第40話 動き出す刻
扉を破り、内部へと突入した二人は内部で起きている惨状を目にした。
いよいよ聖堂全体を焼き始めている火の手の中、一人の男だけが立ち尽くしている光景を・・・。
そこには自分達がよく知る一人の人物の姿は無い。だが、改めて辺りに視線を巡らせると。
「シーデちゃんッッ!?」
男の数メートル先に彼女の姿はあった。それは、まるで紅く染まった血濡れのボロ布。それが追い求めた彼女の姿そのものだった。
更にもう一度、呼び声を上げたグレースの叫びにも何の反応は示さない。その脳裏に嫌な予感が込み上げる。
思わず駆け出しそうになるグレースをガラティアの手が制する。
「落ち着いて。ここは冷静に対処するわよ・・・。」
ここで迂闊な行動に出てはいけない。グレースはガラティアの背中越しにそれを感じとる。そして、何とか自分の精神を落ち着かせる為に一度大きく深呼吸をする。
「今さらノコノコ戻って、何のつもりだ・・・」
スネイルの低く唸るような声が室内に響く。
「さぁね・・・。あなたには関係のないことよ・・・」
そんなスネイルの問いに冷たく言い放つ。普段通りにも見える彼の様子から僅かな動揺が感じられた気がした。気のせいだろうか・・・。
「お前の任務はもう達成されたんだろ。・・・まさか、その獣人を助けに来る為に戻ったとでも言うのか・・・?」
だが、そんなガラティアの問いも聞かず、スネイルは僅かに笑いながらもう一度問う。
「何度も言わせないで。あなたには関係ないことよ! 軍も、関係ない・・・これは、私が決めたことよ!」
小馬鹿にした様なスネイルの様子など気にせず、はっきりとそう言い放つとガラティアは武器を構える。
そして、彼に向かって飛び出した。
「やっぱりお前は、馬鹿だ・・・。感情だけで動くとは・・・女って生き物は・・・」
スネイルは独り言のように呟くと、応戦の姿勢をとる。そして再び二人の間の刃が火花を飛ぶ。
すると、二人の闘いが始まったことを確認するとグレースも動き始める。床に転がるシーデの元へと真っ直ぐに駆け出す。彼女の傍らに滑り込むと、直ぐ様シーデの口元に手を翳す。
「ッ!? 息はあるわ!」
彼女の生死が確認出来ると、思わず胸を撫で下ろす。グレースの心配とは裏腹にシーデの呼吸は安定していた。だが、これで安心してはいられないと、グレースは直ぐに次の行動に移る。
腰に常時携帯している水を手に注ぐと、手慣れた手つきで傷の治療を始める。
一刻も早く応急処置を終わらせようと目を閉じ集中するが、暗黒の世界から規則正しく自分の耳へ届いて来る金属音が焦る気持ちを募らせた。
ガラティアは地に足をつけてスネイルの攻撃に備え、全神経を集中する。
私は時間を稼げばいい。グレースさんがシーデさんに応急処置をして運び出す時間だけを稼げばいい!
幸運にも今の彼の攻撃からは先程の圧力は感じられない。シーデさんとの闘いでかなりの深手を負っている様子。防衛に全神経を集中すれば何とか凌ぎきる事は出来そうだ。
「ハッ!」
スネイル繰り出した袈裟斬りを力を逃がす要領で盾で弾く。そして、その動きに合わせて牽制するように刃を突き出す。一定のリズム、自分の間合いを保ち続ける。
「クッ!! このッ!!」
スネイルは苦渋の表情を浮かべつつ、その突きを辛うじて避ける。
くそ! 身体に力が入らない・・・。
スネイルはシーデによって負わされた傷、そこから溢れ出た出血により思った通りに動く事が出来ずにいた。
全身が鉛のように重く、自分の身体とは思えない程、自由がきかない。
更にはガラティアは無理に攻めて来る事もせず、攻撃を捌く事に重きをおいて、こちらのスタミナを削り続けて来る。
この状況でこんなにもやり辛い相手はいない・・・。そう感じる。自分が弱者と罵った相手に、ここまでいいようにやられている様に沸々と怒りの感情が沸き上がってくる。
「クソがッ!!」
そして、ガラティア目掛けて怒り任せに大剣を振り下ろした。
ガァンッッ!!
