第37話 殺陣の攻防戦
「ダアァアアァァッッッ!!!!」
力の限りの叫びを上げるシーデは、疾風の如き速さでスネイルに迫る。そして、突き出された鉄の爪と刃が激しく交差する!
ガキィィィンッッ!!
空気を振動させる激しい金属音が響き渡る。しかし、その渾身のぶつかり合いにも、両者とも体勢はまったく崩さない。
次に攻撃を繰り出したのはスネイルだった。大剣を水平に持ち、横凪ぎに払う!
だが、シーデはその動きを察知していた様に、その身を回転させ、宙を舞う。そして、その回転を乗せたまま、爪を降り下ろす。
ギィィンッ!!
「くッッ!!」
スネイルもすぐに、その攻撃を刃にて受け止めたが、その衝撃は完全には殺しきれず、左腕の肉を切り裂かれる。だが、彼はその程度では怯みはしない。
未だ、空中に留まるシーデ目掛け、刃を凪ぎ払った。
ビュッッン!!
しかし、シーデはその動きに合わせて、彼の肩を蹴り、その場から離脱。そのまま椅子の残骸を巻き散らしながら、地面へ着地する。
スネイルはそれを見てとると、眩い光を放つ大剣で水平に切り裂く。空を切った刀身から、再び水の刃が放たれる。
シーデはそれを潜る様に、肢体を地面に伏せてかわす。だが、スネイルはそんな事には気にも止めず、今度は垂直に水の刃を放った。
ガシャッッン!!
それをシーデは上体を起こす反動を活かして、宙を舞ってかわす。標的を失った水の刃は、辺りの椅子達を更に破壊する。
「馬鹿めッ!! お前が、また上に逃げる事は想定してたぞッッ!!」
そう叫ぶと、空中で完全に無防備の状態のシーデに、大きく大剣を振りかぶると、その刀身が再び輝きを放ち出す。
「馬鹿は・・・お前の方だッッ!!」
シーデは叫ぶと同時に、いつの間にか手にしていた椅子の残骸、それを矢の如く射出した。
「ッッ!!」
スネイルはそれを見て、身体をくねらせた。だが、完全には避けきれず、それは脇腹の掠めた。
そして、その間にシーデは再び地上に戻る。
その一瞬の攻防は人間の限界を越えていた。互いに一欠片でも気を抜けば、瞬く間に命を刈り取られることだろう。
「よく、避けられたっすね・・・。ちょっとビックリしたっすよ・・・。」
「あれくらい、大した事じゃねーよ。テメェら、獣と殺り合うのには慣れてるからな・・・。」
スネイルはゆっくり大剣を振るいながら、不敵な笑みを浮かべる。そして、シーデは面白くなさそうにその様子に目を細めた。
「あんたは、何人の獣人達を・・・殺して来たんすか・・・。」
「アッ?」
そう溢すと、彼は大きく溜め息を漏らした。
「そんなん覚えてねーな・・・。お前だって、いちいち食った動物の数なんて覚えてないだろ?」
「お前はァ・・・。」
シーデは唸りを上げると、大きな瞳を刃の様に細める。
コイツは・・・本気であたし達のことを、狩りの獲物、もしくは玩具くらいにしか考えていない・・・。
コイツは、こんなヤツは絶対に許さない・・・。
「お前はあたしがコロスッ!! 絶対にだァァァッッ!!」
「来いよ。俺が、その身にわからせてやるよ・・・。お前らがいかに無力な存在かって事をなッ!!」
再び、シーデの神速のクローがスネイルに襲いかかる。だが、彼はその軌道を冷静に読み、全てを裁ききる。
それは彼の並み外れた身体能力と、幾多の戦闘の経験がそれを可能とさせていた。
「どうしたッ!! さっきまでの威勢はどこへいったっすかッ!!」
尚も攻撃の手を休めることも無く、シーデは罵り言い放つ。
「まぁ、そう焦るな・・・。」
彼は薄く笑みを浮かべながら、そう返すものの、完全に防戦一方といった状態。そしてやがて、その均衡も破れ、シーデの怒濤の連撃が彼の防御を崩す。
「もらったッスッッ!!」
彼女の爪が、スネイルの腕の肉を削ぎ落とした。それは急所を狙った攻撃だったが、直前で彼が腕を突き出して、それを防いだのだ。
シーデはその攻撃を最後に距離を取るように飛び退く。
「はッ! しつこい野郎っすね・・・。大人しく殺られれば、痛い想いしなくて済むのに・・・。」
そう言うと、彼女は爪に付着した血を舌で丁寧に舐める。
「この程度、何でも無いさ・・・。」
彼もまた、何事も無かったかのように、傷ついた腕の血も拭わずに大剣を構える。そして、シーデは血の滴る手負いの獲物を目掛けて、再び襲いかかる。
あたしは闘えている! お母さん、お姉ちゃん、ヘンリー見てる? もう、あたしは誰かにすがり、縮こまっていた時とは違うんだよッ!!
