第35話 統べるモノの力
「どうした、獣? すっかりビビって固まっちまったのか?」
スネイルは自分と対峙したまま、動こうとしなくなったシーデに言い放つ。
「そんなんじゃないっす。少し、昔の事を思い出してただけっす・・・。」
シーデはスネイルの挑発的な言葉にも、耳は貸さずに返した。
聖堂の中は火はどんどんその勢いを増していた。
こういう炎を見てると、どうも昔を思い出しちゃうっすね・・・。
それはあまり楽しい思い出では無い。寧ろ、嫌な思い出。
あの時、シーデは火の手が上がるヌオ村の中、村人達を殺して回った。女も、子供でさえも・・・。
そして、誘き寄せた衛兵達も一人残らず惨殺した。たっぷりと恐怖を注いだ後で・・・。
シーデはあの後、その足で王国の管轄区域から去って行った。それからは誰とも交わる事も無く、一人森で生活していた。そして、ある日、密売人共にその身を拘束されてしまった。
でもあの時、売人達を蹴散らし、逃げる事は容易に出来た。
しかし、彼女はそうはしなかった。それは、彼女自身、一人きりの何もない生活に嫌気が差していたのかもしれない。もしくは、少しばかり自棄になっていたのかもしれない。
ともあれ、それが切っ掛けで、レンガ達と出会う事になったのだが・・・。
「ハハハッ! 昔の思い出か。それは、恐らく走馬灯ってやつだな。俺に斬り殺される前のな」
スネイルは自身たっぷりに、豪快に笑い飛ばして見せた。
こいつはどうも、あの時の隊長だった男、リークと被る・・・。
性格こそ違いそうだが、この俺様的な属性、品の無い言葉使いもそっくりだ。この男を長いこと見ていると、怒りで胸焼けを起こしてしまいになる。
でも、だからこそ聞いてみたい事もあった。
「・・・あたしを獣と呼ぶっすけど・・・アンタは自分の事は何だと思ってるんすか?」
「ああぁ? なんだそりゃ?」
やっぱり、只のバカっすか・・・。聞くだけ無駄だったみたいっすね・・・。諦めた様にシーデが、ため息は溢し掛けた時。
「俺は俺さ。ヒトであり、その中でも力を持ち、上に君臨出来る存在だ。そして、お前ら、只の野生動物。それは、生まれた時より決まっている。天の定めによってな・・・」
スネイルは当然の如く言い放つ。これが彼の生き方、持論でもあった。
だが、シーデはその発言に目をしかめた。
「それはあたし達が、今の人種に生まれてきた事が只、不運だったって事っすか・・・。」
「まぁ、端的に言えばそうだな。結局、お前らの種族は負け犬の種族なんだ。だから、そんなお前らは俺達、ヒト様に尻尾でも振って生きていくしかないんだよ。それが、この世界の性だ」
すると、ガラティアがそんな二人の会話に割り込んできた。
「私はそうは思わないわッ! そんなのは間違っているッ!! シーデさんだって、グレースさんだって、他のみんなだってそうッ!! 言葉を交わし、わかり合う事が出来るわッ!! 種族なんて・・・そんなモノは、関係ないわッ!」
ガラティアはこの王国に戻って来て、二人の亜人種達と交流を重ねて、確かにそう感じていた。彼女達だって同じヒトだと・・・そう感じていた。
だが、スネイルはそんな彼女の言葉を簡単に笑い飛ばす。
「ハッ・・・。だから、お前は、ダメなんだよ・・・。」
「な、何ですって・・・」
ガラティアはスネイルの言葉の目を細める。
「確かに、お前は女としての魅力は一級品だ。だが・・・その甘っちょろい考えは、三流以下だ」
スネイルは溜め息を漏らした後で、更に続けた。
「お前は何故、ヒトの上には常に誰かが君臨しなければいけないのか・・・。考えた事はあるか?」
「どういう意味よ?」
「ヒトの真相心理は常に誰かに支配されたい、そう思っているのさ。その理由は簡単だ・・・。ヒトの大半は考えたくない、自分の手を汚したくない。そう思っているからなんだよ」
「そんな事はないわッッ!!」
ガラティアはそう叫ぶと地面を蹴り、スネイル目掛けて剣を降り下ろした。だが、スネイルはその剣撃をあっさりと受け止める。そして、不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、聞くが・・・。ガラティア、お前は今、自分の意思で何かをしているか? 王国から逃げ出した後、お前が取った行動は何も変わってはいない。付き従う場所が解放軍に移っただけ。そうじゃないのか?」
「ッッ!!」
ガラティアはスネイルの発言に目を見開く。そして、その言葉を否定する様に刃を渾身の力で彼に押しつける。
