第41話 漆黒の森の中で・・・
「もう、落ち着いたみたいです」
グレースは小さく寝息を立てているユノの前髪を優しく撫でながら安堵の表情を見せた。
ここはどこかの寝室みたいだ。今は日中なのか、窓から白い光も指し込んでいる。
「まったく、ユノよりも旦那の方がよっぽど心配でさよ。まぁでも・・・そのお陰でどうにかなったのも事実でさがね・・・」
そう言うとドミヤは呆れたような表情でレンガの肩を軽く小突く。レンガはその言葉に何て返せばいいかわからず、乾いた笑いを漏らした。
「まぁまぁーいいじゃないっすかー!全員無事だったんすしッ! それにほらー、あたし達が持って来た聖水もこんなに沢山っすッ!」
シーデが示した先には、これでもかという程の量の樽が積み上げられていた。王国にて別行動を取っていた彼女
は何事も無く聖水を奪取できたとのこと。
なにはともあれ、これで全てが丸く収まることが出来たんだ。ユノも・・・彼女達も救うことが出来たんだ。これでようやく平穏な日常を過ごせるのかもしれない。
「ん? 旦那は何をニヤニヤしてるんでさか? なんか気味悪いでさよ・・・」
ドミヤはレンガの心中などお構いなしにいつも通りの様子で茶化す。
「気味悪いって、お前な・・・」
「ドミヤちゃんはまたそんなこと言って・・・。」
「まったく、お前は・・・まぁ、いいや」
そう言うとレンガはクルッと踵を返した。そう、今は何を言われてもなんとも想いはしない。それだけ清々しい気分なのだから。
「あれ・・・レンガ様どこへ?」
「ちょっと外で一服してくるよ」
背中越しにかけられたグレースに返すと、俺はそのまま外へと続くであろう扉へと歩を進める。
そうだ、これで俺はようやく救えた。救うことが出来たんだ・・・。
そんな満たされた気持ちに包まれたままノブを掴み、開く。これから続くであろう外の世界への扉を。
「あれ・・・」
しかし、レンガの視線の先に現れたのはそんなモノではなかった。
自分の視線の先に現れるのは眩しいほどの日差しが指す世界。・・・の筈だった。だが、実際にそこにあったのは。
「なんだ、これ・・・」
そこにあったのは黒。どこまでも続く黒、黒、黒。何も視認するすることの出来ない程の真っ黒な世界。
今は昼間じゃなかったのか? じゃあ、さっきまでの明るい部屋は一体・・・。
沸き出す不可解な疑問を拭い去るために一度振り返る。まだ、みんなが談笑している筈の世界へ。
「なぁみんな、これってーー」
レンガは途中で言葉を詰まらせた。今、俺には何が起きているのかわからなかった。
振り向いた視線の先には誰もいなかった。グレースも、ドミヤも、シーデも、ユノも。そこに広がっているのは、只の黒い世界。何も見えない真っ黒な世界だった。
「おい! みんな、どこ行った!? 何かの悪ふざけか!?」
叫ぶように上げた悲痛の声は誰にも届かない。闇の中に吸い込まれるだけ。ただ、耳の奥を指すような静寂だけがその場に残った。
「何が・・・どうなって・・・」
どうしていいかわからず、レンガは只、その場に立ち尽くす。今、暗闇の世界にいるのは自分ただ一人。そんなことだけが朧気にわかった。
しかし突然、何かの気配を背中越しに感じる。その何かは、ジッと自分の背中を見つめていた。そんな、気がした。
「・・・誰だ・・・」
低く掠れた声で背後に立つ何かに問いかける。
「・・・・・・」
だが、その何かはなんの言葉も発っさない。只只その場からピクリとも動こうとさえしない。
背中を冷たい汗が流れる。全身の毛穴が開いているような錯覚さえある。
やがて、息を飲むとレンガはゆっくりと振り向こうと動き出す。その身体はまるで自分の身体ではないのじゃないかという程に鉛のように重かった。
「ッ!?」
振り向いた先にあったのは、漆黒の闇の中にあった二つの光点。黒の中で瞬く二つの眼球。その持ち主は、確か・・・。
「あんたは・・・ハリーか・・・」
ハリー。ユノと共に自分達の前に現れた騎士団の男。自分と闘い、自分が手を下した男・・・。
自分が殺した・・・打ち倒した男がそこには居た。
まるで生気の無い目でただ、ジッと自分の視線を射抜いている。その言い知れない冷たい視線は例えようの無い不安な気持ちを掻き立てるには十分なモノだった。
