冒険者ギルド
冒険者ギルドの商館は大きな入り口を持つ木造の建物だった。一階は天井の高い開放的な酒場になっており、石造りの建物が並ぶ街の通りの中で異彩を放っている。
「襲撃に備えて木造なんですよ」
複雑に梁の組まれた天井を見上げているとロドニアスが言った。石の方が攻撃された時に丈夫なのではないかと思ったが、前を歩くロドニアスに視線を向けると足元を指さしていた。そこには何もなかったが、踏み出した足の裏でキィと床が鳴った。
「……これで、姿を隠して入ってくる相手を見つけるのか?」
「そうですよ。そこまで警戒しないといけないくらい、あちこちに敵を作っているって事なんですけどね」
侵入者の対策に感心したが、ロドニアスは別の感情を持っているようだ。互い違いに置かれたテーブルの間を通り抜け奥のカウンターに向かうと、籠に積まれたカットされたパンに手を伸ばす。
「おい、フマサーサはいるか?」
「はっはい、自室に居ます……」
カウンターの中から慌てて答える声に返事もせず、両手にパンを持つと階段へ向かって歩き出す。
「クイス殿も、一つどうですか?」
ロドニアスの勝手知った振る舞いに少し戸惑たが、売り物ではなかろうかと思いつつカウンターのパンを一つ手にとって後に続いた。一口かじると、濃縮した甘さが口の中に広がる。パンよりも実が詰まっていて食べごたえはあるが、古くなったケーキのような食感でおいしいとは言えなかった。城で出される食事とは随分違う。
「携帯用にはいいんですけどね」
そう言われると、少し納得した。階段を上がりながら食べるには喉に詰まりそうだったが、口の中に押し込んで後に続く。二階の廊下は一階よりも良く軋んで音を立てる。ギルド長の部屋は分厚い木の扉がついていたが、当然のごとく開ける前に来客を待ち構えていた。
「これは、良くお出で下さいました」
机を挟んで正面に座っていた初老の男が挨拶した。両脇に若い男女が控えていたが、小さな物入れの多くついた服や頑丈そうな靴と言った身なりから彼らが冒険者なのだろう。
「ほう、こそこそ集まって何の相談だ?」
ロドニアスが椅子を二つ引き出しながら、ぶっきらぼうな物言いをした。
「いえいえ、何もやましい事はありませんよ……、これは、キートとロミルと言いまして若い冒険者たちを取りまとめている者たちでして、住民が抱えている問題を聞いていたのですが」
「住民を煽って争いの火種を大きくするのか?」
「いえ、我々は住民の安全のために、魔物が攻勢に出てきたらどうすべきかを……」
机の上にいくつか見慣れない印の入った街の地図が置かれていた。何処に誰が住んでいるか詳細に書き込んでいる。魔物に攻められた時の対策を講じているのは確かだったようだ。
「城壁付近の住人を移住させて、地下道でも掘るのか?」
しかし、ロドニアスは地図を一見しただけで彼らの意図を指摘し、フマサーサを青くさせた。地下道を包囲網の外まで掘るなど可能なのだろうかと興味がわいた。地下から魔物を引き入れる事も出来そうだが、地下道が完成していれば一匹やに引きでは済まないだろう。噂を流した犯人とは少し違うようだ。
「いや、いえ、これはですな……」
「まぁ、それよりも妙な噂を聞いたんだが」
ロドニアスは強引に話題を変えるように声を潜めた。答えに詰まったフマサーサもそれに乗らざるおえない。
「ほう、それは?」
「魔王の配下となった人間がいるって話だ」
「まさか!」
驚いて声を上げたフマサーサは慌てて自分の口を押えた。
「そんな馬鹿な話、人間が魔王の配下になれるはずがありません。魔物は上に行けば行くほど個体の強さが物を言うのはご存じでしょう? 指揮官クラスになれば人間なんて餌としか思っていない。それに取り入る方法何て……」
両手で押さえた息を飲みこんだ後、考えを巡らしながら話を続けたが自問するように話が途切れた。それをロドニアスは見逃さず、
「例えば、こんな能力でか?」
と言って指を弾くと、何かの小さな塊りが空中で奇妙な角度に跳ね返り、小さな悲鳴の後、そこに額を押さえた若い娘の姿がじわりと浮かび上がった。
「イタタ……。どうして分かったんですか?……」
「チーナ、そんな所で何をしている!」
フマサーサが声を上げた。驚き方は本物であったが、それが隠れているのを知らなかったためか、見抜かれた事を驚いているのかは分からない。それよりも、冒険者たちは皆このような能力を持っているのだろうか。
「勇者様が来てるって言うんで見に来たんですよ」
「まったく、お前らは……」
チーナはおどけて返事をした。兵士には向いていないと言った言葉通り、全体的に冒険者は統率が取れないほど若く幼いようだ。そんな彼らが特殊な能力を持っているなら、どんな行動を取る者が現れてもおかしくはない。しかし、そんな彼らが魔王軍の内通者になっていたら止める方法があるだろうか。
「導師・クイス。どうですかね?」
急に会話を振られて返答に詰まった。
「余り使えそうにないでしょう? 能力も未熟ですしね」
何と返事をして良いのか分からないまま曖昧に頷いたが、ロドニアスは満足したようにフマサーサと話を続けた。
「役に立たないなら、ギルドを解体してしまおうと導師もおっしゃってる」
「なっ、いきなりそんな無茶な話が。魔王軍に包囲されてから街の治安を維持するのに、我ら冒険者ギルドの働きは少なからずある。自分たちの安全だけ確保し住民を押さえつけるだけの連中より、評価されても良いのではないか?」
「役に立たないなら、だ。これから、導師によくアピールするんだな」
妙な責任を押し付けられて抗議しようかと思ったが、一瞬だけ向けられたロドニアスの視線に反論を封じられた。
「導師はお忙しい事ですし、行きましょうか」
先に立ち上がったロドニアスに急かされるように席を立つと、急ぎ足でギルドの商館を後にした。




