第38話 心のままに
聖堂を後にした馬車は静まり返った夜の街を猛然と駆け抜ける。
その激しい振動に揺られながら、グレースとガラティアはお互いに何の言葉も発せられずにいた。どことなく重苦しい空気が二人を包み込む。
すると、手綱を握るガラティアは何かに気が付き、王国の夜空を見上げた。
そこには幾つかの煙が立ち登っていた。確か・・・これは今回の作戦の一部だ。
今回の作戦については、王国に潜む他の解放軍達も勿論、把握している。
作戦の場、つまり聖堂付近で何らかの異常が見られた場合。陽動の為に王国の何ヵ所かで暴動を起こす手筈になっている。それは増援を目的地に近づけない為だ。この煙は恐らくそれと見て間違いないだろう。
お陰で、私達は追撃部隊に追われる事もなく聖堂を後に出来た。今回の作戦が思った以上に大がかりなものであると改めて実感させられる。
そして、その理由を思い返してみる。それは村を出立する前にエギルさんと話した事だ・・・。
「ガラティア、今回のこの任務についてはしっかりと理解しているかね?」
エギルは自らの書斎に直属の部下であるガラティアを招き入れ、そう促した。
「はい。エルフと獣人の少女の護衛。そして、聖水の奪取が目的です」
ガラティアは背筋を伸ばしたまま、今回、自分に与えられた任務を復唱する。彼女は王国の軍での生活が染み付いてしまっている為、自然にこの様に固い姿勢になる事が多い。
「そうだ。しかし、それだけでは無い・・・。この聖水の奪取の目的については理解しているかな?」
「はい。もう一人のエルフ、聖術体と呼ばれる少女の身体を維持する為と理解しています」
私はユノという少女、聖術体についてはあまり詳しくは知らない。自分が知っている事は、王国で人為的に産み出された強大な力を持つ術士と言う事、そしてその身体を維持するのに聖水が必要と言う事。それくらいは知っていた。
「君は今回の任務について・・・何か違和感は抱かなかったかね?」
「違和感、ですか・・・。」
エギルさんの指摘した様に、確かに違和感は感じていた。
私は政治についてそこまで詳しい方では無いが、現在解放軍と王国とどういう関係性になっているかは理解している。
現在は解放軍と王国は対立関係になりつつあると考えてまず、間違いは無い。
まだ、王国側はそこまで緊迫している様子は見受けられない。それは、王国の人間達の慢心・・・。所詮、亜人達とかぶき者達の下らない抵抗行為だと、鷹を括っているだろう。
しかし、近い将来には必ずぶつかり合う日はやって来る。
そこから一つの違和感が生まれる。
「何故、この様な状況下でこんな危険な作戦を行うのかと・・・疑問を感じました」
それは当然の疑問であった。この均衡状態で王国を更に刺激すれば、それが着火材となり、一気に対立状態に移行してもおかしくは無いからだ。
一人の少女と、全面衝突の引き金・・・。天秤に掛けるしては余りにも不可解だ。
「ガラティア、今から話す事は他言は無用だ。いいな?」
すると突然、エギルは表情を固くした。その彼の表情と言葉にただならぬものを感じて、私は無言で頷く。
「ユノという少女の力とその存在は、恐らくこれからの闘いで必ず役に立つ。それをむざむざと失うのは得策では無いと考えているのだ」
私は、エギルさんのその言葉が指す全て把握しきる事は出来なかった。しかし、恐らくはあの聖術体の少女が今後、何かしらの戦力として役に立つと踏んでいるの、だろうか・・・。
あのどこにでも居そうな、純粋無垢な子を・・・。
「それと、もう一人・・・彼だ」
続けてエギルさんは、言葉を濁しつつ言った。だが、私はそれが誰を指しているのかわかる。
昨日、自分が暫しの交流を持った青年、レンガさんだ。彼の功績についてはエギルさんから聞かされている。
エルフの養殖場解放戦線で見せた彼らの功績。話の内容からしても、もし彼らがいなかったらあの作戦は失敗していたとさえ思える・・・。
しかし、それでも彼は所詮、普通の一人のヒトでしかない。
彼からは特別強い何かを感じとる事は無かった。どこにでも居そうな普通の青年、そんなところだ・・・。
エギルさんは何故、彼をそこまで重要視しているのか大いに疑問・・・。
「いまいち納得がいかないといった顔だな・・・」
「あ・・・いえ、申し訳ありません・・・。」
無意識にその考えが顔に出ていたみたいだった。私はすぐに謝罪の言葉と共にその表情を引き締める。
しかし、エギルさんはそれを否定する様に、手を振った。
「構わない。・・・君は、彼の所持している術具は見たかね?」
「術具ですか? はい、少し拝見させて頂きました」
彼が持っていた術具。確か、腰に備え付けていたあの不思議な形状をしていたモノの事だ。二人で店を出た後、何となく目について聞いたのを覚えている。
「私は彼が使うのも見たのだが、あれは遠距離攻撃を可能とする術具だったんだ」
「はい・・・」
私はエギルさんが何を言いたいのかわからず、思わず微妙な返事を返してしまう。
今、王国には遠距離術具など山程存在している。まぁ、威力が弱いものが殆どという理由で、あまり使われてはいない。逆にそういった意味では珍しい逸品なのかもしれないが・・・。
「彼の術具・・・衛兵の鎧を易々と貫通したんだ」
「えッ・・・?」
私は続けて放たれた彼の言葉に驚きを隠せなかった。鎧を貫通する術具。そんなモノは聞いた事が無かったからだ。
現在、遠距離攻撃が可能な術具の殆どは火の術具。そして、その対策の為に火に強い革素材を用いた鎧が主流になっている。
更にその鎧も様々な改良が重ねられ、現在では鎧の上からならば、火の術はほぼ完全に無効化出来るまでに至っている。その為、鎧の定番は鉄等の頑丈な素材のモノよりも、革製の軽いモノが好まれている。
勿論、王国兵達は皆、このタイプの鎧を身に付けている。私たち解放軍もそれは同じ。
・・・それを無効化する術具が存在している?
