覚醒③
「⋯⋯おい。いつまで見つめているつもりだ」
アルは少し気恥ずかしそうに顔を背け、小さく咳払いをした。
耳の先端がほんのり朱に染まっているのを見逃さなかったけれど、私はあえて突っ込まずにニッコリと微笑む。
「ごめんごめん! あんまり綺麗な顔だから、つい見惚れちゃって」
「っ⋯⋯! お、お前は⋯⋯! 人間はみんなそんなに無防備なのか!?」
耳まで赤くして抗議してくる姿が、なんだか年相応の青年らしくて可愛らしい。
アルは照れを隠すように大きく息を吐き出すと、立ち上がって破れた服の胸元をサッと隠した。
傷口がすっかり塞がっているのを確認すると、どこか悔しそうに、でも真剣な眼差しを私に向けてくる。
「⋯⋯助けられた恩がある。俺は借りを作ったままにするのは嫌だ」
「え? 恩返し?」
「そうだ。お前、珍しい薬草を探しに来たと言っていただろう。俺はこの辺りの地理くらい知っている。⋯⋯案内くらい、してやらなくもない」
少し語尾を濁して背筋を伸ばす姿は、一生懸命に背伸びをして『恩を返そう』としているのが丸分かりだ。
「わあ、本当!? 助かるわアル! 実はどこに生えてるかサッパリ分からなかったのよね」
「⋯⋯あてづっぽうで境界を越えてきたのか? お前、本当に大ざっぱすぎるだろ⋯⋯」
頭を抱えて呆れるアルだけど、その赤い瞳には私に対する警戒はもうなくて、どこか誇らしげに先頭を歩き始めてくれた。
「よし! じゃあ案内よろしくね、アル!」
風に揺れる花畑の中、私の一歩後ろを少し誇らしげに、でもしっかり守るように歩く青年。
人間界の誰とも違う、彼との不思議な時間が始まりかけていた――。
「え?!19歳なの?!魔族って若いまま年を取らないって聞いたから、130歳とか言うと思った〜!」
アルの年齢を聞いて、驚くと。
「⋯⋯ある程度年を刻んだら、成長が止まり。長い年月がたつと、また成長して老いる。」
――!
へぇ〜長寿の一族だ!
「人間なんか長く生きて⋯⋯90年くらいよ?!」
「人間は儚い生き物なんだなぁ。でもお前を見ていると儚くはみえないな。ズーズーしい女にしか。」
アルはそう言ってニヤリと笑った。
「も〜言うわねぇ〜」
私はおかしくて笑い出す。
こんな気持ちいい時間は久しぶり!
「薬草はどんなのなんだ?」
アルは私を見るとそう聞いた。
「んー名前とかはわからないの。月の光で輝く草としか。」
「ほぅ⋯⋯月の光⋯⋯それを何に使うんだ?」
アルが真剣な顔で私を見る。
「え? ああ。その薬草を使ってね……ふふ、秘密の魔法薬! これを完成させて持って帰ったら、人間界で大騒ぎしてるギルがひっくり返るくらい驚く顔が見たくてね」
くふふふふ
あのツルツルの頭に毛が生える薬!
若いのに⋯⋯頭のさみしいギルがきっとびっくりするわ!
「ギル?」
アルは怪訝そうに私をみる。
「あぁ、ギルね!ギルバード・ローリンソンっていう堅っ苦しい名前の。私の友人なの。その⋯⋯くふふふふ。頭の⋯⋯くふふふふ。薄いのを直す薬をね?」
私は笑いが止まらなくなってしまう。
「⋯⋯は?」
アルは一瞬、何を言われたのか理解できないというように固まった。
そして数秒後、額に青筋を立てて盛大な溜め息をつく。
「⋯⋯お前、そんな下らない理由で魔界への境界を越えてきたというのか⋯⋯!? 自分の命を何だと思っているんだ!」
「ちょっと〜下らないとは何よ〜! 本人にとっては死活問題なのよ!? ギルなんてまだ若いのに、頭頂部を気にして夜も眠れないって泣いてたんだから!いい?アル。あなたにとっては下らなくても、他人には大きな問題なのよ?ふふふふ」
涙目になりながらお腹を抱えて笑う私を見て、アルは呆れたように頭を抱えた。
だけど、その表情にはどこか毒気を抜かれたような、柔らかい呆れ笑いが浮かんでいる。
「⋯⋯『月光草』だな」
「え?」
「お前が探しているのは、おそらく『月光草』だ。夜になると青白い光を放つ薬草で、強い再生の魔力を秘めている。⋯⋯確かに、髪を生やす効果くらいはあるかもしれんな」
「本当!? 知ってるのアル!?」
私が目を輝かせて詰め寄ると、アルは「近すぎる!」と耳を赤くして後ずさりした。
