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第48話:FUCK

 ◆


 戦いが終わった。


 だが、君の眉間に刻まれた皺は深まるばかりだった。


 第八層への階段が、どこにもない。


 石棺があった場所の周囲を隈なく調べる。


 壁を叩き、床を踏み鳴らし、天井に視線を巡らせても、下層へ続く道は見当たらなかった。


「おかしいな……」


 キャリエルが首を傾げる。


「ここが最深部なのかな?」


 赤い髪を掻き上げながら、彼女は君の方を振り返った。


 君は首を横に振る。


 静かに、しかし断固として。


 君の内なる(GOOD)の炎が轟々と燃え盛り、まだ討つべき者がいると囁いていた。


 それは善でもなければ(EVIL)でもない。


 (FUCK)だ。


 純粋な邪悪が、どこかで君たちを待ち構えている。


「わたくしも、まだ終わりではないと感じます」


 ルクレツィアが静かに告げた。


 聖女としての感性が、何かを察知しているのだろう。


 彼女の瞳には不安と決意が同居していた。


 モーブは無言のまま、剣の柄に手を添えている。


 彼もまた、戦いが終わっていないことを本能的に理解していた。


 ふと、キャリエルの視線が宙に浮かぶ黒い石棺へと向けられる。


「あの棺桶……」


 彼女は呟き、そして君の方を見た。


「調べてみてもいい?」


 君は頷く。


 斥候の素養もあるキャリエルなら、何か見つけるかもしれない。


 彼女は軽やかな足取りで石棺へと近づいていく。


 慎重に、しかし大胆に。


 手を伸ばし、棺の表面を撫でるように調べ始めた。


「……あった」


 キャリエルの声が響く。


「お兄さん、こっちに来て」


 君が近づくと、彼女は石棺の奥を指差した。


 そこには奇妙な文様が刻まれている。


 複雑に入り組んだ幾何学模様。


 見る者の平衡感覚を狂わせるような、歪んだ図形の連なり。


 君の顔色が変わった。


 これは──


 転送罠だ。


 しかも、ライカードのダンジョンで見かけた恐るべき"アレ"に酷似している。


 君は仲間たちに説明を始めた。


 転送罠とは、踏み込んだ者を別の場所へ強制的に移動させる魔法装置だ。


 大抵の場合、決められた場所への移動手段として使われる。


 だが、ライカードのそれは違った。


 ランダムに、どこへでも飛ばされる。


 最悪の場合──


 壁の中へ。


「壁の、中?」


 ルクレツィアが青ざめる。


 君は頷いた。


 ただ埋め込まれるだけではない。


 存在そのものが「壁」へと書き換えられるのだ。


 死ぬのでも麻痺するのでもない。


「壁」になる。


 生きてもいないし、死んでもいない。


 蘇生すら不可能。


 それは存在の消滅に等しい。


 三人はごくりと息を呑んだ。


「で、でも……」


 キャリエルが震え声で言う。


「これは決められた場所へ行くやつかもしれないよね?」


 君は頷く。


 状況的に考えて、これは第八層への移動手段である可能性が高い。


 他に道がない以上、使うしかないだろう。


 だが、その前に──


 君は休まないかと提案した。


 シェディムとの戦いで、全員が消耗している。


 特にルクレツィアは魔装付与で限界まで魔力を使い果たしていた。


 キャリエルも傷だらけだ。


「そうですわね……」


 ルクレツィアが安堵の息をつく。


「少し、休ませていただきたく……」


 彼女の足元がふらつく。


 モーブがさりげなく支えた。


 君は周囲を見回す。


 黒死聖堂と呼ばれるこの空間は、不気味ではあるが今のところ新たな敵の気配はない。


 石棺の近くでキャンプを張ることにした。


 携帯用の天幕を取り出し、手際よく設営していく。


 ライカードの冒険者にとって、ダンジョン内での野営は日常茶飯事だ。


 死と隣り合わせの環境で眠ることに、君は慣れきっている。


「火は起こさない方がいいかな」


 キャリエルが呟く。


 君は頷いた。


 携帯食料を取り出し、静かに分け合う。


 乾燥肉と堅焼きパン。


 味気ないがないよりはマシだ。


「それにしても……」


 ルクレツィアが呟く。


「転送罠、ですか」


 彼女の表情には不安が滲んでいる。


 無理もない。


 存在が消滅する可能性があるなど、誰だって恐ろしい。


 だが君は落ち着いていた。


 これまで何度も死線を潜り抜けてきた。


 転送罠にも何度か引っかかったことがある。


 幸い、壁に埋め込まれたことはないが。


「大丈夫だよ」


 キャリエルが無理に明るく振る舞う。


「お兄さんがいるんだから」


 その言葉に、ルクレツィアも小さく微笑んだ。


 モーブは相変わらず無言だが、その表情はいつもより柔らかい。


 仲間の存在が、恐怖を和らげていた。


 君は天幕の入り口に座り、見張りを買って出た。


 三人には休むように促す。


 特にルクレツィアは眠る必要があった。


 魔力の回復には睡眠が一番だ。


「でも、主様も休まれた方が……」


 ルクレツィアが心配そうに言いかけるが、君は首を振った。


 最初の見張りは自分が務める。


 後で交代すればいい。


 三人は君の言葉に従い、天幕の中で横になった。


 疲労のせいか、すぐに寝息が聞こえてくる。


 君は剣を膝に置き、闇を見据えた。


 黒死聖堂の不気味な静寂が、君を包み込む。


 だが君は微動だにしない。


 ただじっと、仲間の眠りを守り続けた。


 やがて、キャリエルがもぞもぞと起き出してくる。


「交代するよ」


 小声で告げる彼女に、君は頷いた。


 まだ完全に回復していないだろうが、彼女の申し出を断る理由はない。


 仲間を信頼することもまた、冒険者の務めだ。


 君は天幕に入り、ルクレツィアの隣に横たわる。


 聖女の寝顔は安らかだった。


 戦いの疲れが、彼女を深い眠りへと誘っている。


 君も目を閉じた。


 明日は、転送罠に飛び込むことになるだろう。


 第八層で何が待ち受けているか分からない。


 だが、恐れはなかった。


 仲間がいる。


 絆がある。


 そして燃え盛る(GOOD)の心もある。


 それだけで十分だ。


 君の意識は、ゆっくりと闇へと沈んでいった。


 夢も見ない、深い眠りへと。

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