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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第3章 闇に紛れるモノ
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第39話 開かれる活路

一方、聖堂内でも闘いは完全に一歩的なものになっていた。

利き腕の機能を失ったシーデには攻撃はおろか、防御することさえもままならなく為っていた。

只、垂れ下がっているだけの自分の右腕に振り回され、自慢のバランス感覚は失われ、スタミナも底を尽きかけている。

更にはスネイルはその盛大に足を引っ張っている右腕の存在にいち早く気が付き、あえて右腕には攻撃は加えないでいた。

もう、シーデの全身はすでにボロボロだった・・・。打撲、切り傷が至る所に負い、出血も相当に酷い。致命傷こそ無いが、その様子は立っている事が不思議に思える程。


「うっ・・・。くっ・・・」

スネイルから距離を取るように立っているシーデの視界が急激に歪む。血が流れすぎた所為で貧血を起こし初めていた。しかし、シーデはそれに抗う様に額を平手で何度か叩く。


「もう諦めたらどうだ? 誰が見ても、もうお前には勝機があるとは思えないぞ」

尚も牙を納めようとしないシーデにスネイルは呟く。

だが、シーデはその提案を否定する様に、尚も殺意が宿る瞳で睨みつける。


「冗談じゃないっす・・・。お前なんかに屈服するなんて死んでもゴメンっす・・・」

そんなシーデの様子にスネイルは大きく溜め息を吐く。


しかし、シーデは一つの勝機を見出だしていた。

それは、この右腕の存在である。

シーデ自身、垂れ下がるだけのこの右腕が盛大に邪魔をしている事は勿論、わかっている。

少し前までは、この邪魔なだけの右腕を自らで斬り落とそうかとも考えた。だが、彼女はそうはしなかった。それには理由があった。

スネイルもその事に気が付き、敢えてそのままにしている・・・。

こんな只、付いているだけの腕など、彼なら簡単に斬り飛ばせる筈。しかし、それをしないという事はこの腕が健在している事が自分に対してメリットがあると考えている証。


そこに活路がある。

彼はシーデの右腕の存在が自らに都合のいいものと考えている。それは逆を返せば、この右腕には何の警戒心も持っていないという事だ。それこそが突破口となり得る。

だが、この右腕には何の殺傷能力も無いのもまた事実。攻撃はおろか、自分の意思で動かす事さえままならない。だが、シーデにはこの右腕を利用する考えに勝機を確信している。

ヤツは必ず、この罠にハマると・・・。

そして、シーデはその瞳に更に力を宿すと、悲鳴を上げる身体に鞭を打って、上体を下げる。


「はぁ・・・。まったく呆れたヤツだな。なら、とことん付き合ってやるよ」

「それは、ありがとっす・・・」


そう言うとシーデは地を蹴り、左手に携えた爪でスネイルに襲いかかる。だが、スネイルは上体をのみでそれを避ける。もはや、とっくに限界を向かえているシーデの動きには闘いの最初に見せていたキレは無い。

驚異的な動体視力と身体能力を持つ彼の前では何の脅威にもなり得ない。

しかし。シーデはそんな事は気にも止めない。彼女が注目しているのは一つ。彼の攻撃へと移る動作だけ。それだけに全神経を集中する。

そして、やがてその時が訪れる。

大きく攻撃を空振ったシーデの動きに合わせて、スネイルは動きを見せた。


ここだッッ!!

そう確信すると、最後の力を全身に宿す。

水平にシーデを両断しようとくり出された刃を、小さく宙に舞い避ける。そして、そのまま空中で投球姿勢の様な体勢をとると。


「うおォッ!!!」

そう叫ぶと同時に遠心力をたっぷり乗せた右腕を鞭の様に振り下ろす。無理にしなった右腕から激痛が走る。だが、今はそんな事に怯む訳にはいかないと必死に踏ん張る。

そして、くり出された右腕のクローがスネイルの完全に無防備な身体へと迫る。


「このッッ!!」

だが、スネイルはその超人的な条件反射で大剣の刃にてその爪を防ぐ。その遠心力のみでくり出されただけの爪は意図も簡単に大剣の刃に弾かれてしまった。しかし、シーデは・・・。


「ハッ!! かかったっすねッッ!!」

嬉々とした様子で、シーデは邪悪な笑みを顔全体に現す。

そして続けて地面に着地するのと同時に、地面すれすれまで落とした前傾の姿勢でスネイルに襲いかかる。その動きは限界を向かえている筈の彼女から考えられない様な速度だった。

完全に不意をつかれたスネイルはその動作にまったく反応が出来なかった。


グシャァッ!!

