第十二章『判子を減らす王』
## 第十二章『判子を減らす王』
篤史は一か月ほど黙っていた。
改革を急がなかった。
まず調べた。
ひたすら調べた。
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前世のパソコンへ情報を入力する。
人口。
税収。
道路。
学校。
軍。
警察。
裁判。
港湾。
農業。
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入力し続けて気付いた。
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「誰も全体を見ていない」
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これが問題だった。
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各省庁は優秀だった。
地方役人も優秀だった。
官僚も真面目だった。
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だからこそ問題だった。
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全員が真面目に仕事を増やしている。
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百五十年。
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制度を作る人はいた。
制度を消す人がいなかった。
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結果。
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書類の山。
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許可の山。
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報告の山。
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判子の山。
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篤史は笑った。
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「なるほど」
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「これは腐敗じゃない」
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「善意の積み重ねだ」
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悪意ではなかった。
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だから余計に厄介だった。
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翌週。
王宮会議。
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大臣たちが集まる。
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財務大臣。
軍務大臣。
司法大臣。
内務大臣。
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全員が緊張していた。
若い王だからだ。
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若い王は派手な改革をしたがる。
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歴史上そういうものだった。
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しかし篤史の第一声は違った。
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「判子を減らしましょう」
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全員固まった。
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「……は?」
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軍縮でもない。
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増税でもない。
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戦争でもない。
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判子だった。
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篤史は資料を出す。
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「この案件」
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許可印十三個。
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「こちら」
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十八個。
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「これは」
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二十七個。
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会議室が静まる。
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誰も数えたことがなかった。
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篤史は続ける。
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「なぜ二十七人も責任者が必要なのですか」
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誰も答えられない。
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なぜなら、
昔作った制度の上に
制度を足しただけだからだ。
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そこで篤史は新制度を作る。
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## 一件一責任制度
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案件ごとに責任者を一人決める。
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責任者が判断する。
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王へ持ってくるのは禁止。
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王へ上げるのは例外のみ。
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官僚たちは震えた。
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権限を渡されるからだ。
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責任も増える。
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だが同時に自由も増える。
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半年後。
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王宮へ届く書類。
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三分の一になる。
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一年後。
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十分の一になる。
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二年後。
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百五十年前の水準まで減る。
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篤史は満足した。
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しかし次の問題を見つける。
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今度は軍だった。
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軍は強い。
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だが妙なことが起きていた。
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将軍が報告書を書いている。
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大佐が報告書を書いている。
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少佐も報告書を書いている。
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全員机に座っている。
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篤史は呆れた。
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「なぜ軍人が書記官の仕事をしている」
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軍務大臣は答える。
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「伝統です」
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篤史は頭を抱える。
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「伝統が仕事してるのか」
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そこでまた改革。
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軍事事務局創設。
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書類専門部署。
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軍人は軍の仕事へ。
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書記官は事務へ。
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たったそれだけ。
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だが効果は絶大だった。
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訓練時間が増える。
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事故が減る。
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予算も減る。
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将軍たちから感謝状まで届く。
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そしてある日。
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王妃エレナが王の執務室へ入る。
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机を見る。
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昔。
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山だった。
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今。
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数枚しかない。
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「魔法ですか?」
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篤史は笑う。
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「整理です」
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「同じです」
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エレナは本気でそう思った。
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百五十年積み上がった問題が、
わずか数年で消えていく。
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だが篤史は知っていた。
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消えたのではない。
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本来あるべき場所へ戻しただけだ。
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その夜。
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前世のパソコンを開く。
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新しい表が表示される。
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国家健康診断表。
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評価。
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財政 良好
軍事 良好
農業 優秀
教育 良好
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しかし一つだけ。
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赤色。
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人口。
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篤史は眉をひそめる。
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百五十年の平和。
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豊かさ。
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教育。
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その結果。
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子供が減り始めていた。
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王国最大の危機は、
戦争でも飢饉でもなく。
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静かに進む少子化だった。
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篤史は椅子にもたれかかる。
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「さて……」
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「次の修理はこれか」
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そう言いながら、
義肢職人だった男は新しい問題へ視線を向けた。
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国家はまだ歩ける。
だが次の百年も歩けるようにするには、
今のうちに手を打たなければならなかった。