だが、二つの刃は二人の間でギリギリと音を立てるだけだった。
「結局それが、お前という人間の立ち位置なんだ。自分の意思で行動を起こす勇気。それがいかに難しい事か、お前にはよくわかるだろうが・・・。」
ガラティアは何も言い返す事が出来なかった。
スネイルの言う自分の意思で行動を起こす勇気。実際、それはとても難しい事である。
自ら行動を起こす事、これは即ち、自らが全ての責任を負うという事なのだ。その先にどんな結果が待っていたとしてもだ。
そして、起こした行動が大きくなればなる程に、この責任の大きさも膨れ上がっていく。だからヒトは皆、その事に躊躇してしまう。出来れば誰しもがそんな責任などは負いたくはないからだ。
そして結果、誰かがやってくれる。やっている誰かに付いていこう。そういった道を自然に選んで行くのだ。
「そんなのは詭弁だわッ!! それなら、あなただって同じことじゃないッ! 王国に付き従いっているじゃないッ!!」
そう言うと、ガラティアは一歩飛び退く。そして、身体をしなやかに回転させると、その勢いのまま横凪ぎに刃を繰り出した。
「それは、少し違うな・・・。」
しかし、スネイルは再びその刃を簡単に受け止める。
「何が違うっていうのよ・・・。」
スネイルはその刃をガラティアの身体ごと弾き返す。その衝撃に彼女の身体は宙を舞い、聖堂に備え付けられている椅子にぶつかった。
ガシャッ!!
「ぐぅァ・・・。」
「俺は従った覚えなど無い。それはお前もよく知っているだろ。俺は、この王国という中で好きに振る舞わして貰っているだけ・・・。俺は俺の目的の為に動き、更に金まで貰っている。こんな良い事はないさ。それに、俺は今の王国の考え方に、不満など何一つないからな・・・。」
砕けた長椅子の残骸の中から、ガラティアはヨロヨロと起き上がる。
「今、この王国は弱肉強食を掲げた理想の王国だからな。たまに王国内にも、下らない主義を唱える者もいたりするが・・・所詮そんなものは戯れ言でしかない。結局、最後にモノを言うのは強い者、意思を持つ者が全てを動かしているんだよ。だから・・・お前らの様な綺麗事ばかり抜かしている者は、俺達の様な強者の元に付き従うしかないんだよ!」
すると、突然グレースが弓をスネイルに力強く引きながら、言い放った。
「じゃあ、あなた達は何をしても良いというのッ!? 私達、あなた以外の者に何をしても許されるっていうのッ!? そんな権利なんて・・・どこにもないわッッ!!」
グレースは珍しく、その口調を荒げていた。彼女もまた、そのヒトの振りかざし続けた強行の被害者であり、もっともその煽りを受けている種族の一人でもあるのだ。
「権利ならあるさ。俺達がお前らクズ共の代わりに行っている改革の数々。その対価こそがその権利さ。お前らはよくわかっていない様だが、お前達が俺達の功績にどれだけの恩恵を受けているか、わかるか?」
「あたしは、あんた達の行いに恩恵なんて受けた覚えなんかないっすッ!!」
シーデは思い出す。コイツらヒト種が自分達に何をして来たのか。どんな酷い事を繰り返して来たのか。
そんな想いに、拳を握る力が更に強めその腰を深く落とした。
「やはり、何もわかっていないな・・・。本来ならば、お前ら亜人共は滅ぼされていてもおかしくなかったんだよ。戦争に破れたその日にな・・・。だが、お前らは生かされた。まずはその事を感謝すべきなんだよ。」
「誰もそんな事は頼んでいないッ!! それにそんな昔の事・・・私達には関係ないわッ!!」
グレースはそう叫ぶと同時に、矢は放った。
しかし、その矢もスネイルは大剣で簡単に叩き落とす。だが、その隙をついてシーデが弾丸の如くその身を撃ち出し、スネイルとの距離を一気に詰める。
そして、そのままの勢いを乗せたシーデのクローがスネイルの顔面に迫る。だが、そのクローが彼に届くよりも早く、シーデの顔面に掌打が炸裂した。
「うぐぅッ!!」
シーデは短い呻きを漏らしながら吹き飛ばされ、ガラティアと同じ様に椅子に激突する。
「まぁ、お前らにも俺にも、そんな昔の事は関係はないのかもしれないな・・・。だが、それは仕方のない事ななんだよ。この世界に生まれた限りはな・・・。お前らに一つ教えておいてやる・・・。運命ってヤツはな、受け入れるモノじゃない。いつだって、突きつけられるモノだって事をな!」
「ふざけないでッッ!! そんな事・・・あるものかッッ!!」
グレースはもう一度、弓が壊れそうな程引くと、力任せに放った。だが、今度はその矢を手で掴み取り、握り折った。