すると・・・そのハリーの背後で更に幾つかの光点が現れ始める。
その光点の主はクリスト、その取り巻きの衛兵達や騎兵隊・・・。
そのどの人物も自分は知っているモノたち。そして、そのどの人物ももう、この世界にはいない筈のモノたち。
そして、その物言わぬ視線が一点に、レンガの元に集結する。それと同時に自分の掌に広がる生暖かく気持ちが悪い感触。
レンガはその場から直ぐ様、走り去りたい衝動に駆られる。しかし、身体の全神経はなんの応答も見せない。自分の考えを拒絶するようにその場に縫い付け続ける。
やがて、自分に向けられる視線の群れの一つに何かを見つける。黒く濁るその瞳孔の中にあったモノは・・・。
「うわぁぁぁッッ!!」
レンガは叫び声を上げながら目を開いた。
ザザーン・・・ザザーン・・・
目の前に現れたのは白い砂浜。自分はどうやらそこに横たわっているようだ。波の音も規則正しく聞こえている。
レンガは乱暴に何度も目を擦った。さっきまで見ていたモノは夢であったと言い聞かせるように。
「くそ・・・。」
あれは最近、幾度と無く見る悪夢。頻繁に見るようになったのは確か・・・ユノを助けた後からだ・・・。
最初の頃はただの気まぐれが見せる単なる夢だと思い込んだ。だがそんな考えを否定するかのように、この悪夢を見る頻度は日に日に増えていった。
自分へ向けられる虚ろな目の数々、手に感じるヌルりと気持ちが悪い血の感触・・・。
何故、そんな悪夢を見るのか・・・その理由はわかっている。自分が重ねてきた行動の・・・数々が原因だ。
人を殺す・・・。
それは禁句を犯し続けてきている自分の深層意識が生み出している幻影・・・。
しかし、罪の意識を感じているのと同時に仕方が無かったという事もわかっている。
もしあの時・・・クリスト達と対峙した時、ハリーに遭遇した時。闘わなければ、殺さなければ・・・今は無かった筈だ。グレースも、ユノも、自分自身でさえも護ることは出来なかった筈だ。あの時、それ以外の方法なんてなかった筈だ。
そう、わかっている。わかっている、筈なのに・・・。
「・・・」
俺の気持ちが晴れることは無かった。大袈裟に明るく振る舞ってみたり、酒で誤魔化そうとして・・・完全に脱ぐ去ることは出来なかった。
「はぁー・・・」
無意識に深く息を漏れる。薄目を開けて自分の掌を眺めて見た。
そこにあるのは血に汚れているわけでも無い、いつも通りの自分の掌・・・。
くそッ俺は・・・どうしちまったんだ・・・。
やがて、気持ちを落ち着いた頃合いを見計らって、身体を起こそうと全身に力を込めてみる。
「ツッ!!」
その動きに全身の至る所から痛みが走った。打ち身を負っているみたいだ。
自分は何故こんなところにいるのか・・・記憶が曖昧だ。
そこでもう一度目を閉じ、状況を整理してみることにする。
確か、ドミヤとユノとダニーの部隊と合流して遺跡を散策していた・・・。
そこに・・・そうだ! あの黒応竜が現れた! それから俺達は何とか遺跡から脱出して・・・。
それで全てを思い出した。
俺は一人、その竜を引き付けて、闘って、勝ったと思った時に崖から・・・。細かなことまでは今一思い出せないが、今に至る経緯はわかった。
よく、交通事故に合うとその直前の記憶が欠損するというが、これがそうなのか。
しかし、初めて轢かれたのが車じゃなくドラゴンって・・・とんだ初体験だ・・・。
「ぐっ・・・くッ!!」
取り合えず、自分の傷をしっかりと確認する為、痛む身体に鞭を打って仰向けに寝転んでみる。
ゆっくりとした動作で上半身についた砂を払っていく。すると、そこから身体を斜めに裂くような傷が現れた。身体に走る激痛の正体は恐らくこれだ・・・。
右肩付近から左のわき腹に向かって、衣服ごと大きく切り裂かれている。だが、出血はもう殆ど止まりかけている。吹き飛ばされたのが功を奏したのか、それほど深い傷には至らなかったみたいだ。
今はとりあえず身体を温めなくては。
長いこと海水に浸かっていたであろう身体の体温は急激に落ちている。詳しい時間こそわからないものの、今は夜だ。何かで身体を拭くことにする。
そして今度は気合を入れて、立ち上がってみる。
全身に再び鈍痛が走る。
幸いなことに欠損している箇所はないようで、なんとか歩けそうだ。
