第3話 下宿四天王と下剤の誓い
朝。
哲学者トカゲ、名をミコという。
換気扇から差し込む日差しが、目に突き刺さる。暖かい。癪に障る。まるで、生きることそのものだ。
「服は……どこだ……?」
沈黙。
「あ、俺トカゲだった」
問題はそこではない。
問題は、この下宿にある。
この下宿には『四天王』がいる。俺が旅立つ前に、片付けねばならぬ四つの問題だ。
第一の天王は便秘女王、大家さんだった。
年齢五十。便秘歴十年。
腹は臨月の妊婦の如く膨らんでいる。中身は化石の糞しかないというのに。
食生活はおにぎり、揚げ物、スティックコーヒー。野菜はどうした。
「苦いのよ、坊や」
結果、彼女が屁をこく度に、トイレのゴキブリが集団移住する。
ミコは天井に張り付き、大家さんがトイレで唸るのを見下ろしていた。
顔は真っ赤。首筋の血管が浮き出ている。まるで雷神を出産するかのようだ。
「ぬうう……出でよ……悪魔め……!」
ボトッ。落ちたのは汗だけだった。
ミコは溜息をつく。
「糞哲学者の俺が黙ってられるか。便秘は文明の敵だ。あの人が健康になれば、電気代くらい負けてくれるかもしれん」
ミッション1。大家さんの便通を改善せよ。
第二の天王はヤリチン神、マルコだった。
二十七歳。職業はローンの400ccバイクをひけらかすこと。
スキルは毎晩違う女を連れ込むこと。避妊はしない。
座右の銘は「妊娠しなけりゃ、オーケーだろ」だ。
昨夜も三人の女を連れ込んでいた。鳴き声は缶詰を奪い合う猫のようだった。
朝、奴は上半身裸でタバコをふかしながら出てくる。得意げな顔だ。
ミコは棚の上から呟く。
「馬鹿が。性病は実在するんだぞ。お前の息子にウイルスバスターでも入ってると思ってんのか?」
マルコがくしゃみをした。「へっくしょい!誰だ、朝っぱらから俺の噂してやがるのは」
ミッション2。マルコのムスコの冒険を止めよ。さもなくば歌舞伎町が淋病の震源地になる。
第三の天王は貧乏皇帝、管理人さんだ。
五十八歳。月給十万円。子は六人。
仕事は掃除、ゴミ出し、荷物の受け取り、大家さんに罵倒されること。
子供たちはご飯に塩をかけて食う。靴は穴だらけだ。それでも親父は一度も仕事を休まない。
ミコは見た。朝六時、アパート前の側溝を掃除する姿を。雨に打たれ、咳き込んでいる。
だが大家さんが通ると、彼は笑顔を作った。「おはようございます、奥様」
「尊敬もされず、給料も雀の涙か」
ミコは黙る。
胸が熱くなった。変だな。俺は変温動物のはずなのに。
ミッション3。どうにかして、この親父の格を上げてやらねば。
第四の天王は世界を浄化する男、ニックだった。
二十二歳。大学八年生。
趣味は深夜二時に過激な配信を見ること。
夢は世界を浄化すること。
部屋の壁には「目覚めよ!」のポスター。ノートPCには「正義の鉄槌」のステッカー。
昨夜、ミコは奴の祈りを聞いた。
「神よ、我に聖戦の機会を。百均一つでも構わぬ」
ミコは鳥肌が立った。祈りのせいではない。祈りながら屁をこいたからだ。臭い。
「これは聖戦じゃない、性戦だ」
ミッション4。奴が他人を壊す前に、俺が奴の脳を論理で破壊してやる。
下剤の誓い
ミコは天井から降り、ロジョ・R・ロヒト博士の部屋の鏡に張り付いた。
自分を見つめる。小さい。緑色。裸。
だがこの頭の中には、ハーバードがある。老子がいる。マキャヴェリがいる。
「ロジョ・R・ロヒト博士が俺に脳をくれたのは、黙ってろって意味じゃねえ」
「文字を教えたのは、ウィキペディアの置物にするためじゃねえ」
「俺の糞哲学は理論じゃねえ。実践だ」
ミコは息を吸い込む。
そして叫んだ。聞こえたのは「キィ!キィ!」だけだったが。
「出てこぬ糞に賭けて!
俺、ミコは誓う!
下剤の力を使い、この下宿を救ってみせる!
大家さんは快便にしてやる!
マルコは去勢してやる!
管理人さんは出世させてやる!
ニックは覚醒させてやる!」
誓いの言葉が壁に跳ね返り、自分の耳に戻ってきた。恥ずかしい。
だが構わん。哲学者も人間だ。いや、トカゲだ。
出立
ミコは博士のリュックを睨んだ。
中身はノートPC、翻訳イヤホン、地図。
机の上には、博士が捕まる前に残した最後のメモがある。
『ミコ、何かあったら、俺の家に行け。東京港区。地下室。コードは363756999。お前なら分かるはずだ。研究を続けろ。世界がお前を必要としている』
ミコはニヤリと笑う。
「363756999。猿、猫、トカゲの番号だ。あの人は弟子のことを忘れちゃいなかった」
彼はリュックによじ登り、ケーブルの隙間に潜り込んだ。
服も、パンツも持たない。
「裸が最高の正装だ。ロジョ・R・ロヒト博士の言葉だ。もっとも、本人はいつも白衣だったがな」
窓から出る前、ミコはもう一度下宿を振り返った。
大家さんはまだ唸っている。マルコはまだ全裸で寝ている。管理人さんはまだ掃除している。ニックはまだ鼾をかいている。
「安心しろ。俺は戻ってくる」
「解決策を持ってな。あるいは集団下痢を。場合による」
彼は跳んだ。壁に張り付く。北へ向かって這い始めた。
博士の家へ。
秘密の部屋へ。
そしてその後は……神乳の地へ。
トカゲの小さな一歩。
だが、その誓いは糞の山より重い。
新たな旅の始まりだ。
第3話、執筆完了しました。
今日も日給250円に支えられています。ハハハ。
今日は少し贅沢……いや、浪費してしまいました。
お昼と執筆前の夜ご飯に、カップ麺を2個食べてしまいました。
さらに、ストレスで頭が働かなくて、ついタバコを半箱(6本)買ってしまいました。
ごめんなさい。まだ執筆とフリーの仕事の両立に慣れていなくて、リズムが安定しないんです。
それでも、この作品を最後まで完結させたい気持ちは変わりません。
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では、第4話でお会いしましょう。
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Trowy-San




