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第九章『ノグランル公子』

## 第九章『ノグランル公子』


第三王子アレスとして生き始めて数年。


恭平は気付いていた。


過去に縛られている。


龍瀬恭平でもない。


アレスでもない。


どちらも仮の姿だった。


---


ある日、正式に王へ願い出る。


「名を改めたいと思います」


王は不思議そうな顔をした。


「理由は」


王子は静かに答えた。


「新しい責任を負うためです」


---


王は許可した。


王族が改名することは珍しい。


だが前例がないわけではない。


功績や使命を示すために名を変えることもある。


---


こうして第三王子は新たな名を得る。


**ノグランル**


---


王都では少しだけ話題になった。


しかし数か月もすれば誰も気にしなくなった。


重要なのは名前ではない。


何をするかだった。


---


その頃。


有力貴族の一つ、公爵家から縁談が持ち込まれる。


娘の名はアカセラ。


---


アカセラは華やかな女性ではなかった。


舞踏会より書類。


宝石より統計。


噂話より現地視察。


そんな人物だった。


---


初めて会った時。


アカセラは王子に言った。


「殿下は変わっていますね」


---


ノグランルは笑う。


「よく言われます」


---


「普通の王族なら軍拡を語ります」


「殿下は橋の修繕費を語る」


---


「橋が落ちると困る人がいますから」


---


アカセラは少しだけ笑った。


---


その日から話は早かった。


---


二人とも権力に酔わない。


名誉にも執着しない。


国家運営を仕事として見る。


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結婚は成立した。


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王都では祝福された。


軍閥も商会も反対しない。


公爵家との婚姻は極めて自然な話だったからだ。


---


ただし。


誰も知らない。


この結婚が後の王国を大きく変えることになる。


---


アカセラは有能だった。


ノグランルが方向を示す。


アカセラが制度に落とし込む。


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例えば道路整備。


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ノグランル


「街道が悪い」


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アカセラ


「維持管理予算を十年単位で固定しましょう」


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例えば孤児院。


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ノグランル


「子供が困っている」


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アカセラ


「卒業後の就職先まで制度化します」


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例えば退役兵。


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ノグランル


「戦場以外で働ける場所を」


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アカセラ


「職業訓練所を作ります」


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二人は派手なことをしない。


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毎年。


少しだけ。


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国が得する。


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毎年。


少しだけ。


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無駄が減る。


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毎年。


少しだけ。


---


恨みが減る。


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ノグランルは昔を思い出すことがあった。


義肢工房。


失った腕。


失った脚。


戦争帰りの兵士たち。


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あの時、自分は身体を直そうとしていた。


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今は違う。


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直しているのは国家だった。


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ある夜。


アカセラが尋ねた。


「殿下はなぜそこまで戦争を嫌うのですか」


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ノグランルは少し考える。


そして答えた。


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「戦争が嫌いなんじゃない」


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「その後に残るものが嫌なんです」


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「憎しみですか」


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「ええ」


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「憎しみは次の戦争の材料になります」


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アカセラは静かに頷く。


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その日から二人の方針は完全に一致した。


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戦争を止めるのではない。


憎しみを減らす。


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孤児を減らす。


飢えを減らす。


不公平を減らす。


絶望を減らす。


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すると不思議なことが起きた。


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二十年後。


空覚王国は周辺国より豊かになっていた。


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軍はある。


騎士もいる。


防衛力も十分。


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だが誰も戦争をしたがらない。


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戦争をすると損だからだ。


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商人も。


農民も。


貴族も。


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平和の方が儲かる。


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その構造を、ノグランルとアカセラは二十年かけて作り上げていた。


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かつて義肢職人だった男は思う。


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「結局、身体も国も同じだったな」


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壊れた部分を見つける。


無理に切り捨てない。


少しずつ繋ぐ。


---


そうしているうちに、人も国も歩けるようになる。


---


それがノグランルの変わらぬ方針だった。


そしてアカセラは、その方針を最後まで共に支え続けた。


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