偽物
美しい余韻が消える前に、暗殺部隊の二人の男が雄たけびを上げた。鋭く息を吐く奇声は、それ自体が何らかの攻撃であるかのように聞こえたが、二人は更に奇妙な動きであらぬ方向からディナエルに飛び掛かった。
「下がれ下郎! 貴様らがディナエル様に刃を向けようなどと……」
「チーナ。下がりなさい」
ベヌッチとトッフィム二人の暗殺者の前に立ちはだかったチーナを諫めたのはディナエルだった。必殺の一撃を放とうとする暗殺者を前にして、優雅ともいえる言葉遣いと動作だった。
その余裕の理由は、攻撃などふせぐ必要もなかったからだ。飛び掛かろうとした二人が空中で鈍い悲鳴を上げて張り付いたように停止した。ロドニアスが投げ返したナイフと同じように。
「シールドか? ディナエルには攻撃が通じないのか?」
思わず口の出た言葉に、怪訝な顔をしたロドニアスを見て、慌てて言い直した。
「そうでもありませんよ」
ロドニアスの手の中で、石が砕ける音がする。こぶし大の石を梅の実ほどの大きさに分けて別々の方向に投げつけた。二つは左右の壁に、もう二つは、チーナとディナエルにだ。ディナエルに向かって飛んだ石は同じように弾かれて地面に落ちたが、チーナは必死に転がって石を避けた。
チーナは防御壁の外側にいる? だが、それが分かったところで。
「攻撃を防ぐだけなら、そのまま捕らえてしまえばいいだけです」
ディナエルが防御でチーナが攻撃と分業しているなら、攻撃手段を奪ってしまえば、いくら自分の身を守っていても、何も出来はしないという考えか。短絡的かもしれないが、チーナを圧倒出来るロドニアスならば、それが容易な事は明白だった。一瞬にして距離を詰めたロドニアスの手が、起き上がろうとするチーナの頭を掴もうと迫った。
その時、ディナエルの足元に落ちた布切れ、暗殺部隊の二人がロドニアスに襲い掛かった。瞬時に反応して身を引くと、短剣が空を斬る。そして、二人はチーナを守るように短剣を構えて立ちはだかった。
「奴ら、どっちの味方なんだ?」
「ディナエルは死体だって操れるんです。生きてる人間を操るくらいは簡単でしょう」
「操られているのか? それでは、チーナも?」
「それは、どうですかね?」
雑談をするように答えながらも、ロドニアスは襲い掛かる二人の暗殺者と空中を飛び交うナイフをかわしながら戦っていた。時折、チーナやディナエルに向かって何かを投げつける。初めは余裕のある動きだったが、段々とチーナが苦しそうな息をして血のにじむ肩をかばっていた。
「そろそろ限界のようですね。偽物にしてはよく頑張った方でしょうね」
「偽物?」
「偽物の武器に、偽物の技。あの時の傷の深さからして、そろそろ意識を失うはずです」
チーナの限界が近いのは見て取れたが、彼女一人が脱落したとてどうなるのだ? 騒ぎを駆け付けてやって来た誰かが操られでもすれば、いくらでも攻撃手段を補充できる。
だがロドニアスの次の行動はさらに予想外だった。
拳を握ると、床に叩きつけたのだ。
足元から小さな揺れを感じた瞬間、目の前にせまったロドニアスに担ぎ上げられ、そのまますごい勢いで建物の外へと運び出された。そして、一瞬遅れて、地響きを上げながら聖堂が地面の中へ沈み込んでいった。
「地下の壁からあれだけ石を引き抜いていたので、狙った範囲を崩すのは簡単です。後は、瓦礫の山からディナエルを掘り出すだけですが……」
「これは何と言う事か! 貴様は勇者・ロドニアス! また貴様の仕業か!」
ロドニアスの話を遮ったのは、神官らしい老人の声だった。おそらく彼が神官長エバムなのだろう。せっかく会えた神官長も、今さら会う必要もなかった。
「逃げますよ、導師。直ぐに教会の連中が大挙してやってきます」
「ディナエルは?」
「他の連中に任せればいいでしょう?」
「しかし、なぜ、俺まで逃げなきゃいけないのか……」
と言いつつも、ロドニアスの後を追いかけたのは、聖堂を崩落させた言い訳を考えるよりは、逃げた方がましかもしれないと思ったからだ。
必ずしも、本当の答えが必要なわけでもないだろう。




