表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/58

第16話:幸運の女神

 ■


 翌日、君はギルドへと足を運んだ。


 ギルドにはすでにルクレツィアとモーブが待っていたので会釈し、おはようと挨拶をする。


 ライカードの冒険者というだけで野蛮人で趣味は殺人みたいな風評被害を受けることもあるが、価値観がおかしいのは戦の場でだけであって、日常生活ではわりとマトモなのだ。


 君はギルドを見渡す。


 朝一番というだけあって、ギルドには依頼掲示板を見ているもの、仲間となにやら相談しているもの、受付嬢へ粉をかけているもの、備え付けの資料をテーブルにおき沈思黙考しているもの……色々な冒険者がいた。


 こういう空気はエンキドゥの酒場を思い出す。


 ライカードでは冒険者ギルドというようなカチっとした制度はなかった。


 その代わりに国が国費をつかって冒険者達の地力を最低限まで訓練するといった制度があった。


 最低限といっても矮小な魔なる存在と戦える程度であるので、ライカード以外の国の観点でみると「やりすぎ」ではある。


 そしてつつけば割れる卵のような存在から、ひよっこ程度までひきあげられた冒険者達は、エンキドゥの酒場に集い仲間を探すのだ。


 もしかしたら探せば4人目の仲間が見つかるもしれない、運がよければ5人、6人と……と期待をもって見回すが、これといった者は見当たらない。


 こうしてみるとルクレツィアやモーブの完成度の高さが実感させられる。


 そんな時、赤いショートカットの女性が近付いてきた。

 キャリエルだ。


「やっほーお兄さん。ひさしぶりだね。最近ギルドにも酒場にもきていなかったじゃん。どうしたの? 怪我でもしてた? あ……そちらのお2人は?」


 一瞬、まずいとおもったがキャリエルはルクレツィアたちの顔を忘れているようだった。


 ルクレツィアたちはといえば窺うような目でキャリエルをみている。


 君は即座にぴんときた。


 アレか、と。


 ライカードでは死んだものを蘇生させた際、能力が低下することがある。


 例えば少々物覚えが悪くなったり、足が少しもつれたり、力が減少したり……。


 だがこの世界の人間の場合はそういった直接的な能力低下は起きないものの、記憶に障害が発生してしまうようだ。


 あとでルクレツィアとモーブへ説明をしておく必要がある、と君は心のメモ帳へと書き込んだ。


 ■


 君はじっとキャリエルの体を観た。

 前から、横から、後ろから。


 君の透徹した視線の先にはキャリエルのおおよその階梯が見え、それは君にとっては正直にいってゴミ虫のようなものであったのだが、どうにも何かがあるような気がしてならない。


 キャリエルは目をパチパチとしばたたかせ、やや頬を染めながら抗議らしきものをした。


「ちょ、ちょ、ちょっとお兄さん!? あのう~……なにしてるのかな……」


 キャリエルが抗議するのも無理はない。


 傍目からみればただのセクハラにしか見えないのだから。


 とはいえ、君からすれば真剣そのものである。


 だが結局君にはキャリエルにどのような力が秘められているのかを見通すことはできなかった。


 もし有益なものならば、あるいは彼女を大迷宮へ連れて行く4人目の仲間としてもよかったのだが……丁度前衛が欲しかったところであるし、と君はやや落胆する。


 だがふと君は彼女と酒場で話した内容を思い出す。


 あの時彼女は嫌な予感がどうこういっていなかっただろうか? 


 予感……予感……


 君の脳裏にとある画期的な策が思い浮かんだ。


 人間は、その死の間際にこそ本来のスペックをたたき出すという……。


 ならば、キャリエルを殺してしまうつもりで拳を振るえばいいのでは? 


