第42話 森の死神
「あれは・・・人間、だよな・・・」
レンガは突如、目の前に現れた銀髪の女を前に動揺を隠せずにいた。
それはその身形の異様さにあった・・・。だがしかし、あれはこの世界においては正装といえる服装。貴族と呼ばれる女性が纏っているであろう、高貴な者の服装に他ならないモノ。勿論レンガ自身、そんな事はわかっていた。だが・・・ただ異様としか表現することの出来ない不思議な感覚は頭に残り続ける。
そう思わせているのは、この場所にあった。もし、ここが王国の町中であれば目の前の女性は只の高貴な身分の者にくらいにしか見えなかった筈だ。しかし、今いる場所は夜の深い森の中。大自然の真っ只中だ。王国から遠く離れているであろう深夜の森、そんな場所を一人でさまよう、ドレスを身に纏った女。もしかしたら、この世の人間では無いのではと錯覚までさせられるに十分だった。
「俺は、何を馬鹿げたことを考えてるんだ・・・落ち着けって・・・」
レンガはそんな錯覚に囚われかけるが、すぐに冷静さを取り戻すように努める。現に、この者は自分と同じ言語を発し、今もキョロキョロと辺りを探している。あの挙動から察しても人間と見て間違いは無さそうだ。
探しているのは間違いなく自分。恐らくは、先程の古式銃の射撃音を聞いてここへやって来たというところで間違いないだろう。
ここは、彼女に呼び掛け姿を晒すのが幸いか・・・。格好からして恐らくは王国の人間だと思う。
それならば、一刻も早く救援を求めるのが最善策だと思われる。
しかし、頭ではそう答えを出したが、まだ迷いを拭いされずにいる部分もあった・・・。
すると女はまるで、レンガのそんな考えを肯定するかのように、巨大な異物を取り出した。
それは女が背中越しに持っていた異様な長物。身の丈程の柄に無骨に無数の縄で取り付けられた特大の刃、その形状は大鎌とでもいった代物だった。
「あれは・・・武器、なのか・・・」
その大鎌は今まで見て来てきた、どの武器よりも禍々しかった。あんな巨大な武器をこんな華奢な女の子に扱えるっていうのか・・・。その大鎌を肩に預ける女の姿は死神を彷彿とさせるには十分過ぎた。
すると女はゆっくりと歩を進め、焚き火の前で立ち止まり、再び辺りを見回すと今度は何かを探すように鼻を鳴らした。そして・・・。
「そこにいたのか・・・。見つけたぞ」
そう言うと、ゆっくりと動いた鮮血の様な真紅の瞳が明確にレンガを捉えた。その薄く微笑んだ不気味な笑みに、レンガの背筋は激しく凍りつく。
「あ、あんたは、何者・・・なんだ」
異質な恐怖に声が上擦りながら呟きを漏らす。しかし、女はレンガの言葉を切るように静かに口を開いた。
「糧食風情と交わす言葉はない・・・」
そう言葉を切ると女は、レンガが乗る大樹へ一気に距離を詰め寄った。そして、その勢いも乗せた大鎌の一撃が大樹を襲った。
バキッッ!!
その大鎌の柄による一撃は、大樹をへし折る勢いでぶつかり、そしてその衝撃に大樹は大きく揺さぶられ、上に乗るレンガは体勢を大きく崩した。
「うわッ!!」
レンガは突然の強襲に完全に面食らい、咄嗟に傾く木にしがみつく。
今、下に落ちたらマズイ!!急展開に混乱する頭でもそれだけは理解できた。そして、未だ大鎌を大樹に叩きつけたままの姿勢でいる女を見る。すると、今度はその体勢のまま大鎌の柄にある小さな取っ手を左手で掴んだ。
「な、何をッ!? 」
そう叫んだのと同時に女は、握り直した大鎌を一気に懐へと引き寄せた。
バキバキッッ!!
まるでその草でも刈る様な動作で大樹は完全に両断される。
「うわッ!! 嘘だろッ!?」
レンガは倒れる大樹の上で何とかバランスを取ると、女から遠ざかる様に大樹を蹴り、宙を舞った。
「うっ!! ぐうぅッ!」
次の瞬間、何とか着地には成功したが地面に打ち付けられた激しい衝撃が全身を襲う。咄嗟の機転でなんとか襲撃者からは距離は取れたものの、無理な動きに再び傷口は開き、胸の包帯に血が滲み出す。
アイツは何なんだ!? なんの目的で襲って来た!? ホントに死神とでもいうのかよッ!?
