〇71
アリシアの過去や国の事は多少理解できたけれど、それでもまだ十分ナガトがこの世界で生きていけるほどの常識は身に着けていない。
はっきり言えば、ナガトはこの世界の言葉は理解できるけれど特定の知識が欠如している部分があった。
これがどういう事か分からないけど、明らかに誰かが意図的にナガトの知能を改編している気はしていた。
自分に明らかに知らない知識も本当はあるのかもしれないけれど、それを自覚する事ができない。
実際の所僕はこのままこの世界に存在し続ける事で、僕は本格的に以前居た世界を忘れてしまうんじゃないかという恐れはあった。
むしろ僕は最初からこの世界にずっと住んでいて、前に僕が居たとされる世界は夢だったとしたら・・?
流石に今は完全には忘れていないけれど、その内このままの生活を続けていれば過去を確実に忘れることは可能なはずだ。
新しい知識に圧迫されて、古い知識は邪魔だから厳重にロックされる。本当は覚えているはずの古い記憶すら、余程のトラウマでもない限り本人は過去を全て忘れる事になる。
それは流石に嫌だが、もしかしたら本当にナガトという元男子高校生が過去を全て忘れる事を許容してしまうのは容易い。
本当に、この世界の方が元居た世界よりも僕にとって有意義であれば。僕は僕でなくなるのだ。
ある意味、それは別人にもなる事だけれど。それはただこの世界に適応しているだけだろう。
別にそれでも構わないけれど、僕がどうしてこうなったかは教えてくれてもいいのではないか。
「さて、私としてはもう少しリラックスしたい所だけど。あの黒いのから聞いた、極東に何故か居る怠惰の所持者も気がかりだし。正直、教団が大罪の事でここまでするとは思っていなかったわね。彼らがかなり変な事をしているとは聞いていたけど、最初はただのオカルト集団でしかなかったのに。」
「オカルト?」
「それがどうかしたの?」
「いや、魔法もあるのにオカルトって言葉もあるんだなって。」
「ん?あぁ、彼らの場合は本質的には私たちのような魔法使いの認識を凌駕してるから。ようするに、この世界を創造する一つの存在が居て、彼らがそれを信仰しているの。一神教は元からあるけれど、オルフェウス教団は私たちのような存在を悪魔と契約した存在と考えているから。教団にも魔法使いは居るくせに、無能力者による国家の成立を考えているの。排外主義に走った教団は、数十年前に国から追放処分を受けているのだけれど、衛兵に見つからない場所で彼らはまだ国内で活動を続けているのよね。」
「その一神教的な意味での神は、オカルトに分類するのか?」
「さぁ。」
「さぁって・・?」
「基本的にそこは不可知論で決着がついてるもの。私たちが死なない限り絶対に理解できない、そういった明らかに人間の認知の範疇を超えている存在を語る理由なんて最初から無いもの。」
「えっと、つまりどういう事だ?」
「ようするに、創造者である神はあまりにも私たちに比べてパワーバランスが違い過ぎるから、理解すらできないってこと。世界を一人で想像できるほどの力なら、そもそも私たちみたいな人間は理解できないでしょう?そうね・・。人間が創った建造物を鳥が理解できていないように、神のような存在を人間が理解できないのだから。最初から考察する理由が無くなるのよ。」
理解できないから神様の事なんて考えなくていい、別に理解できないのだから最初から考えなくていいというのがこの世界の魔法使いが考えらしい。
難し過ぎるけど、そもそも実生活に役に立たないのだからその思考を放棄してもいいのだ。
役に立たないものを捨てて、自分が生きていける手段を重宝するのは別に間違っていないから。