しかし渾身の力を込めたスネイルの一撃はただ聖堂の床石を叩き割っただけだった。その衝撃だけがビリビリと掌に伝わる。すると次の瞬間、スネイルの視界に何かが飛び込んでくる。
「グアァッ!!」
間髪入れずに放たれたガラティアの盾の一撃がスネイルの顔面を捉える。
だが、スネイルはその身を大きくよろけさせながらも、ガラティアから冷静に距離を開けた。
「ガラティア・・・。やってくれるじゃねーか・・・」
スネイルは血唾を吐き飛ばしながらも、睨みをきかせる。すると、ガラティアは引くく構えていた上体を起こすと、小さく息を吐いた。
「スネイル・・・もう、止めましょう。これ以上やっても意味がないわ・・・ここで退いて下さい」
「なん、だと・・・」
スネイルは突然放たれたその提案を吐き捨てる様に、更に睨みつける。今まで味わったことの無い屈辱にその目は血走る。
「私達をここから逃がしてくれれば、それでいいのよ。・・・私達の目的はあなたを倒す事じゃないわ・・・」
だが、ガラティアはそんな様子を他所に更に言葉を重ねた。このまま闘い続けることはお互いに何のメリットも無い・・・そう考えた。しかし、明らかな激昂を現した彼に、その提案が通るとは思えなかった。
「うぅ・・・。」
「シーデちゃんッ!?」
治癒の術を施されていたシーデが小さな呻きと共に動き見せた。そして、ゆっくりと瞼を開けると、その大きな瞳がグレースを捉える。
「姉、さん・・・。なにがどうなって・・・。ここは、どこっすか?」
その掠れた声に、グレースは直ぐ様答える。
「大丈夫です! ここはまだ聖堂です! あ、でもまだ治療しているから動かないでッ! シーデちゃんッ!」
その言葉を聞くと、シーデはすぐに身体を起こそうと動き始める。それを焦った様子でグレースは制する。しかし・・・。
バシッ!
シーデは伸ばされたその手を振り払うごとき、弾き返した。
「えッ・・・。シ、シーデちゃん?」
グレースは何が起こったのか一瞬、理解出来ずにポカンとした表情で紅に染まった手の甲と彼女の顔を交互に見る。
「なんで、戻ってきたんすか・・・。あたしはここから逃げろって、言った筈っすよ・・・。」
そして、更に低く言い放たれたその言葉と彼女の表情はいつもの彼女からは想像も出来ない程、冷ややかなモノだった。そんな様子にグレースは思わず視線を落す。
「え・・・でも・・・わ、私は・・・シーデちゃんをーー」
するとシーデは口ごもるグレースからサッと視線を外すと、スネイル達の元へ視線を移した。
あの男は・・・まだ、健在・・・。
再びシーデの全身を言い知れぬ殺気が包み込んでいく。そして、まだ傷跡が深く残る全身の痛みも忘れ、立ち上った。
「あ、シーデちゃん! まだ肩がーー」
「あたしの事はもう放っておいてほしいっす・・・。今度こそ、二人でここから消えるっす・・・。」
「お前は・・・俺に剣を置けと、そう言ってるのか・・・」
スネイルはガラティアから飛び出した言葉に、静かな怒りを瞳に宿したまま短く唸る。しかし、彼女はそんな様子に押される事も無く返す。
「そうよ・・・。もう勝負の行方は明白よ。お互いこれ以上、無駄な血を流しても、意味がないわ」
ガラティアはハッキリとそう告げる。
このまま闘いが続けば、やがてグレースさんも加勢に入る・・・。そうなれば、いくら彼でも勝ち目など無い。
それに自分達も一刻も早くここを立ち去りたい。もう闘いが長引き過ぎている。いくら解放軍が撹乱しているとはいえ、増援が来るのは時間の問題・・・。
それに嫌いだった相手とはいえ、同じ部隊にいた相手・・・出来れば殺したくはなかった。
「・・・ふざけるなよ・・・。」
だが、スネイルは唸る様に低い声を上げた。
「スネイル・・・?」
「やはりお前は何もわかっちゃいない・・・。真剣勝負の意味も、そこから導き出されるモノも・・・。そして、俺は絶対に誰にも屈しはしない。それが、どんな状況であってもだッ!」
「でも、スネイル・・・もうーー」
ガラティアがそう言い掛けた時。
「そいつの言う通りっすよ。どちらかが立っている限り終わりなんてないんす・・・。」
いつの間にグレースの横で幽鬼の様に佇んでいるシーデが二人の会話に割って入ってきた。
「シーデさん?」
「もう回復したのか・・・。流石だな」
スネイルは再び姿を現した狂暴な一匹の獣に目を細める。
「シーデちゃん、まだ無理をしたら・・・。」
すがるように上がったグレースの言葉にガラティアも気が付く。どこかまだフラフラとしているシーデの様子に。
「シーデさん! 今は治療に専念して! こっちは私がーー」
「ヒトであるティアさんに、ヒトの世で生きて来たティアさんはわからないことっす・・・。」
