覚醒②
広い野原
美しい花々⋯⋯
その中に美しい紫色の髪の毛の女の人が歩く。
あれは⋯⋯だれ?
もしかして⋯⋯
「ん〜魔界っていうけど、人間の住むとこと変わらないものよね⋯⋯」
ぐーっと背伸びをして辺りを見回す。
濃い紫色の髪の毛がサラサラと風になびく。
私は、ユリーナ。
人間界じゃ『大魔法使い』なんて仰々しく呼ばれている。
この濃い紫色の髪の毛は、生まれつき莫大な魔力を持っている証拠だ。
人間と魔族。
この世界では、お互いの領域を分かつ境界線を挟んで、付かず離れずの距離感で共存している。
人間が住む地を人間界、魔族が住む地を魔界⋯⋯なんて呼んで分けている。
人間界の人達は「魔界は恐ろしい闇の地だ」なんて怖がって立ち入りもしないけれど⋯⋯実際に足を運んでみれば、こんな風に綺麗な花が咲き誇る、ただの広い世界じゃない。
そうどこも同じ世界なのよ。
住んでいる人が違っただけのこと。
「ふふ、やっぱり自分の目で確かめてみないと分からないものね」
私が今回わざわざ境界を越えて魔界にやってきた理由はひとつ。
魔界にしか咲かないっていう、珍しい魔法薬の材料を探すため。
まあ、半分以上はただの好奇心なんだけどね。
風がそよぎ、色鮮やかな花々が波のように揺れる。
のどかで、平和で、誰もいない静かな野原。
空には虹がかかっていて⋯⋯
ユニコーンだ!
ふふふふ
とても素敵な世界⋯⋯
誰よ、闇の地なんて言っていたのは⋯⋯
――そう思っていた、その時だった。
「⋯⋯ん? あれは⋯⋯?」
少し離れた花畑の真ん中に、ぽつんと「何か」が倒れているのが目に入った。
「怪我人⋯⋯?ううん。魔族ね」
魔族は人間と姿形はほぼ同じ。
魔力が強いものほど人間と同じ姿。
近づいてみると、そこに倒れていたのは一人の黒髪の青年の姿だった。
立派な身なりをしているけれど、服の一部が破れ、胸元からは痛々しい傷口が見えている。
さらに、彼の全身からは「バチバチ」と不穏な紫煙のような、荒々しく巨大な魔力が溢れ出していた。
「⋯⋯すごい魔力。放っておいたら自分の魔力に呑み込まれて死んじゃうわね、これ」
普通の魔法使いなら恐れて逃げ出すほどの圧迫感。
けれど私は、迷わず彼の隣に膝をついた。
「はいはい、運が良かったわね。通りかかったのが私で」
私は手に持っていた薬草をサッとポケットに仕舞うと、彼の胸元にそっと両手をかざす。
私の指先から溢れ出す濃い紫色の優しい光が、彼の荒れ狂う魔力を包み込んでいく。
「ん⋯⋯くっ⋯⋯」
うっすらと目を開けた彼は、私を見つめた。
「⋯⋯人間?⋯⋯人間が⋯⋯なぜ、ここに⋯⋯」
「あら、意識が戻った? 喋らない方がいいわよ。今、暴走してる魔力を抑えてあげてるんだから」
私がニッと笑って見下ろすと、彼は信じられないものを見るような目で私を見つめ返してきたのだった――。
深い⋯⋯濃い⋯⋯赤い⋯⋯瞳⋯⋯
こんな濃い赤は見たことがない。
とても綺麗⋯⋯
私は思わず引き込まれるように見つめる。
「お前⋯⋯誰だ?」
彼はそうつぶやいて私を見る
「あ。起き上がらないで?もう少し⋯⋯待って」
私は魔力で彼の体を包み込む。
「んん⋯⋯」
少し苦しい声が収まってる。
「まだ、魔力が暴走してる⋯⋯私の魔力で抑え込むから、あなたはあなたの力を自分の中にしまいなさい。あなたの力をコントロールするのよ?」
私はその彼にそう伝える。
彼はうなずくと、自分の魔力をコントロールするように、体の中へ沈める。
「そう⋯⋯上手。あなたの魔力はあなたよ?だから苦しいものでもつらいものでもない。優しく受けとめて⋯⋯うん⋯⋯上手だわ」
目の前の彼の暴走している魔力はみるみる落ち着いていき⋯⋯
痛々しい傷口がゆっくりふさがれていく。
「うん。魔力が安定したわね」
私は彼を見つめ微笑んだ。
「お前⋯⋯だれだ?」
彼は私を見つめ問いかけた。
「私は、ユリーナあなたは?」
「⋯⋯俺は⋯⋯アルヴィス」
「じゃあアルね!よろしくね!」
私はそう言って微笑む。
アルは驚いたような顔をして私を見たけど、ふっと笑った。
⋯⋯!
よく見るととてもお顔の整った人⋯⋯
魔族って、美形なんだ⋯⋯
真っ赤な瞳が何度も言うけど⋯⋯本当に綺麗。
「では、ユリーナ。人間がなぜここに?」
アルは私を見つめる。
「薬草を探しに来たのよ。あ、半分は好奇心だけどね!⋯⋯魔界って闇の地なんて言われてるけど、こんなに綺麗なんだもの。来て大正解だわ。本当に素敵な所!」
「薬草⋯⋯? ただの好奇心で境界を越えたというのか⋯⋯?」
「えへへ。こっそりね?魔法でね」
私はそう言って微笑んだ。
「お前、自分がどれだけ無茶をしているか分かっているのか?」
アルは驚いたように私を見る。
「あら。心配してくれるの?嬉しいわ!でもね⋯⋯大抵は。何とかなるのよ?ふふふふ」
私は一瞬、私がいなくなって、ギルが大騒ぎしてるかもとか考えておかしくなってしまった。
「ユリーナ⋯⋯お前変わった人間だな?お前オレが怖くないのか?」
アルは驚いたように私を見る。
「?⋯⋯全然!まだ、自分の魔力をコントロールできないひよっこちゃんなんか全然怖くないわ?なーんて。でも良かったわね!何とか抑えられて!」
アルはビックリしたように私を見ると⋯⋯
「確かにお前⋯⋯すさまじい魔力だ⋯⋯」
「んふふ。ありがとう〜」
私はアルを見つめる。
魔力が落ち着いたことで、彼の姿がより鮮明に目に入ってきた。
立ち上がろうと体を起こしたアルは、驚くほど背が高く、無駄のない引き締まった体躯をしている。
破れた上着の隙間からのぞく肌は白く、人間ではあまり見かけないほど滑らかだ。
そして、何より目を奪われるのはその顔立ちだった。
芸術品のように整った鼻筋と、引き締まった薄い唇。
夜の闇をそのまま切り取ったかのような艶やかな黒髪が、風にさらりと揺れている。
その黒髪の間から覗くのは、吸い込まれそうなほど深く濃い、神秘的な赤い瞳。
――綺麗……。
思わず心の中で何度もそう呟いてしまう。
どこか高貴で近がたい雰囲気を纏っているけれど、今はその赤い瞳に、私への戸惑いと好奇心が素直に浮かんでいるのが分かって、なんだか少し愛らしく思えてしまった。