しばらく歩くと、大きな泉のほとりについた。
「わぁ!ここも綺麗なところねぇ⋯⋯」
泉の水面には青空と色鮮やかな花々が鏡のように映り込んでいて、まるで世界が二つあるみたいに幻想的だ。
「月光草は、夜になって月の光を浴びないと咲かないし、輝きもしない。⋯⋯日が落ちるまで、ここで待つぞ」
アルはそう言って、泉のほとりにある大きな木の木陰に腰を下ろした。
「はーい! じゃあお言葉に甘えて、ちょっと休憩ね」
私も迷わずアルのすぐ隣にちょこんと腰かける。
「⋯⋯っ、お前、わざわざ隣に座らなくても広いだろうが⋯⋯」
「あら、ダメ? 一緒に座った方が楽しいじゃない。それに⋯⋯」
私はチラッとアルの胸元を見る。
傷口は塞がったけれど、さっきまで凄まじい魔力暴走を起こしていたんだもの。まだ体力が完全に戻っていないのは分かっている。
「⋯⋯何かあったら、すぐまた治してあげられるしね」
そう言ってニッコリ笑うと、アルはバツの悪そうな顔をして口をつぐんだ。
「⋯⋯お前は、本当に変な人間だな」
呆れたような声。だけどその赤い瞳は、すごく温かい光を宿して私を見つめていたのだった――。
「ねぇ?アル、どうしてあんなに魔力が暴走したの?」
「あぁ⋯⋯魔族は、成人に達する頃、眠っていた魔力が解放される。時々それで自分を飲み込んでしまうときがある⋯⋯」
「なるほど⋯⋯あれで暴走を抑えられたか分からないけど⋯⋯」
私は自分の腕に付けていたブレスレットを外す。
「これ。お守りよ。魔力を安定させる効果のブレス。私が作ったのよ。今のあなたにふさわしいものよ」
私はそう言って、アルの左手の腕にブレスレットをつけた。
「⋯⋯っ!?」
アルは驚いたように自分の左手首と、私を交互に見つめた。
繊細な紫の光を宿したブレスレットが、彼の白い肌によく映えている。
「心地よいでしょ?あなたの魔力を安定させると思うわ?」
手首から伝わる温かい魔力の心地よさに目を見張ったあと、アルは慌てたように腕を引っ込めようとした。
「⋯⋯お前、こんな貴重なものを⋯⋯! 俺は受け取れん!」
「あら、照れちゃって。いいのよ、あげたんだから。それにね、せっかく助けたイケメンさんがまた魔力暴走で倒れちゃったら、私が悲しいじゃない?」
私がクスクス笑うと、アルは顔を真っ赤にして、ブレスレットを愛おしそうにそっと撫でた。
「⋯⋯勝手な奴だ。⋯⋯だが、感謝する」
ボソッと潰やいたその声には、隠しきれない愛おしさが滲んでいた。
そうして話しているうちに、少しずつ空が茜色から深い群青色へと染まっていく。
泉の周囲が静寂に包まれると同時に、足元の草むらから、ぽつり、ぽつりと幻想的な青白い光が揺らめき始めたのだった――。
「え?!すごい⋯⋯」
泉のほとり一面に生い茂る草木が、まるで星空をそのまま地上に降らせたかのように、繊細で美しい青白い光を放ち始めていた。
水面にもその光が揺らめいて反射し、あたり全体が幻想的な蒼い世界へと変わっていく。
「⋯⋯綺麗。こんな景色、人間界じゃ絶対に見られないわ」
感嘆の声を漏らしながら光の粒を見つめていると、隣に座るアルがふっと優しく目を細めた。
「⋯⋯これが『月光草』だ。夜の静寂と月の光を浴びて、初めてその真の姿を現す」
そう言って、アルは足元に咲く一輪の光る花を手際よく摘み取ると、私の方へと差し出してきた。
「ほら。お前が探していたものだ」
「アル⋯⋯!」
差し出された月光草を受け取ると、指先からほんのりと温かく優しい魔力が伝わってくる。
「ありがとう、アル! これでギルの髪もバッチリね!ふふふふ」
「⋯⋯ふっ、まだその男の頭の話をしているのか」
私が嬉しさのあまり笑いかけると、アルも今度は呆れることなく、どこか愛おしそうに静かな微笑みを浮かべた。
青白い神秘的な光の渦の中で、赤い瞳を優しく揺らす青年の姿。
その美しい横顔があまりにも絵になりすぎていて、私はしばらくの間、手の中の月光草と彼の顔を交互に見つめては、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていたのだった――。




