第十章『遠くへ届く声』
## 第十章『遠くへ届く声』
ノグランルとアカセラが国家運営に携わり始めて二十年。
空覚王国は豊かになった。
しかしノグランルには不満があった。
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「情報が遅い」
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王都で事件が起きる。
地方へ伝わるのは数日後。
辺境で災害が起きる。
王都へ届くのは数週間後。
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戦争よりも恐ろしいのは、知らないことだった。
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ある日。
ノグランルは工房へ向かう。
王子でありながら、昔の癖は抜けない。
自分で触る。
自分で作る。
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そこで考えた。
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「昼は太陽が出る」
「夜は光が見える」
「なら光で話せるのではないか」
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魔法を使えば簡単だった。
だが高価すぎる。
王国全体には広がらない。
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そこで彼は二つの制度を同時に考案する。
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## 第一計画
### 光信号通信網
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鏡。
反射板。
蓄電器。
簡易発光装置。
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太陽光を利用する。
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昼は反射光。
夜は蓄電した電力で発光。
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そして短い点滅と長い点滅。
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点。
線。
点。
点。
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独自の符号表。
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後に
「王国符号」
と呼ばれるものだった。
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塔から塔へ。
山から山へ。
街から街へ。
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伝令馬で数日の情報が数十分になる。
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軍は驚いた。
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商会はもっと驚いた。
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相場情報が即日届く。
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市場が安定し始める。
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ノグランルは満足した。
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しかし欠点もある。
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雨。
霧。
夜。
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見えない。
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そこで第二計画が始まる。
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## 第二計画
### 国家伝書鳩制度
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各都市に鳩舎を建設。
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王国が育成。
王国が管理。
王国が訓練。
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さらに利用料を安くした。
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商人。
職人。
農民。
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誰でも使える。
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貴族専用にはしなかった。
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アカセラは最初驚いた。
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「一般人にも開放するのですか」
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ノグランルは頷く。
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「情報は上だけ流れると腐る」
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「下からも流れるべきです」
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こうして王国中に鳩が飛び始める。
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山岳地帯。
海岸。
農村。
辺境。
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空を見上げると鳩がいる。
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人々はそれを
「王国の翼」
と呼ぶようになった。
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やがて二つの制度は統合される。
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緊急連絡
→光通信
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詳細報告
→伝書鳩
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二重化された通信網。
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災害が起きる。
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即日報告。
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盗賊が現れる。
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数時間で共有。
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飢饉が発生する。
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支援が出発する。
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戦争を防ぐより先に。
問題を知る。
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それがノグランルの目的だった。
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ある日。
アカセラが言う。
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「殿下は通信が好きですね」
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ノグランルは笑った。
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「違います」
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「人が孤立するのが嫌なんです」
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昔。
義肢工房で見た。
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助けを呼べなかった兵士。
相談できなかった職人。
声を届けられなかった家族。
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情報が届けば救えた人がいた。
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だから彼は通信網を作った。
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そして三十年後。
空覚王国は周辺諸国からこう評される。
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「奇妙な国だ」
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「戦争が起きる前に準備する」
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「飢饉が起きる前に備蓄する」
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「反乱が起きる前に話し合う」
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なぜそんなことができるのか。
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答えは単純だった。
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誰かが困った時、その声が届くからである。
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ノグランルは玉座ではなく、通信塔の上から王都を眺めた。
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かつて義肢職人だった男は知っていた。
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人を救う最初の一歩は、
力ではなく、
**「助けてくれ」という声が届くこと**なのだと。