「しかし、崖から海に落ちるって・・・まるで昔やってたサスペンスかっての・・・」
くだらない愚痴を溢しつつ、海岸に隣接している木々に向かって足を引きずって歩く。
どうやら近くに先程の黒応竜はいないようだ。かなり遠くまで流されたのか。溺死しなかっただけでも奇跡かもしれない。
次に、大量の海水を吸って重くなっている鞄から幾つかの包帯を取り出す。今回はグレースがいないことで大量の包帯を買い込んだことが、ここで功を奏す。
幾つかの包帯を束ねると、思いっきり絞り、丁寧に身体を拭いていく。
海水によって身体がベタベタしている。水で洗い流そうかとも考えたが、すぐに水が確保出切るかもわからないのが今の状況、我慢したほうがよさそうだ。不器用な手つきで胸の傷に包帯を巻き終えると一通りの治療は終えた。
「少し場所を移動したほうがいいかもしれないな・・・」
今、自分がいるのは見晴らしのいい砂浜。バカンスで来ているのであれば、これ以上のものもない程の最高のロケーション。しかし、現在の自分の状況を考えるとこの場所はあまりいい場所とは思えなかった。
この見晴らしの良さは言うなれば、無防備な状態以外に他ならない。もし、何かに襲撃されでもしたら身を隠すことすらままならない。ここはドラゴンなどの巨大な生物が当たり前に闊歩している世界なのだ。今更なにが現れても不思議ではない。そんな生物から身を護る為にも、この場所は不都合。
それにこの時間の海風は少々冷える。凍死する程ではないいにしろ、あまり身体にいいものではなさそうだ。
そう考えある方向に視線を向ける。
そこは海岸に隣接し、砂浜を縁取るように広がる森。日が登るまで焚き火で暖を起こし、休息を取るには一番都合が良さそうな場所だった。
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レンガは痛む身体に鞭を打ち、疲れた表情で暗い森の中を進んでいた。夜の森はぞっとする程に静かで、動くものの気配は何もない。
「くそ・・・気味が悪いな」
只、目的もなくその森を進むレンガに、なんとも言えない不安感がつきまとっていた。時折、風に揺られてカサカサと動く木々の葉が闇に蠢く亡者にも見える。
「・・・」
レンガは無言で自分の背後を振り向く。この行動はもう何度目になるのか・・・。先程から何かに見られているのでは無いかという考えに何度も後ろを振り返った。だが、そんなレンガの動きを嘲笑うかの様にその先には何者もいなかった。
只の勘違い、か・・・。そう何度も思い、また足を動かし始める。だが、レンガの中の正体不明の不安感を拭い去ることは叶わないままだった。
「ふぅ・・・。」
ようやく都合良さそうな場所を見つけたレンガは、急ぐ様子で焚き火を起こしてから、ようやく一息ついていた。火を前にしただけで少し落ち着いた気分になる。ほのかな熱と柔らかな明かりを発する優しげな炎にこんな効果があったのかとゆっくりと目を閉じた。
やがて暫く気持ちを落ち着かせた後で、もう一度鞄の中身を検めてみることにする。
ストックの火薬は濡れてしまって完全に駄目だ。容器に移してあったものだけは使えそうなのが幸いだった。しかし、肝心の古式銃がびしょ濡れだ。これでは使えない・・・。まずは、これをどうにかしなければ・・・。
放置して錆びたりでもしたら大変だ。
水を一口だけ含むと、古式銃をばらして一つ一つ拭いていく。こんなどこかもわからない場所で丸腰だけは勘弁だ。最優先でどうにかしなければ・・・。
しかし、こうやって一人きりで森にいると、この世界に来たばかりの頃を思い出すな・・・。
焚き火の淡い光を前にしてるからか、どうも感傷的な気分になってくる。
あの時はいきなり知らない土地に放り出されて、只々右葉左様するだけだった。身を守る術はおろか、火を起こす事も満足に出来やしなかった。
でも、今はもう慌てふためく事も無く、冷静に対処している。これは大きく成長したんだと深く実感できる。
だが、そこでもう一つの変化もあった。
一人になったことに心細さを感じている自分がいた。
それは身を守る上でとかでは無く、単に孤独から来る不安。こんな感情は抱いたことがあまり無かった、と思う。むしろ、一人でいる事にこそ、安心感を抱いていた筈だ。