「え・・・。」
突然放たれた刺すような声にガラティアは思わず言葉を切った。
「エルフと共に生きて来た姉さんには、わかる筈っす・・・。」
「・・・え?」
いきなり視線だけを自分に向けられて、グレースは戸惑いの声を漏らす。
「あたし達が虐げられ続けるこの世界・・・。それを当たり前としているコイツらの存在。そんなものがあり平然と続ける限り、あたし達は自由に生きることなんて出来やしないっすよ・・・。」
そう、それこそが獣人を・・・いや、亜人と呼ばれるあたし達を取り巻く世界。その根本が変えなければ、なんの意味もない。
「でもシーデちゃん・・・今、私達は王国じゃない土地でーー」
「そうっすね・・・。でも、そんなものは一時凌ぎに過ぎない・・・。」
それは所詮、問題の根元から逃げているだけに過ぎない。
いつかコイツらの魔の手は確実に自分達の元へ届く。今は、まだ足元に落ちているだけの火花は、いずれ自分達の全身を焼き始める・・・。そう、あたしの村がそうであった様に・・・。
「でもシーデさん・・・私達はその平穏が続く様に、こうやって闘っているのよ!」
「わかっているっす・・・。でもだからこそ、ここでやらなければいけない事がある・・・。コイツ等とあたし達が共に歩む道は有りはしない・・・。だから、コイツを殺す!! 今、目の前に刈り取るべくしてある、一つの火種を確実にここで摘み取るッ!」
これは、あたしの只の私情なのかもしれない・・・。でも、この男とあたし達が和解する未来などはありはしない。ならば、どちらかが消えるしか無い・・・。それがこの世界で生き残る、唯一つの術なのだから・・・。
「ふふ、もう答えは出ているみたいだな・・・。」
そう言うと、スネイルはガラティアを押し退けて一歩前に踏み出す。
「・・・あ」
ガラティアは何かを言おうとしたが声を紡ぐことが出来なかった。
それはスネイルに言おうとしたのか。シーデに言おうとしたのか。それとも、その両方になのか・・・。
私は・・・何もわかっていなかった・・・。彼女達の事も・・・。自分達の事さえも・・・。
この王国での数日間の交流を経て、私はわかったつもりでいた。彼女の事を、その間に築ける関係も。
だが、それは表面上のものに過ぎないのだと、痛感する・・・。私とシーデさんの間に現れた見えない、いや見えていなかった壁によって・・・。
「決着をつけるす・・・。」
シーデのそんな声を背中越しに聞いていたグレースも、また動けずに考えていた。
シーデの言っている言葉の意味は、グレースには痛いほど理解出来た。ヒトが自分達にもたらし続けてきたモノ。そして今も変わらずに、もたらせ続けているモノ。
それは簡単に割りきれるモノでは無い。更に許すことなんて・・・とても出来ない。
だから、シーデちゃんが言っていることは、とても理解出来る・・・。
そこで私は気が付く。いつの間にか私の手には弓矢が握られたいる事に。
そして更に、炎の中に佇む一人の男に視線を移してみる。そこにいるのは、故郷を焼き払い、同族達を平然と殺しているヒト。その渦中にいるであろうヒト・・・。
すると突然、私の中に眠っていたドス黒い感情が目を覚ます。自分を、自分を取り巻く世界を壊し来た全てのモノへ向けられる呪われた感情が。私の幸せを奪ってきた全てのモノを壊したい・・・そんな感情に支配されていく。
この男を・・・ヒトを討ち滅ぼしたい・・・。
弦がしなる感触にその身を委ねる。・・・しかし、そこで脳裏を遮る姿があった。
燃え盛る火炎の中から、光の届かない暗い一室に現れた一人の男のヒトの姿が・・・。幾度と無く自分を救い出してくれたそのヒトの姿が私の感情を踏み止めさせた。
私は・・・どうすれば・・・。どうしたらいいの・・・。教えて、下さい・・・レンガ様・・・。
しかしやがて、刻は動き始める。各々の思いを待たずに、無情にも動き始める。一匹の獣が舞い上げった砂ぼこりを合図に・・・。
一人の者は呆然とその場に立ち尽くす・・・。
一人の者は己が信念だけに従い叫ぶ・・・。
一人の者は苦しげな表情で武器を手にしたまま固まり続ける・・・。
一人の者は迷いを捨て、猛然と駆け抜ける・・・。
静かな夜の街にポツリと照らし出された聖堂からは、目が覚める様な炸裂音が響き渡った。
只、生きたい。守りたい・・・。カタチこそ違えど、同じ想いを抱き闘うモノ達を置き去りに動き出す。
そして、この事件を境に解放軍と王国の対立は激化の一途を辿り始める・・・。
それは誰かの意思によるモノなのか・・・もしくは、繰り返す歴史の運命なのか・・・。その理由もわからないままに動き始めるのであった。