襲撃者の意図はわからないものの、明確な殺意を持っているのは明らかだ。このまま只、ぼさっとしていれば次に両断されるのは自分だということだけは間違いはなさそうだった。
「くっ・・・どうする?」
先程の言葉と行動から相手はこちらと話し合う姿勢など微塵も無いことは明らか。平和的に解決なんてあり得そうもない。
それならば・・・闘うしか・・・。
そう考え、手に持つ古式銃のグリップを強く握りなおす。しかし、その動作と同時にレンガの脳裏に夢に見た不気味な二つの光点が浮かぶ。そして次の瞬間、手にしている古式銃の重さが増した。
「く、くそッ!! だめだッ!」
再び脳裏に現れたその悪夢を振り払うように、レンガは勢いよく頭を振る。
今は、そんなことを気にしている状態じゃ無いッ! やらなけりゃこっちがやられるッ!!落ち着けッ!余計なことは考えるなッ!!
だがその時、レンガの気持ちを汲んでくれたかのような状況の変化に気が付く。
崩れた大樹に潰され、焚き火が消えていたのだ。もしかしたら、上手く闇に紛れれば逃走することが出来るかもしれないという考えを閃く。
焚き火という唯一の明かりを失った夜の森は、真の闇に支配されている。これなら、相手が自分を策敵することは容易ではない筈だ。
そう考え、茂みに身を隠すように体勢を低く取り、息を潜める。しかし次の瞬間、浮上した小さな希望はあっさり打ち砕かれる。
「上手く逃れたか・・・。でも、次はないぞ」
そう小さく呟いた女の紅い眼光が、身を潜めているレンガの姿を明確に捉えたからだ。
嘘だろッ!こんな暗闇で!?
理屈はわからないが、コイツは暗闇の中でも自分を明確に索敵できるらしい。これでは暗闇に興じて逃げる事など到底不可能だった。
レンガは半ばやけくそになりながら古式銃を構える。しかし襲撃者は何の躊躇もなく、再びこちらへ突っ込んで来た。
「くそッッ!!」
レンガはそんな動きに面食らいながらも条件反射で引き金を引く。
この間合いなら、こっちに分があるッ!!
「ッ!!」
レンガが古式銃を構えるのと同時に、女は一瞬素早く足を止めると、その身を大きく翻した。
ダンッッ!!
乾いた破裂音と共に濃厚な火薬の香りがレンガの鼻を刺激する。いつもならばこの香りと同時に目標には着弾している。しかし、女は何もなかったかの様にその場に立っていた。
「ほう、飛び道具か。面白いモノを使う・・・」
女はそう呟くと、埃でも払うかの様に右肩を軽く撫でた。そこには微量の鮮血の跡。レンガの弾丸が掠めたであろう証があった。
コイツ・・・・あの一瞬で銃弾に反応したってのか!?
今まで対人戦においては無類の強さを発揮してきた古式銃。先制攻撃においては殆ど必勝に近かった武器。それを即座に分析し、対応したこの女は・・・只者ではない。
そして女は間髪入れずに、漆黒に溶け込む様にその場から姿を消す。暗闇に目が慣れていないことも相まって、レンガはその姿を完全に見失う。
「くっ!どこへッ!?」
しかし、レンガは姿を見失っても強烈な殺気だけは敏感に感じとり、迷わずその場から転がり逃げる。それはただ本能に従っただけの行動だったのかもしれない。だが、今はそれが功を奏した。
ガスッ!!
次の瞬間、先程までレンガがいた大地に大鎌が深々と突き刺さる。すると、遅れて大地に舞い降りた銀髪の襲撃者は、ふふと静かに笑い声を上げた。
「いい判断だ・・・。久々のご馳走は活き良いようだ。その生き血を啜るのが楽しみだよ・・・」
「ッッ!?」
ご馳走!? 生き血!? 今・・・確かにそう言ったよな!? コイツの目的は・・・俺の血?そ、そんな事があーー。
そう思い掛けて、ある出来事を思い出す。
前にグレースとドミヤと王国を目前にした道中、その時に言っていた。ヴァンパイア種がどうたらと、言っていたことを思い出す。まさか、コイツが・・・。
でも確か、ドミヤはそれと同時にヴァンパイア種はもういないとも言っていた筈だが・・・。
「・・・ふふ」
そんな事を思い出していると、思わず自嘲気味な笑いが漏れた。
そうか・・・そういう事か。俺は、またあれだ・・・希少な生物にレアエンカウントしたってことかよ・・・。
火竜→マンティコア→聖術体→黒応竜→ヴァンパイア。
どれだけ稀と言われている種族に遭遇してるんだよ。ここまでくると呪われているとしか思えない・・・。本当にもう、いい加減にしてくれ・・・。全く冗談じゃない。ドミヤのヤツも変なフラグ立ててくれやがって・・・クソッ!!