 もちろん当てるつもりはない。


 だが、気持ちだけは本気だ。


 君は拳をギュッと鋼鉄の如く固めた。


 その瞬間──……


「わっ! わわわ……なに!? なに!? なにしようとしたの!?」


 キャリエルが大慌てで後ろへ飛びのいた。


 君はにやりと笑う。


 彼女は当たりかもしれない。


 ■


 君はかぶりを振り、何もするつもりはないと否定した。


 キャリエルはしきりに首をかしげ、『でもなんかお兄さんに酷いことされる気がしたんだよね』と言っていた。


 君はそんなキャリエルをみて、ストレートに誘うことにした。


 殺し合い以外の駆け引きは君の、いや、ライカードの者の得意とするところではないからだ。


「え、えぇ~? 迷宮探索? いや、でも私ソロで……まあ、お兄さんだけなら別にいいけど、他の人も一緒なのはちょっと……」


 そこで君はぶっちゃけた。


 実は賊徒からキャリエルを救ったのは自分であると。


 もちろん新米冒険者達もだ。


 そして、極めて希少な回復薬を使い、死に掛けていたキャリエルたちを癒したのだと。


 キャリエルは瞼がまるで痙攣したかのようにパチパチパチパチと瞬きしていた。


 更に君は決定的な一言を言う。


 キャリエルがハノン……ギルドの受付嬢から受取った特別報酬の額だ。


 あれは本来君が受取るものだったが、君の戒律は言うまでもなく善(GOOD)である。


 善(GOOD)の戒律を信奉するものは、困っているものを無償で助けることを推奨されている。


 君は自身を善(GOOD)の鑑のようなものであると考えており、あのケースで報酬を受取ることは本来はありえないことだった。


 だが、君はそれ以前にキャリエルの家庭の事情のようなものをきいていた。


 だからあえて報酬を受取り、それを全額キャリエルに横流しするようにハノンに依頼したのだ。


 ■


 君はキャリエルにソロで冒険する理由はもうないはずだ、と言った。


 キャリエルは暫し何かを考えていたが、やがて口を開いた。

「そっかぁ……なんか、なんとなくそんな気がしていたんだけど……確証もなにもなかったからさ……。ありがとう。本当に助かりました。妹もお医者さんに頼むことができて、快方へ向かっています」


 キャリエルはぺこりと頭をさげ、続けた。


「でもお兄さん、私別に強くなんてないよ……? なんで私に声をかけたの?」


 君はキャリエルに、その危機察知能力を買ったのだ、と伝えた。


 迷宮のような魔境において、自らの危機を察知できるというのは非常に有益である。


「でも……あの時私は自分があんな目に遭うってわからなかった……ってことはないか、あれから考えたのだけど、あんまりにも危険すぎて逆に何も感じなかったんだとおもう」


 キャリエルがそういうと君はさもありなんと深く頷いた。


 君の目からみて今のキャリエルはその特殊な力を除けばちょっと強い小鬼くらいなものである。


 そんな矮小な存在が大きな危機に対して正常に反応できるはずがないとキャリエルを励ました。


「め、めちゃくちゃ言うね……そりゃ私はあんま強くないケド……ん? 危機察知能力を買ったって、じゃあさっきは私になにしようとしたの……?」


 君は言葉に詰まる。


 そんな君をキャリエルはじろじろと胡乱げな目でみていたが、ふっと表情を緩めて言った。


「いいよ、お兄さんのパーティに入ります。よろしくね」


 君は精神的にかなり追い詰められていたが、結果だけ見れば思った通りのものをだせたためほっと安堵した。


 黙ってやり取りを見ていたルクレツィアが言う。


「主様は、交渉ごとは余りお得意ではないのですね……」

全員揃いました

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30以降に書いた短編・中編

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「逆張り病」を自称する天邪鬼な高校生・坂登春斗は、転校初日から不良と衝突し警察を呼ぶなど、周囲に逆らい続けて孤立していた。そんな中、地味で真面目な女子生徒・佐伯美香が成績優秀を理由にいじめられているのを見て、持ち前の逆張り精神でいじめグループと対立。美香を助けるうちに彼女に惹かれていくが──
「キックオーバー」

ここまで



異世界恋愛。下級令嬢が公爵令嬢の婚約を妨害したらこうなるってこと
毒花、香る

異世界恋愛。タイトル通り。ただ、ざまぁとかではない。ハピエン
血巡る輪廻~テンプレ王太子とお人よし令嬢、二人とも死にました!~

現代恋愛。ハピエン、NTRとあるがテンプレな感じではない。カクコン10短編に出したけど総合33位って凄くない?
NTR・THE・ループ


他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