「それは、新しいタイプの術具ということなのでしょうか・・・」
「いや・・・そこで一つ、不可解な出来事があったんだ・・・。」
エギルはそう言うと、眉を細めた。
「彼は最初、王国の出身ではないと言っていた。そして、驚く程に王国や術具について無知だったんだ・・・」
「それは、そういうどういう意味でしょうか・・・」
「これは、完全に私の憶測なのだが・・・彼のあれは、術具では無いのではないかと考えている」
「ッ!?」
エギルさんはとんでもない事を口にした。それは、私の知る限りあり得ない事だった。
王国における武器とは、術具以外は剣や弓といった原始的なモノしか存在しない。後は設置式の投石機などもあるが、それは武器とは少し違う。
しかも、彼のそれはヒトが携帯できる武器・・・更に術具以外の武器でその威力・・・想像もつかない事だ。
「そこで私が感じた事は、彼は我々の知らない土地からやって来て、我々の知らない技術と知識を持っているのではないかとな・・・。」
「・・・なるほど」
それは余りに突拍子のない話。絵空事としか言えないような話だ・・・。しかし、エギルさんの表情は冗談を言っている様子など微塵もない。
エギルさんも私と同じ王国軍の出である。その当時の事は直接的には知らない。しかし、幾つもの部隊を指揮し、幾つかの功績も残したと聞く。そんな彼が何故、この解放軍に身を移したのかわからない。
だが、少なくとも私は彼を現実主義者だと見ている。だから、彼の発した言葉は虚言では無いと思う事が出来る。恐らくは、もっと何かしらの根拠があっての事なのだろう。
だが、しかしながらエギルさんは彼らを何かしらの形で利用しようとしている。それだけは確かだった・・・。
「それで、彼を味方につけて置こうと・・・そういう訳なんですね」
「そうだな・・・。少なくとも敵側につく事態だけは避けたいといったところだ・・・」
やがて、一寸の痼を残したまま、この気まぐれの対話は終止符を迎えたのだった。
そして、私は再び考えている。
今回の作戦、自分に与えられた任務について・・・。
この状況化で一番に優先すべき事、それは・・・聖水の奪還だ。
これはエギルさん、いや・・・解放軍から求められている自分への任務。これは、これから来るべき戦乱の時に向けて動き始める大事な歯車の一つ。ユノと呼ばれる聖術体を繋ぎ止め、レンガという青年の信頼を勝ち得る為に必要な重要な事柄なのだ。
そして、今・・・それは完遂されようとしている。後はこのまま馬車に積んだ聖水を無事に村に持ち帰える。それで全てが完了する。
でも・・・私の心はざわめいている。何故か・・・。
その理由は、よくわかっている。今、ここにはいない少女の存在・・・。
彼女をあの場に残して来たという事実が、私の胸を締め上げている。だが、現状どうする事も出来ないともわかっている・・・。同時にどんな事にも犠牲は付き物だという事も・・・。
それに、私は解放軍に所属する一兵士。私情を挟んで勝手な行動に出るわけにはいかない。それが解放軍総出での作戦であることを考えれば尚更だ。
今回、この二人に私が同行した理由の一つ、それは・・・有事の際、決断を担う役割も大いにかねている。
グレースさんとシーデさんと数日間を過ごして、それは確実に実感出来ていた。
この二人は、とても感情に流されやすい。更に、それは二人に限った話では無い。レンガさんからも同じものを感じとっていた。
それは組織での作戦の成功にあたっては最も危険な要因の一つ。一時の感情で先走れば、自らも仲間も危険に晒しかねないからだ。
だが、それはヒトとして決して悪いことではないとも思う・・・。言い換えれば、それは優しさの現れでもある。しかし、闘いの中ではそんな者程、簡単に散っていく。そんなものだ・・・。
私はふと、この数日間に思いを巡らせてみる。
二人と過ごしたこの数日間はとても楽しいものだった。今まで訓練と任務に明け暮れていた日々にはなかった時間だったからだ・・・。
私は没落した貴族の一人娘として産まれた。母は出産して間もなく他界し、残された父と二人で暮らしていた。
父は元王国でそれなりの地位を築いていたらしく、武芸にはかなり秀でたヒトだった。