心の中で一人の少女に理不尽な文句を吐き掛けながらも、目の前の事態に対処すべく全力で逃げ惑う。
「ふんッ!!ハァッ!!」
しかし、女は空けられた距離を意図も簡単に詰めると、嬉々とした様子で鎌の連撃を何度も繰り出す。次々と振り上げられる刃に月明かりが反射して妖しい輝きを放ちながら、砂と木片を撒き散らした。
「ぐッ!!クソッ!!」
木々の間を縫って次々と襲い来る刃の応酬を、森と地形を利用して何とか逃れる。
尋常では無い速度で迫る連撃を前に、逃げ回ることが精一杯だ。とてもじゃないが、合間に反撃するなんて芸当は出来るわけも無い。寧ろ、これまで直撃を避け続けられていること事態、奇跡みたいなものだった。
「なかなか上手く逃げ回るな・・・。でも、それもいつまで続くか」
女は已然、微笑を浮かべながらも、手を休めることも無い。更に降り下ろされる鎌が大地を削り、砂利を巻き上げる。
俺は今度こそ、死ぬのか・・・。こんな、どこかもわからない場所で得体のしれないヤツに・・・。
・・・・・・。
冗談じゃないッ!! まだ諦めるかッ!今までこんな屈強は何度もあった筈だ!!このくらいの事ッ!!
レンガは一瞬、恐怖に呑み込まれそうになる自分に叱咤を飛ばす。生たいという執念・・・それだけを糧にしかと踏ん張る。
そして、尚も木々を盾に間一髪で逃げ続けながら、レンガは必死に頭を巡らせる。
あんな巨大な刃に捉えられたら、ひとたまりも無い。大木を両断する程の武器だ・・・。あんなモノが一撃でも直撃したら、自分の骨など意図も簡単に砕くだろう。
異常な速度で繰り出される攻撃、更に一発当たれば即終了・・・。これはどんな死にゲーも真っ青なキングオブクソゲーである。
そして、自分の武装ではあの大鎌を受け太刀することすらも出来ないときてる。
防御もなし、逃走もなし、カウンターもなしときてる。どうすりゃいいってんだよッ!
再び振り上げられる妖しい瞬きを放つ三日月を見つめる。だが、このままひたすらに逃げ回っていても、この事態は好転はしないのは明らかだった。そう思い立ったレンガは、ある一転に注目した。
とりあえず、注目すべき点はあの武器だ・・・。
大鎌、最初はあのあまりに異質な容姿から見落としていたが、あの武器の形状にこそに何かの突破口がある筈だ・・・。
大鎌。通称ウォーサイス(戦鎌)とも呼ばれていた武器。
鎌とは主に草刈りなどの農業器具として使われていた農具。そんな古来、何処にでもある手軽な道具ゆえ、これが武器として脚光を浴びた事もあった。戦闘用に改良が加えられ実戦で使われた歴史もまた、あった。
だか・・・定番化には至らず、歴史の中に埋もれてしまった事はあまり知られてはいない。
消えていった決定的な理由はその特殊な形状だった。
人間の歴史においての武器の定義とは、戦に用いること。即ちそれは対人戦、集団戦においていかに利便性があるか否かが全てである。鎌はそこに致命的な欠陥があったのだ。
横へ伸びる内向きの大振りの刃、その恩恵を得る為に必要な条件は自由に振り回すことが出来る広い空間の確保である。
だが、そんな状態をつくることは、陣形を組んでの密集戦においてほぼ不可能だったからである。
結局、その問題を解決する術は見つからず、やがて歴史の闇の中に消えていった武器の一つ。
しかし現在、一対一の立ち合いの中にいるレンガにはそんな欠点は何の意味も持たない。
しかし、そこでレンガには他の一つの考えが浮かび上がっていた。
あの武器の弱点は、間合いにあるのではないという考えだ。
一見すると万能な攻撃範囲を誇りそうな大鎌。しかし、一つ決定的な死角もある。それは超至近距離。
長い柄の先端から伸びる刃、その刃で獲物を刈り取るのがあの武器の特徴。ならば、その刃が届かない程、密着してしまえばいいのではないかと考える。完全にあの武器を無効化できるわけでは無いが、それでもっその殺傷能力を大きく落とすことは出来ると考える。
更に、こちらの武器の古式銃は至近距離でも殺傷能力を落とすことも無く応戦することが出来る。
だが、ここで一つ問題もあった。ヤツの懐にどうやって入るかだ・・・。
