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第46話:深淵の聖母シェディム①

 ◆


「魔装付与」とライカードでは呼ばれるその連携は、術者一名、攻撃者一名の計二名を必要とする。


 原理は単純で術者が攻撃者の得物に魔力を送り込み、威力を増幅させるというものだ。


 この連携の真髄は敵の魔法抵抗を強引に突破する点にある。


 相手がどれほど高いレジストを備えていようとも関係ない。


 攻撃者が魔力を込めればよいという向きもあるが、それを込みで考えても魔装付与のほうが威力は高い。


 なぜなら、この連携技には専門分野の相乗効果と感応の深まりが備わっているからだ。


 まず、術者は純粋に魔法の編成と制御に集中できる。


 武器の使用者である戦士は物理的な攻撃動作と同時に魔法を扱う必要がないため、身体能力と戦闘技術にすべてを注げる。


 結果、互いの役割が明確に分かれ、それぞれの強みを余すことなく発揮できるわけだ。


 さらに、二人の心の共鳴が魔力伝達の効率を飛躍的に高める。


 単独で武器に魔力をこめるより、術者と使用者の意識が溶け合い、“共鳴”を起こすことで、魔力は倍加された形で武器へ流れ込む。


 信頼関係を土台とした共鳴こそが、強大な威力を生む最大の要因だ。


 それを君は、ルクレツィアとやった。


 ・

 ・

 ・



 ◆


 いうまでもなくルクレツィアは処女である。


 降る雪の聖女の名を冠する彼女がもし男をその身に受け入れれば、彼女の聖性は瓦解してただ一人の女へと堕ちる。


 ところが今、魔装付与の術式で君と精神を繋ぎ合った彼女は性交にも似た快楽に全身を貫かれていた。


 指を曲げる。


 脚を踏み替える。


 さらには浅い呼吸さえ、小さな絶頂を呼び起こす。


 腹の奥からせり上がる脈動が骨髄を叩き、瞳の裏側で白光が弾ける。


 なぜそんな事になっているのか


 それは君の精神に巣くう血の欲、獣欲、殺戮欲が、浸透圧の理でルクレツィアへ一方的に流れ込んでいるからだ。


 濃度の高い溶液から低い溶液へ水が移動する――あの原理と同じように、密度の濃い君の衝動は、薄く澄んだ彼女の魂へ滲み込み、飽和に近いところまで満たす。


 逆流は起こらない。


 杯が貯水池を呑み込めぬように、ルクレツィアの精神が君を染めるには力が足りない。


 しかしそれを以てルクレツィアが甘イキを繰り返しているわけではない。


 だが彼女は流入する殺意を拒まず、むしろ抱きしめて制御していた。


 自らの雪白に濁流を受け入れ、聖性と獣性を混ぜ合わせてとめどなく魔力を生産し、それを君に流し込んでいる。


 ──これは……まさに、子作りでは?


 ルクレツィアはそんな事を思っていた。


 要するに、彼女は変態なのだ。


 聖女でありながら、主たる君の残滓を取り込むことに言い難い陶酔を覚えている。


 君はといえば、ほとんど影響を受けていない。


 密度差が大きすぎるため、君の心海はわずかに波立つ程度で済む。


 無数の悪魔が押し寄せる戦場で、それはまことに都合が良かった。


 ルクレツィアの祈りを灯芯とし、魔装付与は君の魔剣――ローン・モウアを蒼白に輝かせた。


 悪名高きカル・ローンの悪魔エリゴス・ハスラーから奪った剣。


 君が一度振れば、周囲の大気は凍り、二度振れば遠間へ飛んで波濤となる。


 抗魔の角皮を誇る悪魔族であっても、刃が掠れば一瞬で氷像と化す。


 君はそれを〈大凍〉級と認め、口元に僅かな笑みを浮かべた。


 ◆ 


 火焔が吼え。


 雷が落ち。


 死毒の爪が宙を裂く。


 しかし君は揺らがない。


 ──“大鉄塊”


 君が行使する全七階梯の魔術のうち第六階梯に位置する防御呪文が君を護っていた。


 発動中の肉体は攻城槌でも叩き潰せず、矢も刃も凹まぬ鋼と化す。


 だが本来、その効力は物理限定――魔術には無力なはずだった。


 しかしライカードの大賢者、かつて悪の大魔術師と謳われた老人が術核を書き換えた。


 彼は“概念硬化”の一節を付与し、外界から君へ届くあらゆる作用を曖昧化させた。


 斬撃は鉄塊に触れる前に意味を失い、雷は放電経路を見失う。


 炎は温度そのものが滞り、凍える熱となって空間に霧散する。


 いわば因果の応答時間を遅延させ、衝撃が形を成す前に打ち消す理屈だ。


 その代価として術者は重圧と鈍重を背負うが、君は“俊敏”を併用し、その難をもねじ伏せていた。


 氷刃が再び閃く。


 前衛の獣魔が胸から腹まで裂かれ、内臓が凍ったまま砕け散った。


 背後に控えていた翼ある悪魔が雷槍を投げるが、槍は空中で白結晶へと砕け、雪片となって虚空に溶けた。


 君は歩む。


 ルクレツィアの内で沸騰する極彩色の衝動を背に受けながら。


 ◆


 群れの中心で、巨体の悪魔が灼熱の大火球を吐き出した。


 しかし君は怯まずに踏み込み、ローン・モウアを一閃。


 蒼白の半月が走り、火炎もろともに巨悪の首級を切り落とす。


 巨体は膝を折り、紅い蒸気を吐きながら地に崩れた。


 戦列が乱れた隙を縫い、君は次々と悪魔を屠る。


 数は三十。


 五十。


 百を超えようと、氷の濤声が止まることはなかった。


 モーブ、キャリエルはルクレツィアの護衛だ。


 召喚された悪魔たちはとめどなくわき出でて、中には君の殺戮円陣を抜ける個体もいる。


 そういった悪魔をキャリエルとモーブは連携してしとめ、あるいは足止めしている内に君が氷刃を飛ばしてそれを屠った。 


 やがて、最後の悪魔が凍りの柱となって崩れ落ちた。


 戦場に残るのはシェディムのみ。


 ここにきてようやく魔装付与の効果は失われた。


 ルクレツィアは膝をつき、胸を押さえている。


 限界がきたのだ。


 全身を駆け抜ける烈しい快感で股を潤ませ、雪のごとき肌を汗で濡れている。


 しかし、槍となり盾ともなる多数の悪魔を退けた。


 シェディムの召喚能力も無限ではないらしい。


 継戦能力に問題を抱える君であるので、いわゆるサシの状況に持ち込めたのは非常に大きい。


 次なる問題は反射能力だが──君は既に解決策を考え付いていた。


 それは実にライカードの冒険者らしい、頭の悪いものではあったが。


 

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