「アイツらは無事に逃げられたかな・・・」
ふと、遺跡の入口にて別れたドミヤ達の安否が頭をよぎる。ユノは・・・ダニーさんがついているから恐らく大丈夫だと思う。
「そういえば、グレース達は上手くやれたか・・・」
波乱に満ちた旅路で考える余裕が無かったが、順調に運んでいればもう帰路についてもいい頃だ。
まぁ、でもあのメンツなら問題ないか・・・。
元王国騎士のガラティアさん、随一の戦闘能力を持つシーデ、援護と治癒に特化したグレース。
RPGでいうと、戦士・武闘家・ハンター兼僧侶。
これだけ理想的なパーティもそうないだろう。
それに比べて、こちらは武闘家・魔法使い・商人といった感じか。とてつもなく歪なパーティだ。長期戦になれば全滅待った無しであろう。
よくまぁ窮地を乗りきれたものだ・・・。
そんな事を考えていると、ある言葉が頭を過ぎる。
-三人の方々は人類とは異なった生物-
あの遺跡でシェリーが言い放った言葉だ。
それはつまり、俺はこの世界のヒト種でも亜人種でも無いという事だ。この世界に紛れ込んだ異物。それが俺なのだ。
そんな事を考えていると、急に心細くなってくる。まるで絶滅危惧種にでもなったような気分だ。まぁ、強ち間違ってはいないんだけども・・・。
ふと、漆黒の天空に浮かぶ二つの月を見上げる。シェリーはあの星は人類が造ったコロニーだと答えた。
昔からよく月の裏側で何かを作っているんじゃないかと噂はされていた。ネットなどでよく見かけるオカルト風味の都市伝説のようなものだ。
「その正体があのコロニーだったってことになるのか・・・」
レンガは夜空に浮かぶ小ぶりなもう一つの月に、ポツリと呟く。太陽の光を受けて月と共に輝く少し小ぶりな星。それはとても人工物には見えなかった。
「あそこには、まだ人類が生き残ってたり・・・」
その呟きは希望というよりは願いだった。本当に一人きりの生物になってしまったんじゃないかという不安が絞り出させた呟き。でも、それは淡い願いだとすぐに悟る。
「でも、人類の文明が滅んでからどれくらい経っているかわからない以上、それは、ありえないか・・・」
ここまでのこの世界で残された人工物はほとんど確認していない。シェリーがいたシェルターが初めてだった。
恐らく、人類が長い刻をかけて作り上げてきたモノの数々は、人類の歴史以上の時間をかけて土へと還っていったのだろう。そして、この大自然は何も残しはしなかった。そこには元々人類など存在しなかった・・・そう言っているかのように・・・。
そんな感傷的な気持ちを抱きつつ、もう一度夜空を仰ぐ。
俺は、これから・・・どこへ向かって行くのだろうか・・・。
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「ふぅ・・・これで終わりだな」
丁寧に拭きあげて組み直した二丁の古式銃を地面に置くと、まだ痛みが残る二の腕を軽く摩る。
そこでそういえばと、一つ思い出す。
そして、鞄から一つの袋を取り出す。これはダニーさんと合流する前にドミヤから渡された物だ。
「確か、散弾の試作を作ってみたって言ってたな」
袋から礫を一つ取り出してみる。大きさはいつも使っている弾丸と殆ど変わらない。材質は少し柔らかな感触で鉛とは違うモノのようだ。
「丁度いい機会だし、試しておくか・・・」
未知の弾丸をいきなり実戦に投入する訳にもいかない。それに今は一つでも多くの護身になり得る武器が欲しい。
ここは自分が居たような平和な世界ではないのだ。いつどこから危険な生物が襲ってきてもおかしくない。そんな時に出来ることは、自分の身は自分で護ることだけ。それだけだ。
これは、この数ヵ月間で自分が変わった劇的なことの一つ。今考えて見ると、前の自分はいかに護られている環境にいたのかと改めて実感出来る。
ついでに、ここで発砲する行為事態にも意味はある。
それは付近にいる野生動物への威嚇、更には近くにいるかもしれない人間への合図にもなる筈だ。
そうと決まれば、すぐに行動だ。
無事だった火薬とドミヤお手製の弾丸をもうすっかり慣れてしまった手つきで込めると撃鉄を起こす。
そして、正面にそびえる大樹に照準を絞ると、続けて引き金を引いた。
ダンッ!!