どんなに強い相手にだって、向かっていけるくらい強く成れたんだッ!!
シーデはあの時、母と姉とヘンリーが惨殺された時、何も出来なかった日の事を思い返していた。そして、いつも一人で縮こまっていた自分の罰に囚われ続けていた。
シーデはずっとわかっていた。あの時の惨状を生んだのは、村人達では無いことを・・・。只、いじける事しか出来なかった自分こそが生み出したモノだということを・・・。
だからあの日、村を壊滅させた日。彼女はあの場から逃げ出した。全てのモノから背を向け、逃げ出したのだ。
しかし、一人という長い時間が再び彼女の弱い心を呼び起こしていた。その心がレンガ達に寄りかかり、自分の本来の目的、意思を曖昧なモノへと変えていた・・・。
「ウオォォッッ!!」
シーデの繰り出されるクローがスネイルの大剣に次々と叩き込まれる。
もう・・・あたしは迷わないッ!! コイツを打ち倒し、償わせてやるッ!! そして、手に入れてやるッ!!
もう何も奪われない・・・そんな世界をッッ!!
ガキッンィッ!!
強い衝撃と共に、スネイルの体勢を大きく崩した。
「貰ったァァッッ!!」
そう吠え、スネイルの顔面にクローを突き出そうとした時。
「ッッ!?」
言い知れぬ殺気を感じてその手を止める。すると、次の瞬間・・・。肩先に激しい激痛が走った。
グシュゥッ!!
袈裟斬りに繰り出された刃が、シーデの右肩を深々と切り裂いていた。シーデはすぐに追撃から逃げる様に、一歩後退する。
「お、お前・・・まだそんな力が残っていたんすか・・・。」
傷口を押さえる腕を伝って、次々と床へ鮮血が伝い落ちる。
「何を言っている。俺はまだ、ピンピンしているぞ・・・。寧ろ、くたばり掛けていたのはお前の方だろうが・・・。」
スネイルは不敵な笑みを浮かべると、真っ直ぐシーデの瞳を覗き込んだ。
「くっ・・・。そういう事か・・・」
シーデはその言葉の意味をすぐに理解した。
自分のスタミナがもう限界を迎えていたという事を・・・。あまりに攻勢に転じていたから気が付かなかったが、明らかに先程よりも身体が重くなっている。
「クソッ。迂闊だったっす・・・。もう少し早くに気が付いてさえいれば・・・」
シーデは眉をしかめながら、スネイルを睨み付けた。しかし、彼はそれを軽く鼻で笑い飛ばす。
「違うな・・・。俺はこれを計算して動いていたんだよ。お前の動きに合わせて動き、お前のスタミナを削りきる事。その事だけを考えていたのさ」
そう、彼はその為に敢えて防戦一方にまわっていたのだ。シーデが自らの動きの陰りに気が付かない様に、動作を合わせ動き続けていたのだ。
「くッ・・・。セコい真似をしてくれるっすね・・・。」
「セコい? 違うな。闘いってのは常に頭を巡らせて進めるもんだ。お前みたいに力で押しきろうとするのは、只の馬鹿の闘い方だ」
コイツ、見た目以上に頭がきれる・・・。勝手なイメージで脳筋と決めつけていたのが迂闊だった・・・。
シーデは自分の母を殺した男とスネイルを重ね、同じタイプだと勝手に割りきっていたのだ。
しかし、彼はそうではなかった。
普段こそ傲慢の固まりである彼も、強者と対峙した際にはそれを一早く察知し、行動に移せるという冷静さも兼ね備えている。
長期間において戦い場に身を置いていた彼には敗北が即、死に直結するという事を誰よりもわかっていたからだ。
「しかし、お前は大したヤツだ・・・。今の一撃で腕を斬り飛ばす予定だったんだが・・・寸前で反らすとはな」
「・・・その余裕の態度・・・。ホントに、気に食わないっすね。」
シーデはその軽口を跳ね除ける様に返した。しかし、その言葉とは裏腹に自分の身体の状態は最悪な状態になりつつあった。
傷を負った腕はまだ辛うじて使える。だが、限界を超え始めている全身はそうはいかない。
意識したその瞬間から、みるみる全身が重くなっていく。もう、自分がそう長くは闘えない事を確信する。
そして、彼女が取った行動は。
「だらァァッッーーー!!」
バキッ!!