そして体当たりをする様にぶつかった、シーデの左手のクローがスネイルの脇腹に突き刺さった。


「うぐァッッ!!!」

スネイルの苦渋の呻きが聖堂内に木霊した。そしてスネイルの脇腹から溢れ出る鮮血に顔を汚しながら、シーデは歓喜の表情を浮かべる。


そう、これこそシーデの狙いだったのだ。スネイルの驚異的な動体視力と反射神経。そこに彼女は目をつけた。

突然、無警戒だった右腕から攻撃が繰り出されれば、反射的にそれを防ごうとする動く、そう考えたのだ。

更につけ加えると、彼はその右腕に攻撃を加えないという確信もあった。幾ら痛みに強いシーデとはいえ右腕を斬り飛ばされでもしたら、すぐに攻撃に移る事など出来ない。

仕上げはスネイルの注意を上方向に逸らし、がら空きになった半身を切り刻む・・・。それで十分だった。


「今度、油断したのはお前の方だったっすねッ!!」

そう言い放つとスネイルの身体からクローを抜き去る。その動作に合わせて、もう一度低い呻き声が上がる。

だが、スネイルは身体をグラつかせながらも、まだ立っている。


ちッ・・・浅かったっすか・・・。

シーデはその余りに情けない威力に成り下がったの自らの攻撃に舌打ちをする。

でも・・・後はトドメを刺すだけ。

そして、シーデは再び動き出す。この自分達を脅かし続けたであろう男に制裁を加えるべく動き出す。


「アハハハハハ!! いい眺めっすよッ! 一思いにトドメを刺してやるッ! 覚悟しろッッ!!」

蹲るスネイルに宣言すると、手負いのケモノは再び、一直線に牙を剥いて襲いかかる。


多少、強引かもしれないけど、これでいい。慎重になり過ぎて、時間を与えればこの男・・・またどんな秘策を思いつくかわかったものじゃない・・・。

これで終わる・・・。私を縛り付けていた全てに終止符を打てる! 私に呪っていた全てを払拭出来る!!


「ぐっ・・・。くそっ・・・」

シーデの追撃を察知したスネイルは苦しそうな呻きを漏らしながらも、剣を振るって反撃を試しみる。

だが、その勢いを無くした斬撃は空しく空を斬るだけ。ここに来て一気に形勢は逆転した。

シーデは無駄のない動きでスネイルの攻撃を一つ一つ見極め避ける。自分の身体の限界に焦る気持ちを必死に押さえ、冷静に対処し続ける。


この腕は、邪魔っすね・・・。

そう考えたシーデは、スネイルの利き腕に狙いを定める。

そして、スネイルの攻撃を上体を反らして避け、ダンサーの様に華麗に身体を回転させると、遠心力を乗せたクローを繰り出した。


ドスッッ!!

その爪はスネイルの太く鍛え上げられた右の二の腕に深々と突き刺さる。腕の反対側へと貫通する程の威力のその攻撃に悲痛の声が上がる。


「がっ・・・ぐっ!」

そして、スネイルは余りの衝撃に握られていた大剣を思わず取り落としてしまう。ガランと金属音を響かせながら、床に大剣は転がった。


勝負あったッ!!