乾いた破裂音と同時に大樹が揺れた。着弾したのを確信すると痛む身体を起こして大樹へ歩き出す。
「これは、なかなか・・・」
目を懲らせて見ると、大樹には細かな無数の風穴が空いていた。
マンティコアの時に付け焼き刃で放った砂利の散弾とは別物の威力。
ドミヤのヤツ・・・流石だな。
現物を手にすることも無く、これだけのクオリティの物を作り出したドミヤの技師としての腕には改めて感服させらる。
これで集団戦の戦術の幅が広がりそうだ。
その後は辺りを警戒しながら、持ち合わせの干し肉を食べて過ごし、そろそろ睡眠の事を考える。
「さて、どうするか・・・」
寝るにあたって一番の問題は場所だ。
このまま、焚き火の横で寝るのもいいが、少し不安を覚える。
なんと言ってもここは自分の世界とは違う。動物の全てが火を恐れるとは限らない。火竜なんてとんでもない生物がいるくらいだし・・・。
そんな未知の猛獣に襲撃された際、無防備に寝転んでいたら格好の獲物だ。
ならば、と思い立つと立ち上がり、残った小枝を焚き火に放り込む。
そして鞄を持つと、手頃な木に登る。
「ぐ、ぐぐゥ・・・。木登りなんて、何年ぶりだよ」
全身の激痛に悶えながらも、全身全霊で登りきると、適当な木の股に腰を下ろす。
「ここなら少しは、安心出来るかな。お、落ちなければ・・・。」
この高さなら仮に落ちたとしても、死にはしない。だが、今の身体の状態を考えるとシャレにはならないだろう・・・。
こんな事を考えていると、フラグのような気もするが・・・。落ちないぞ! 絶対に落ちないぞ!!
「まぁ、下らないこと考えててもしょうがないな。さっさと寝よ・・・」
一人になると、どうも下らない独り言が増えて駄目だ。すると、溜まっていた疲れに促されるままに眠りに落ちて行った。
ガサッ・・・。
やがて、突然上がった僅かな物音にレンガは浅い眠りから目を覚ました。
「なんだ・・・? 動物か・・・?」
座って寝ていたのが功を奏したのか、僅かな物音でも起きることが出来たみたいだ。まだ焚き火が消えていないことから、そんなに時間は経っていない様子。
「・・・・・・」
物音を立てない様にジッと耳だけを凝らしてみる。だが、辺りに動くモノの気配は感じられない。
只の風の音だったのかもしれない・・・。
そうも考えながらも、念のためにとゆっくりと古式銃を取り出す。すると今度は、かなり近い場所で枝を踏み鳴らす音が響いた。
バキッ!
息を飲んで音のした暗闇にしっかりと目を凝らす。すると、焚き火の光の届かない漆黒の中から一つの影が姿を現した。
「なんだ・・・誰もいないのか?」
やがて小さな焚き火に明かりに照らされた表したその姿は、おおよそ森には似つかない漆黒のドレスを身に纏った一人の若い女の姿だった。