歯を食い縛り、攻撃に転ずる事。それだけだった。
シーデとスネイルの間で再び、激しく火花が散る。その衝撃が痛みとなり、シーデの全身に重くのしかかる。
あたしはまだ・・・諦める訳にはいかない!! あの時、母はそれをあたしに、姉に見せてくれた!
だから・・・あたしだってッ!!
グシュッ!
「ぐうゥ・・・・」
スネイルが繰り出した斬撃がシーデの脇腹を切り裂く。だが、彼女はそれに耐える様に目を見開き、更に攻撃を重ねる。
しかし、彼女が繰り出す攻撃は空しく空を斬るだけだった・・・。徐々にスネイルは武器で受ける事すらも止め、
身を翻して避ける様にすらなっている。
「クッソォォッッ!!」
怒りと悔しさを吐き出す様に叫ぶと、右手のクローをスネイルの顔面に突き出す。しかし、スネイルはそれをあっさりと潜り抜けた。そして・・・。
ゴキッ・・・。
がら空きになったその腕に、御輿でも担ぐ様に手を回すと、力一杯捻る。まるで、関節技の様に決まったその一撃は、シーデの右腕を植物の如く力無く垂れ下げさせていた。
「ぐッ!!」
痛みに顔をしかめながらも、スネイルから飛び退き、距離を取る。そして、彼女の右腕はその動きに合わせて、ブラブラと揺れ動く。彼女の腕の関節は完全に外れていた・・・。
スネイルはその様子を見ると、満足気に笑みを浮かべる。
「これで勝負あったな・・・。五月蝿いお前の武器は一つ、潰れたぞ」
シーデは何とか関節をくっ付けようとするが、そんな芸当をいきなり出来るわけも無かった。
「畜生・・・。」
只でさえ不利な状況で、更に利き腕まで失った絶望に思わず表情を曇らせる。
しかし、まだ・・・死んだ訳じゃないッ! まだ・・・戦える!
「この状況で尚、闘争本能を捨てないか。大したヤツだ・・・お前は」
スネイルは驚きと感心の色をその顔に浮かべて、両手で大剣を構え直す。そして、低く腰を落とした。
「本来なら、研究員共にお前は捕縛して報酬を得てもいいんだが・・・お前のその強さは危険だ。この場で確実に息の根を止めておく事にする。俺の本能がそう警告しているからな」
そう言い捨てるとスネイルはシーデ目掛けて地を蹴った。
状況はこの男が言う様に完全に不利な状態だ・・・。でも、まだ攻撃の手段を失った訳じゃない!
只の一撃を、そう・・・渾身の一撃をコイツの急所に叩き込む事が出来れば・・・勝機はある!
だから・・・あたしは最後まで諦めない! 自分の命が終わるその時まではッ!!
「うおぉぉぉッッ!!!!」
そして、シーデは大きく叫ぶと、自分へと向かって来るスネイルに、立ち向かうかの様に自らの身体を大きく舞い上がらせて行った。




