第十六章『二百五十年の差』
## 第十六章『二百五十年の差』
ある夜。
篤史は王国年代記を整理していた。
前世の事務用ソフトへ歴代王の記録を入力している時だった。
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「……ん?」
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数字が合わない。
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もう一度確認する。
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建国歴。
王位継承記録。
地方年代記。
教会記録。
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三回確認した。
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そして静かに椅子へ座る。
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「百五十年じゃない」
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王妃エレナが心配そうに見る。
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「何か問題ですか?」
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篤史は遠い目をした。
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「問題というより……驚きですね」
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「実は二百五十年経っていました」
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部屋が静まる。
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百年の計算違い。
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それは大きかった。
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ノグランルが死んでから、
二世紀半。
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自分が想像していた以上に長い時間が流れていた。
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すると一つの疑問が生まれる。
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「空覚王国は進歩した」
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「では周辺国は?」
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これまでの認識は危険だった。
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自国だけ見ていては判断を誤る。
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そこで篤史は王国情報局を呼ぶ。
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## 国家観測計画
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目的。
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周辺諸国の実態調査。
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軍事。
農業。
教育。
工業。
通信。
造船。
学術。
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全て調べる。
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ただし。
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征服のためではない。
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「遅れているなら追いつく」
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「進んでいるなら学ぶ」
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それが方針だった。
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数か月後。
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商人。
旅人。
学者。
職人。
外交官。
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様々な立場の調査員が送り出される。
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表向きは普通の人間。
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裏では情報収集員。
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王国情報局直属。
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一年後。
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最初の報告が届く。
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篤史は驚いた。
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## 北方連邦
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冶金技術
空覚王国以上。
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高品質鋼生産。
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軍装備優秀。
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篤史
「なるほど」
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「学ぶ価値がある」
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## 西海同盟
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造船技術。
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空覚王国を大幅に上回る。
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大型帆船。
遠洋航海。
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篤史
「港湾局へ回してくれ」
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## 東方帝国
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官僚制度。
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異常な効率。
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国家規模も大きい。
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篤史
「興味深い」
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しかし。
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さらに数年後。
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ある報告が届く。
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最重要機密。
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王のみ閲覧可。
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南方諸国連合。
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報告書を読んだ篤史の表情が変わる。
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「……これは」
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そこには書かれていた。
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通信網。
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標準規格。
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教育制度。
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軍補給制度。
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技術認証制度。
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その多くが空覚王国と似ている。
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あまりにも似ている。
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情報局長が言う。
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「模倣された可能性があります」
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篤史は首を振った。
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「違う」
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「学んだんだ」
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二百五十年。
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空覚王国だけが成長したわけではなかった。
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近隣国もまた成長していた。
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互いに観察し。
互いに真似し。
互いに改良する。
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その結果だった。
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篤史は安心した。
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もし自国だけが発展していたら危険だった。
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周囲が停滞していれば、
いずれ侵略か支配になる。
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しかし違う。
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皆が少しずつ賢くなっていた。
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その夜。
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国家健康診断表に新しい項目が追加される。
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軍事力
経済力
教育
人口
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その下。
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## 世界理解度
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自国だけ見ている国は必ず失敗する。
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篤史はそれを知っていた。
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義肢職人だった頃も同じだった。
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自分の工房だけ見ていては、
本当に必要なものは作れない。
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患者を見る。
家族を見る。
社会を見る。
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国家も同じ。
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こうして第二十五代国王篤史は、
軍拡や戦争ではなく、
**「他国から学ぶための情報網」**
をさらに強化していく。
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そして十年後。
新たな報告書が届く。
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その中には、
篤史ですら予想していなかった技術が記されていた。
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**蒸気機関。**
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空覚王国の次の時代が、
静かに近づいていた。