そんな父の下で私は幼い日から日々鍛練を積まされてきた。華やかに遊ぶ同世代の女の子を横目に、毎日泥と汗にまみれて鍛練を積まされ続けてきた。
父はよく語っていた。これは必要なことなのだと、生きていく為に登り詰める為に必要なことなのだと・・・。
私もまた、その父の真剣な眼差しと言葉を信じた。だから、私は辛い鍛練が嫌だと感じたことは無かった。
そして、私は父の言う通りに日々を重ね続ける・・・。
だが、ある時・・・私は気が付いてしまった。父の瞳の裏側にあるものに・・・。
父は決して私の為を思ってやっている訳では無かったのだ。父が本当に見ていたモノは、私などでは無かった・・・。
私は父の失った地位とプライド、それを取り戻す為の道具でしかなかったのだ・・・。
そんな事に気が付いてしまってから、私の毎日は色を無くす。
でも、私にはどうすれば良いのかわからなかった。鍛練を重ねる日々以外の生き方を知らなかったから・・・。
だから私は機械的に変わらない日々を重ね、やがて王国軍に入隊する。新しい何かを求め、父から逃げる様に・・・。
しかし、そこに待っていたのは更に過酷を極める日々。唯一、自分が年々積み重ねてきた技術が通用しない事を痛感させられる毎日。
そして、極めつけは外部調査活動の護衛と呼ばれる亜人達の捕縛任務。
その内容は、まだ王国と関係を持たない亜人の集落を訪れ、関係性を構築するというもの。
そう言えば聞こえはいいが実際、野生の亜人達に求められたものは絶対的な服従。すなわち、それは占領に他ならなかった・・・。
勿論、突然そんな事をされて亜人達も黙ってはいない。激しい抵抗の意思を見せてくる。
そこで此方が取る方法は一つ。武力による制圧だ・・・。
平和だった彼らの村は、一瞬にして暴力が支配する地獄へと変わっていく・・・。勿論、それを行うのは、私達。
抵抗する者を徹底的に排除し、逃げ惑う者を取り押さえ捕縛する。そして、王国に属する村がまた一つ増えていく・・・。
そんな日々を重ねる内に、私の心は徐々に擦り切れていった。私が辛い鍛練を重ねて来たのはこんな事をする為だったのかと・・・。
それから数年後、父はこの世を去った時、私は王国軍を去った。父の呪縛から解かれ、新しい何かを求める様に・・・。
今、私は解放軍に所属している。そして今、また一つの非情な決断を求められている。一兵士として・・・。
理由はどうであれ、私は一兵士。
時には感情を捨て、冷徹でいなければならない。組織の歯車の一つとして、自分を圧し殺しても機能しなければならない。
そう・・・わかっている筈なのに・・・私の心の叫びは消える事はない・・・。
「ティア様・・・。」
すると突然、横に座っているグレースさんが声を掛けてきた。表情は先程までと変わってはいない。
「・・・なにかしら」
何となくその顔から視線を外しながら、返事を返す。
「私・・・ここで、降ります」
私は彼女の言葉に驚く事はなかった。なんとなく、そんな予感がしていた。
「駄目よ・・・。あなた一人、あそこに戻ってどうするっていうの?」
そう、そんな事をしても何の意味もない。それは、自分の内から沸き上がる罪悪感に屈服した・・・そんな行為に過ぎない。
「私・・・ここで逃げたら駄目だと思うんです。ここで、また逃げたら・・・駄目なんです。」
彼女は言葉に力を込める様に吐き出した。
でも・・・私には彼女が何を言いたいのかよくわからなかった。だから、私はただ黙ることしか出来なかった。
グレースは過去に故郷を失っている。両親の計らいによって、王国によって滅ぼされた故郷から一人、難を逃れたのだ。そして、それが彼女の奥底に一つの杭として刺さり続けていた・・・。
そして、グレースの中の杭は再び深く突き刺さった。
また・・・自分だけが逃げ出した。そう感じていたから・・・。
明確には自らの意思で逃げたのではない。しかし、促されるまま、流されるままに逃げ出した。それもまた事実だった。
本当に嫌ならば、ガラティアの手を振りほどき、あの場でシーデ共に闘うという選択肢もあった。
だが、グレースはそうはしなかった・・・。表面上は嫌がりつつも、ガラティアと共にあの場を後にした。
彼女はあの男が、あの場所が怖かったのだ。全てを自分すらも呑み込んでしまいそうなあの空間が・・・。