そう確信したシーデは最後の一撃を与えるべく、舌なめずりする。しかし、そこで異変が・・・。


「な、何だこれッ!?」

突き刺さったままのシーデのクローがスネイルの左腕から全く抜けなかったのである。

それは筋組織に覆われている状態で起きる当然の現象。スネイルは反射的に、痛みを耐える様に右腕に力を込めていたのだ。


「くそッ!! それならッッ!!」

シーデは早々に引き抜くことを諦めると、蹴りを振り下ろそうと飛び上がる。

しかし、スネイルは両腕を失っっているシーデがこの選択をしてくることは折り込み済みであった。


「喰らえッッ!!」

そう一喝すると、固く握られた左の鉄拳をシーデの顔面に叩き込まれる。カウンター気味に入ったその攻撃はシーデの意識を激しく揺さぶられる。


「がぁ・・・。うぐッ」

辛うじて倒れ込んでしまう事は拒否したが、足はガクガクと震えて全くいう事を効かない。更には、視点すらも全く定まらず、スネイルの姿が何重にも見えている。幸いな事は、その殴打の衝撃でクローが抜けた事。だが、それでも、もう闘い事はおろか、立っている事も難しい。


「あ・・・あたしは・・・あた、しは・・・。」

シーデは言葉にならない呻きを上げ続ける。スネイルはそんな声には耳は貸さずに臨戦態勢をとる。


こんな所で、終われない・・・。

母と姉と決別した時の風景が甦る。


こんな所で、終わっては・・・。

一人で過ごしてきた家の風景が甦る。


今まであたし、は・・・。

涙を溜めながら村で行った殺戮の風景が甦る。


何の為に・・・。

血を洗い流してた河原で一人、涙を流した風景が甦る。


「まだ・・・。」

皆で騒いだ酒場の風景が甦る。

あたしは、自らの意思で捨てたんだ・・・。あんなモノはあたしには必要ないモノ! 楽しい時間は、安らげる場所は・・・あたしを惑わせる。だから・・・もう、忘れろ。忘れてしまえッッ!!


「くッ!!」

そしてシーデは苦渋の表情と共に一歩を踏み出す。自らの道を掴む為に・・・。もう、何も見ない為に。


「まだ・・・終われるかッッ!! ウオオォォォォ!!!!」

魂の咆哮を上げると、空間すらも切り裂きそうな程の勢いで飛び掛かる。全ての想いを、願いをその全身に宿して!!


ガッッ!!

だが・・・無情にもその顔面に再び衝撃が走る。スネイルが繰り出した鉄拳はシーデを顔面を再び捕らえた。

その瞬間、彼女の意識は完全に断たれる。彼女の希望を打ち砕く如く・・・。

そして、ゴム人形の様に飛ばされた彼女は瓦礫が散乱する地面に力無く転がり、遂に動かなくなった・・・。




「この女・・・くっ・・・本当に、やってくれる・・・。」

スネイルは床に転がる大剣を拾いながら、自分の身体の状態を確認する。

脇腹の傷はそこまで大した事は無さそうだ・・・だが、右腕は完全に駄目だな・・・。

今も激痛の信号を発し続ける右の二の腕を見て軽く舌打ちをする。

刺さったまま力を込める等の荒業をしたのと、クローが抜ける際に激しく筋組織を傷つけた行った事も被さり、今は全く使い物になりそうに無い・・・。


仕方ないと、左手に大剣を持ったまま、既にピクリとも動こうとしないシーデに歩を進める。


「恐ろしい敵だったな・・。」

自分の今までの人生でここまで追い詰められた事があっただろうか・・・。大人になってから、こんなにも怪我を負った事すら殆ど無い。他者に対してこれ程に驚異を抱いたことなど有りはしなかった・・・。

そんな経験のない激戦を終えた事により、徐々に自身の身体にゆっくりと疲労感が顔を出し始める。


「おっと・・・まだ気は抜けない。コイツにしっかりとトドメを刺すまでは・・・」

そう言うと、歩を進めながら剣を逆手に持ち変える。うって変わって静かになった聖堂内にはスネイルと足音と壁にまで燃え広がった炎の弾ける音だけが響く。

すると、外で何やら物音が聞こえた。


「今頃、増援部隊のお出ましか・・・」

自分が外部警備を締め出したとはいえ、これだけの異変が起きているのに対処が遅すぎるだろと、思わず舌打ちをする。

そして、続けて聖堂の扉が激しく打ち開けられた。


「お前ら、今更なにしに来やがっ・・・ッッ!?」

それは全く予想もしていなかった事だった。

その場に姿を現したのは、増援などでは無かった。先程、この場から尻尾を巻いて逃げ出した者達。

あの二人・・・。ガラティアとあのエルフの女だった・・・。




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