「う、嘘・・・。」
グレースはスネイルのやって見せたその行動に、唖然とする。
「この世界に、平等なんか無いんだよ・・・。不平等、不条理こそが、この世界の肝なのさ。それが、この世界の秩序そのものなんだよッ!!」
そう言い放つと、手の中に残った矢の先端部分をグレース目掛けて、投げ付けた。
「きゃあッ!!」
それは、立ち尽くすグレースの左肩に刺さり、服には紅い血液が広がって行った。
「姉さんッ!! ダイジョブっすかッ!?」
「ええ・・・。大丈夫です。大した事は、ないです・・・。」
グレースはそう言ったが、傷口を押さえた指の隙間からは次々と鮮血が流れ出ている。その様子にシーデは思わず苦渋の表情を浮かべる。
「何なんすか、アイツは・・・。あんな化け物みたいなヒト、見た事ないっすよ・・・。」
「彼は、昔からあんな感じよ・・・。とても、ヒトとは思えない程の、誰も寄せ付けない程の強さを持っているの・・・。」
ガラティアも激しく打ち付けられた身体を、表情を歪ませながら起こす。しかし、その身体はもうボロボロで、足取りすらもおぼついていなかった。
「さぁそろそろ、この遊びもお開きにするか・・・。丁度いい機会だ。これを試させて貰うか・・・」
スネイルはそう言うと、手にしている大剣の刀身が輝きを放ち出す。
「スネイルが術具をッッ!?」
「何すか? 別に変わった事でもないじゃないっすか。王国の一部の貴族はみんな持っている物なんすよね?」
シーデの言う通り、王国のしかも、スネイル程の階級のヒトならば、術具を帯刀していてもなんら不思議は無い。しかし、ガラティアが驚いたのは違う点であった。
「彼は昔から術具を全く使おうとしなかったのよ・・・。」
「え!? そ、それは、何か恐ろしい理由でも隠されているんすね・・・。」
シーデはガラティアから告げられた秘密めいた言葉に、静かに息を飲む。
あれだけ力を求める男が、力の象徴でもある術具を使わない・・・。そこに並々ならぬモノを感じたからだ。
「いえ・・・。スネイルの適正は水。あまり威力に特化したモノが無いっていうのを理由に、頑なに術具を嫌っていたのよ・・・」
「何すか、それ・・・。メチャクチャ下らない理由じゃないっすか・・・。」
しかし、予想とは裏腹に帰ってきた言葉はまるで子供理屈だった・・・。
「そうね・・・。でも、あれだけ頑固な彼が、帯刀しているって事は、何か理由がある筈なのよッッ!」
呆れが顔を浮かべるシーデとは対照的に、ガラティアは額に汗まで浮かべて真剣な眼差しでスネイルを見据えていた。
「流石だな、ガラティア・・・。よく見抜いたな。そうだ、これは普通の術具などでは無い。いや・・・違うな。これは術具ですら無いモノだ」
そう言うと、スネイルは更に輝きを増す大剣を振りかざした。
「術具じゃ無いッ!? どういう事よッ!?」
スネイルはその問いには答えない。代わりに、彼の傍らにあった椅子の列に向けて、その刃を降り下ろした。
すると、その刀身は更に輝きを増し、その刃から巨大な水流の刃が放たれる。そして、その刃は一寸離れた椅子の列に直撃し、盛大に切り裂いていた。
「ほう・・・。なかなかの威力じゃないか。これは、いいモノだな」
「な・・・何あれ・・・。あんな威力の術具なんて見た事ないわよ・・・。」
その光景を目の当たりにしたシーデ達は皆、目を見開いていた。しかし、シーデとグレースはその術の威力に見覚えがあった・・・。
それは・・・ユノが使う術の威力にそっくりであったからだ。
「だから、違うと言っただろ。確か・・・何と言ってたか・・・。そうだ、聖具とか言ってたな。」
スネイルは手にしている聖具と呼ばれた大剣を興味深くに眺めながら、そう言った。
「聖具・・・。聞いたことも無いわ・・・。」
グレースは肩を治療しながら、詳細を求める様に、ガラティアを見たが彼女も全く知らない様子であった。
シーデはそのまま、スネイルを見つめていた。
その理由はあの武器・・・それが姉を切り裂いたモノに酷似していたからである。威力こそは雲泥の差ではあったが、シーデにはそんな事は関係なかった。
あの時の男に似た男が、更に同じ様な武器を持っている。その事が、彼女の眠っていた感情を呼び起こしていた。
そして、シーデは何かを決意する様に、一瞬だけ目を閉じると、二人に向き直り言った。
「二人とも・・・ここはあたしが、引き受けるっす。だから・・・二人は先に逃げて欲しいっす・・・。」