だから、逃げ出した。促されるままにあの場を後にしてしまったのだ・・・。
だが、そんな行為が再び、彼女の心に深く杭を打ち込む・・・。
「私・・・行きます!」
するとグレースは返事を待たずに馬車からその身を乗り出そうと動き出す。
「待ちなさいッ!」
そんなグレースの肩をガラティアは強く掴んでその動きを止める。
「離して下さいッ!! 私は、私は・・・。」
しかし、その制止を振りきろうとグレースをその身を激しく震わせる。
「あなたが行ったところで事態は好転しないわッ! だから行ったってーー」
そう言い掛けた時、彼女の叫びが被さってくる。
「そんな事ッ! やってみなければわからないですッッ!!」
普段の彼女からは考えれない程の大きな声に、私は身体を震わせ口を紡ぐ。すると、彼女は短く息を吐くと、更に言葉を繋げた。
「私はいつも流されて生きてきました・・・。誰かにすがって、隠れて・・・。」
低く呟く様に放たれた言葉は、私の心に突き刺さった。
その痛みの理由を私はよくわかっている。そして、更に一つの言葉が脳裏に甦って来る・・・。
ー今、お前は自分の意思で何かをしているか?ー
それはあの男が私に放った言葉。私の胸に突き刺さったままの言葉・・・。
そして、グレースさんの肩を掴む力が徐々に緩んでいく。
「私は、このままじゃ駄目なんです・・・。そんなことを繰り返しても・・・。だから、私は・・・」
そう、私もそうやって自分を変えたいから王国を去った。弱い自分を変える為に・・・。
その筈だった。でも・・・私がしていることは・・・軍を、作戦を、隠れ蓑にしてただ従っているだけ。それは
昔の自分と何も変わりはしない。
これから生まれる罪悪感や不甲斐なさを軍や作戦の所為にする。そうして自分の弱い心を守り続ける・・・。
全てを父の所為にして王国を逃げ出したあの時と同じ様に・・・。
そして、私はあの男と再び対峙した時、あの男に打ち勝つことで強さを得ようとした。
でも、そんな事で得たものはなんの強さでも無い・・・。私が求めた強さでは無い・・・。そんな見せ掛けの強さなど何の意味も無い・・・。
それが今、はっきりとわかる。
「離して下さい。ティア様、お願いします・・・」
彼女の揺るぎ無い言葉と共に、ある事に気が付く。彼女の肩を通じて、小刻みな震えが伝わって来たのだ。
グレースさんは・・・恐怖している?
彼女もまた、怖がっている・・・。でも、そんな弱い自分を変えようと必死に一歩を踏み出しているのだ。
それに比べて・・・私は・・・。
「ティア様、すみませーー」
グレースがそう言い掛けた時、馬車が急停止した。いきなり見回れた衝撃に体勢を大きく崩す。
すると、横に座るガラティアは手綱を大きく振り、器用に馬車を反転させると再び、馬車は走り始める。
「ティア様?」
グレースはガラティアの顔を伺い見た。その顔は今進む先を力強く見つめていた。そして、ガラティアは真っ直ぐ前を見据えたまま、ゆっくりと口を開いた。
「行きましょう。グレースさん・・・二人なら、私達ならきっと・・・。」
「・・・はいッ!!」
グレースはその力強いガラティアの姿と言葉に弾かれた様に前を見据えた。そして、自らを奮い立たせる様に弓を持つ手に力を込める。
シーデちゃん・・・待ってて! 今、私は戻るから!
心でそう意気込む彼女の身体はもう、震えてはいなかった。
ガラティアも手綱を握る手に更に力を込めていた。
だが、グレースとは対照的にその腕は微かに震えていた。
私は間違った選択をしているのかもしれない・・・。この決断が自分を破滅させるナニかを生み出してしまうのかもしれない・・・。
でも・・・これでいいと思う。今はそう思える・・・。
自分は今、産まれて初めて自分の意思で動こうとしている。自分を立場を脅かしてまで・・・。
でもこれは、初めて私自身が見出だした道。自分の心のままに選んだ道なんだ。
私だって変われる筈だ。私だって強くなれる筈なんだ・・・。
自分の未来は自分で決める。私は、弱さという殻を破りたい・・・。
そして、それぞれの思いを抱く二人を乗せた馬車は夜の街を猛然と駆けて行く。二人が導き出した答えを求めて・・・。