相手も自分の武器の弱点くらいわかっている筈。簡単に接近などさせないだろう。
それにさっきの一撃の速さ・・・。
俺はシーデやドミヤじゃない。あんなものを容易に避けて近づくことなんて芸当が簡単に出来る筈もない。縦横無尽に繰り出される刃を避ける・・・。どう考えても不可能だ。
だが、そこでまた一つの疑問が生まれる。
では何故、今はかわせているのかと・・・。しかし、その疑問の答えはすぐに思い至った。
その理由は女が先程から繰り出されているのが縦振りに限定されているからだ。あの武器においての縦斬りという動作は、もっとも攻撃範囲が狭く、避けやすい攻撃と言える。
あの武器の形状から考えて、攻撃の種類は恐らく、縦斬り・横斬り・袈裟斬りの3パターンに限られる。
本来、大鎌のような形状の武器は、その広い攻撃範囲を活かしてこそ真価が発揮される武器だ。
縦斬りは所謂、点の攻撃。極めて狭く、ピンポイントを狙った攻撃だ。それは大鎌の利点を潰した攻撃に他ならない。
では何故、この女はその範囲が限定される攻撃を繰り出し続けるのか・・・その答えは簡単だ。
今自分達が闘っている場所・・・それは森。大量の木々が生えているこの狭い空間では、自由になぎ払うことが出来ないからだ。
それなら、縦振りに限定されるこの空間こそが間合いを詰めるには有効な地形なのではとも考える・・・。しかし、それは無理だという事にすぐに思い当たる。
確かにこの木々が生い茂る地形ならば、攻撃の出所を容易に予測する事は出来るかもしれない。だが、いざ間合いを詰めるともなると、自分にとってもこの木々は非常に邪魔な存在になる。詰め寄る為に最短の進路を塞いでしまうからだ。
「どうした? そろそろ限界か?」
女は已然、息を切らせることもなく鎌を振るい続ける。
こいつ・・・遊んでやがるのか・・・。この女の様子は明らかに自分が遥かに格下の相手だと分かり、追い込み楽しんでいるように見えた。
確かに、それは紛うことなき事実なのだが・・・自分の中に沸々と悔しさと怒りが込み上げてくる。
「ふぅ・・・」
だが、レンガはそんな己の感情を鎮めるように小さく息を吐き、整える。
・・・ダメだ。落ち着け・・・。
ここで安易な行動に出れば、相手の思う壺。今、自分にはなんの余裕もないのだから・・・。
この猛攻を前には勿論、装填している暇などはあるわけが無い。となれば逃げるにせよ戦うにせよ、後3発の弾丸でどうにか凌ぎきるしかないのだ。
すると、耳に微かな音が届いて来た。その音は、こんな危機的な状態に不釣り合いな程、穏やかな音色。
それは波の打ち寄せる音。女から逃げるように後退していたレンガは、いつの間にか海岸の近くまで来てしまっていたのだ。
クソッ! このままじゃもうすぐ海岸に出てしまう!そうなったら、もう完全に終わりだ。
待ち構える絶望的な未来に悲壮感がフツフツと沸き上がる。だが、それと同時に一つの考えも浮き上がって来た。
いや・・・待てよ。それなら・・・。
そこである一つの勝機が浮かび上がる。それは完全なる賭けなのかもしれない。一時の気まぐれで一瞬にして全てが崩壊するような無謀で危険な馬鹿げた賭け。
しかしまた、今のレンガはそれに賭けるしかないとも悟っていた。この期を逃せば賭けるものすら失ってしまうのだからと・・・。
そしてやがてレンガは決心を固めるように目を細めると、全力で駆け出した。波の音の方へと。
「ふふふ・・・諦めて逃げる気か? 無駄な事だ・・・」
女は突然、脇目も振らずに全力で走り出したレンガを見ると、鎌を肩に預けて楽しげな様子でその後を追いかける。
やがて、森を抜けるとそこは見晴らしのいい砂浜が姿を現した。その砂浜には目当ての獲物が諦めた様子で立ち尽くしていた。
私はそんな絶望の縁に落ちた哀れな獲物を前に、思わず鼻を鳴らした。
「残念。行き止まりだ・・・。それとも、泳いで逃げるか?」
だが、その声にゆっくりと振り返った彼の目はまだ、絶望に沈んでなどはいなかった。そしてその強い眼光で私を捉えると、ポツリと言葉を漏らした。
「いや・・・もう逃げない。ここで終点だ」
私はこの男のそんな様子に小さな怒りを覚えていた。




