ヴィムの実
「おのれ! 何をしに来た!」
教会の見張りの兵士が太い鉄の棒を振りかざして叫んだ。ロドニアスより頭一つ分は大きい巨漢の緩やかな前掛けのあるローブと不釣り合いな分厚い金属製の手甲が磨き上げられた鈍い光を放っている。
「神官長に用がある、大人しく道を開けろ」
ロドニアスが一歩前に出ると兵士は怯んだが、命じられた使命を守る責任感から持ち場を放棄する訳にはいかないと、勇者の前に立ちふさがった。
「勇者・ロドニアス! 許可なく教会に立ち入る事は許されません!」
後ろに居ても兵士の額から汗が流れるのが見て取れる。武器を構えてはいても、力づくで敵う相手ではないと分かっているようだ。それでも、役目を果たそうと必死なのだ。彼らが暴発する前に話に加わらなければ。
「教会なのに、えらく警備が厳重だな?」
「勇者・ロドニアスは、聖始暦の祭典で大神官様を襲撃したため教会の出入りを禁じられているのです!」
「昔の事を何時までも。こいつら融通が利かないんですよ」
「一体、何をしたんだ?」
「いや、話が長かったのでヴィムの種をぶつけたら大泣きしたんですよ。やっぱ子供ですよね」
「大神官様は、歯が折れて重傷だったんだぞ!」
門番の兵士は頭に上った血で顔を真っ赤にした。ロドニアスの態度を見ていれば、実力差も考えずに襲い掛かるのも時間の問題だろう。話し合うためには、引いた方がよさそうだ。
「……出直すか」
「あいつら、大袈裟に言っているだけですよ。ヴィムって、これですよ? 怪我なんてするはずないじゃないですか」
ロドニアスは露店に山のように積まれていた果物を手にしていた。色は様々だが形は丸みのある砲弾型の果実でどれも同じ大きさ、滑らかな皮は喉の渇きを癒す果汁の多そうな味を連想させる新鮮さだ。
「魔物に包囲されてる割には、食料は豊富なんだな」
値段も手ごろだ。セフィリア姫から貰った一番安い通貨でも抱えるほどの大きさの袋を渡された。
「そんな物、買ってどうするんですか?」
「売り物だろ?」
「魔法で複製した果物ですよ。武器はともかく、食べ物は精巧に複製しても酷い味ですからね」
ロドニアスはヴィムの実をボールのように扱っている。ひとつかじってみると、確かにひどい味だった。汁気は多いが水っぽく、実は口の中でぼろぼろと崩れる古くなったリンゴのような食感だった。
「王宮で出される食事とは、随分違うな」
「そりゃ、本物を使ってますからね」
本物を強調して発音した。魔物に包囲されていても、どこか余裕があるのは飢えはしないからなのか。しかし、食べられると言っても、まずい食事にいつまでも耐えていけるものなのだろうか?
「とりあえず、城に戻って、ラミュエルに教会に入る許可をもらうか」
「そいつはどうですかね」
「許可してもらえないのか?」
「それは問題ないでしょうが、大神官から連絡がいくでしょう? 教会に。そうすれば、それを受け取るのは神官長ですからね。話したくない事があれば、姿を消す可能性も」
「そうだな……。しかし、忍び込む訳にもいかないだろう」
「誰にも気づかれずに入る方法ならありますよ」
「いや、やはり許可を取って来てくれ。俺がここで見張っているから」
「分かりました。直ぐに行ってきますよ」
広場の隅にある椅子に腰を掛けると、ロドニアスの姿はもう見えなくなっていた。彼の速さならラミュエルの許可が教会に届くと同時に中へ入れるだろう。
ヴィムの実を何度かかじると種が顔を出した。梅に似た大きさの種だった。ありふれた植物の種だったが勇者がぶつければ、武器になるのかもしれないと思いつつ適当な捨て場を探すと、兵士がすごい勢いで駆けてくる姿に気づいた。大神官の許可を知らせに来た兵士かと思ったが、必死に馬を走らせる兵士の鎧は、城壁を守っていた兵の物だ。
「どっどーう! 導師様、ここにおられましたか」
走りすぎようとした兵士が手綱をしぼって馬を急停止させ、止まると同時に飛び降りた。大した乗馬技術だと感心したが、乗っているその動物は馬に似てはいるが後ろ脚が大きく前足は鉤爪が生えていた。それでも草食動物らしい。
「何かあったのか?」
「地下を探索中に襲撃され、ラゴリュート隊長が負傷されたのです」
「魔物が入って来たのか?」
「それが……、ここで説明するより、城壁へ来てください」
兵士に押されて四足動物の背に乗せられると、強引に城壁まで連れていかれた。




