本物の暗殺者
灯りを照らしてみると、石壁のあちこちで石が抜けた穴が空いている。地下道だけに換気用の空気穴かもしれない。覗き込んでも穴の奥は見えなかったが、その代わり少し先の扉が通路に向かってはじけ飛んだ。続いて飛び出したのは、ロドニアスだった。
「ロドニアス! 誰と戦っている?」
「教会の、暗殺部隊ですよ」
振り返ったロドニアスの背後で、顔まで布でくるんだローブ姿の者の手に短剣が光るのが見えた。警告を発する暇もなく、ロドニアスは手に持っていた辞書ほどの大きさの石を肩越しに投げ相手を通路の突き当りまで吹き飛ばした。
「逆らう連中を始末するために、ああいう連中を飼っているんですよ」
それでは、一連の暗殺事件の犯人は、この連中なのか?
その時、通路の先で爆発が起こった。いや、煙幕のような物がはじけたと言った方が確かだろう。視界を塞ぐ煙が舞い上がり、奇妙な乾燥した草を焼いたような香ばしい匂いが立ち込める。不快ではないが、吸い込むと喉が痛んだ。先ほどから妙に息切れしていたのはこの匂いのためか。
「いったん退け、ベヌッチ」
煙の中で叱咤する声が聞こえた。相手は二人以上はいるらしい。
「待て、ロドニアス。この煙は……」
顔を覆う布はこの煙の対策だろう。対策を取らずに追いかける訳にはいかないと、ロドニアスを呼び止めたが、彼は壁に手をつくと、石を引き抜いて煙の中へ投げ込んだ。鈍い音がすると、煙が見る見る消えていく。どんな魔法かと思ったが、突き当りの石壁にロドニアスが投げた石が穴を開けていたのだ。新しく空いた穴に地下通路内の空気が吸いだされ、あっという間に通路を満たしていた煙を外へ追い出したのだった。
「追いかけますよ!」
「ああ……」
ロドニアスの判断の早さには、いつもながら感心せずにはいられなかった。最低限の方法で問題を解決するが、余りにもの対応の早さから思い付きで行動しているようにしか見えないのも仕方がない。実際の所はどちらか分からないのだ。
煙は消えたが、口を押え出来るだけ残った空気を吸い込まないように走った。前を行くロドニアスは何も気にしていないようで、どんなに速く走っても縮まらない距離を維持したまま呼吸を乱す様子もなかった。地下通路は何度も曲がり角を経て、ようやく地上へと上る階段にぶつかった。だが安堵する暇もなく、地上から戦闘の物音と怒鳴り合う声が聞こえて来ていた。
「トッフィム、これはどういう事だ!」
「だが、逃げ場はない。……やるしかねぇ!」
教会の暗殺部隊の二人の声だ。だとすると、戦っている相手は?
階段を駆け上がる。思っていたよりは薄暗い、反響する音から大きなホールの中らしい。まず初めに目に入ったのは、全身を包んだ布から突き出た腕に短剣を構えた男が二人。その周囲に、回転しながら舞う銀色の短剣が見えた。
「もう来やがった!」
男がこちらに気づいて叫んだ。それに応えるように娘の声が聞こえた。
「導師・クイス! 何故、生きている?」
聞いた事がある声だと、その姿を探すと、冒険者ギルドに居たチーナの姿があった。彼女が暗殺部隊と戦っていた相手か? では、今の言葉はどういう意味だ?
「しくじったようですね」
「そんな、私は決して……」
「教会の暗殺部隊をけしかけるような真似をするとは、やはり、貴方は侮れませんね」
その声に、言葉を失った。聞き覚えのあるどころではない、この世界で唯一信頼しても良いとさえ思えた、さっきまで一緒にいた大神官・ラミュエルの声だった。
「クイス導師。あれは、大神官・ラミュエルじゃありませんよ」
「何だと!」
驚きを発するより先に言葉を発したのは、ベヌッチと呼ばれた暗殺部隊の男だった。
「あれは、魔王軍の幹部の一人、ディナエルですよ」
「だが、あの姿は?……」
目の前にチーナの後ろにいる姿はラミュエルと瓜二つだった。
「そっくりなのも仕方がない。ディナエルは、ラミュエルの双子の妹ですよ」
「双子だと? しかも、大神官と言う立場の者の妹がなぜ魔王に加担しているのだ?」
いくらでもわき上がる疑問だが、目の前の相手が敵であることには違いない。
「ディナエル様、今度こそオロード・バリシュの飛空刃術で仕留めて見せます!」
チーナが叫ぶと同時に、小さな風切り音が聞こえた。これまでの暗殺に使われた、紙のように薄いナイフが風の中を滑るように襲い掛かって来たのだ。
「このナイフは……、それでは、犯人は……」
「あの部屋で暢気に待っていたら、導師もフマサーサと同じ目にあわされていたでしょうね」
驚きもせず答えたロドニアスは、何処から飛んで来るのかも分からないナイフをかるく虫でも追い払うように打ち返した。ナイフは真っすぐにディナエルに向かって飛んだが、彼女の少し手前で見えない壁にぶつかったかのように弾かれて床に落ちた。
「ふふふ……。追い詰めたつもりなのでしょうが、ここで勇者を倒してしまえば、無駄な争いも終わります」
ディナエルの錫杖が床を打ち、石造りの聖堂の中に甲高い音が響いた。




