものはないかに思えたが、ロドニアスは、迷わずその荷物の方へ歩いて行った。
「何か気になる物があるのか?」
手を触れず荷物を慎重に吟味しているロドニアスに尋ねた。
「冒険者の行方も、運んでいた荷物も、これが答えになるでしょうね」
ロドニアスが樽の一つを蹴ると、ポンッっと軽い音がして飛び上がり、倒れると、たがが外れて丸い蓋が割れた。分かってはいても動作と威力がかみ合わず違和感を覚えた。割れた樽の中から強い酒の匂いがして一歩下がったが、中身がこぼれる事はなく代わりに赤紫色の肉片が転がっていた。ふやけた腸詰肉だと思ったそれは、先は五指に分かれ、反対側は肩に繋がる。人間の腕だった。
「なっ、こいつは何だ!」
「人間の酒漬けですね。生きたまま酒の入った樽に押し込んで、樽を回転させると少量の酒でも溺れるんですよ」
「これが行方不明になってた連中か? しかし、一体何のために、こんな事を……」
「この樽を火にかけるんです。樽が炭になっていく過程で余分な酒が蒸発し、内側に充満する煙と熱で中の肉が蒸しあがる」
「肉? 蒸し上がるって、どういう意味だ?」
その意味が分からなかったわけではない。それを分かっていたからこそ、理解したくなかったのだ。
「魔物だって、料理くらいしますよ。まぁ、中には生で鎧ごと食う獣みたいなのも居ますけどね」
「魔物の調理場なのか?……」
「いえ、床に残された痕跡から、ここには食事をした跡が残っていない。使っていたのは、おそらく人間。人間を食べない魔物と言う線もありますが、そっちは薄いでしょうね」
「街の人間がこんな事をやったと言うのか? それこそ、何故なんだ?」
「商品ですよ。取引に使う商品。もちろん取引相手は魔物ですがね」
「魔物に食材を売っているだと?……」
「魔物と取引できれば、他の行商人たちよりはるかに有利になりますし、それ以上に、人の持ちえない物を手に入れる事も可能でしょう。……人には知られていない魔法技術の産物とかね」
「マカカイア・ジェストが、これを用意した? まさか……」
いくら特権的な力を持っているとはいえ、守るべき街の人々を取引材料に使うなど有り得ないと思いたかったが、古代の貴族たちなら奴隷の命を取引に使うのは当たり前と考えていただろう。彼らの常識も同じ程度の物なのだろうか?
「それを調べるんですよ」
ロドニアスの考えはまるで読めなかった。感情を良く表情に表す彼だったが、肝心な時なのを考えているのか分からない普段通りの表情を作る。そのため普段の笑いや怒りでさえ芝居じみているように思え出す。
「ここまで用意するには、魔物の好みをよく知った者が必要ですが、ジェストでなくとも冒険者たちなら同程度の知識は持っているでしょう」
「冒険者か。……チーナとその仲間が、この件にも係わっているのか?」
「短絡的に思える暗殺も、長期的な計画の一つだったのかもしれませんね」
大きな計画を隠すために、暗殺と言う手段に出た可能性もある。しかし、とりあえずは、ラスカーニュ商会の正体を調べるのが先だった。誰が何のために魔物と取引をしていたのか。
そろそろロミルの方で何か見つけてないかと、地下の探索を切り上げようとした時、荷物ではなく人が上り下りするための狭い階段から足音が聞こえてきた。




