第34話 迫り来る恐怖
「隊長ッ!! どうするんですかッ!? ば、馬車が・・・こんな状態じゃ・・・。」
激しく燃え盛る馬車を前に、四人は呆然と立ち尽くしていた・・・。
しかし、パニックを起こし始める部下達を反対に、ベアは今の状況を冷静に推測していた。
この馬車は、村からは少し離れた所に、停めて置いた。それが村の炎が燃え移ったとは、まず考えられない。
だとすると、これは何者かが意図的に火を放ったと考えるしかない。しかし、それが意味する事は・・・。
「これは、誰かが火をつけたと見ていい・・・。恐らく、そいつらは俺達をここから、逃がさないつもりなのだろう・・・。」
部下達が息を飲むのと同時に、燃え盛る馬車の荷台の一部が崩れ落ちる。
「逃がさないって・・・。な、何でそんな事を・・・。」
部下の一人が顔面を蒼白にして呟いた。
だが、彼も言葉とは裏腹に、その意味は理解している様子だ。その証拠に、幾つもの脂汗が顔中に浮かんでいる。
目的までは、わからないにしても、この事件を起こしたモノは、ベア達に向けて明確な殺意を向けている。それは、まごうこと無き事実。
「じょ、冗談じゃないですぜッッ!! なんで俺達がそんな・・・わ、わけがわからないですぜッッ!?」
「落ち着けッッ!!」
ベアは、すっかり恐怖に足をすくわれている部下達に、渇を飛ばす。ここでパニック起こしたら、敵の思う壺だ・・・。
取り合えず、今わかっている事・・・それは、敵は動物の類いでは無いという事。この馬車に火を放つ行動、それに村人達を意図的に集め燃やした行動。それは、知的な生物にしか出来ない事だ。
後は、敵の数だ。恐らく、敵は複数はいる筈・・・。
自分達が王国から村へ着くまで、一時間は掛かっていない。火の手が上がり出した時間を考慮しても、そんなに時間は無い筈だ。
そんな短時間で、しかも・・・相手は戦闘能力の高い獣人達。それを皆殺しにしたのだ。かなり戦闘に慣れた集団と考えるしか無い。
「取り合えず、一度、王国に戻るぞ。ここにいるのは危険だ・・・。」
何にしても、一度ここから離れるのが先決である。こんな見晴らしがいい所に、いつまでも身を晒しているのは危険だ。
「戻るって、言ったって・・・。どうやって・・・。」
「歩いて戻るしかない・・・。」
ベアのこの言葉に全員が驚愕の表情を見せる。
「正気ですかッ!? ここから、王国までどれだけあるとッッ! それに、今、俺達は・・・。」
彼の言いたい事はわかる。しかし、今は、それ以外に選択肢はないのだ。
ヌオ村から王国までは、急げば三時間程で行ける。迂回したとしても四時間もあれば着ける筈。とても、無理がある距離では無い。
しかし、一番の問題は、その間、無事でいられるかという事・・・。
「泣き言を言っていても仕方がないッ! 恐らく、敵は複数だ。囲まれる前に、身を隠すぞッ!」
「は、はいッ!!」
ベアは有無を言わせない号令を飛ばすと、一団は移動を開始する。
取り合えず、見晴らしの良い平原は避け、森の中を進む事に決める。少し遠回りにはなるが、敵から少しでも姿を隠す為だ。仕方がない・・・。
「クソッ!! なんで、俺達がこんな目に合うんだよッ!」
やつれた表情で夜の森の中を歩く部下の一人が、我慢しきれず愚痴を溢し始める。
「俺達は王国の精鋭部隊なんだッ! それを狙ってくるなんて・・・どこの頭のおかしい野郎なんだよッ!」
男は感情のまま、手にしている剣を何度も地面に叩きつける。
ベアは部下の言葉を聞いて考えていた。
目的は何なのか・・・。俺達に、王国に弓を引く意味に一体、何があると言うのか。
確かに、自分達は他者から恨みを買う様な心当たりは山程ある。特に、それを亜人も含むならば、それはもう、とてつも無い程だろう。
しかし、妙なのは何故、獣人達を壊滅させたのかという点だ。もしこれが、亜人達の決起に寄るものならば、何故、彼等を皆殺しにした・・・。
ここを拠点にする訳でも無く。わざわざ目立つ火まで放って・・・。これでは、まるで・・・。
そう考えて、一つの答えが見えて来る。
わざわざでは無い。これは、敢えて火を放った・・・。俺達を呼び寄せる為に・・・。
そんな考えに、思わず背筋に冷たいモノが上がって行く。
動機までは、わからない。しかし、奴等の狙いは最初から俺達だったという事なのか・・・。
ガサガサッ・・・。
その時、森の木々が音を立てた。
全員、その音にビクッと大きく身体を震わせた。皆、一斉に動きを止め、武器を握る手に力を込める。
しかし、何も起きない・・・。
只の野生動物だったのかもしれない。
「ちくしょぉッ!! 出てきやがれッッ!! この野郎ッッ!!」
部下の一人が狂った様に大声を上げ、手にした剣をメチャクチャに振り回し始めた。その刃は、空を斬り、辺りの木々を次々と傷付ける。
「寄せッ! やめろッ!! 落ち着くんだッッ!!」
ベアは一心不乱に剣を振り回す部下に、大声を張り上げる。男はやがて、息を切らしながら、力無く剣を垂れ下げた。
「くそ・・・。くそ・・・。何なんだよ。ちくしょう・・・。うっ、ううぅ・・・。」
男は遂に、涙を溢し始め、剣を取り落としてしまう。
ベアは男を見て思った。こんな時、自分達がいかに脆いかいう事を・・・。
この男も、自分も剣の腕はかなり立つ。所謂、強者の部類の筈。
この部隊は王国によって集められた強者の集団なのだ。危険度が高いとされる獣人の村の管理を任され、時には危険な亜人種の捕縛作戦に狩り出される精鋭部隊。
それがこの有り様だ・・・。相対する恐怖に竦み上がり、押し潰され、完全に自分を見失っている。それは自分だって似た様なものだ。
隊長だからと気を張ってはいるが、少しでも気を緩めれば、恐怖に駆け出してしまいそうになる。
只、攻守を、狩る側と狩られる側が入れ替わっただけで、ここまで脆弱になってしまうものなのか・・・。
今まで、戦場でここまでの恐怖は感じた事は無かった。
誰もが逃げ惑う亜人共を嬉々として追い駆け、捕縛し、時には殺して来た。そして、追い詰められた者達は皆、恐怖に怯え、涙を流していた。
俺達は、それを見て情けない奴等と、笑っていた。
だが・・・今ははっきりとわかる。彼等の恐怖が、彼等に見えていたモノが・・・。
ガサガサッッ!!
そして、再び激しく木の葉が揺れる音に、全員身を固くする。
「くッ・・・。」
しかし、また何も起きない・・・。
くそ・・・。これならば、まだいっそ、何か動きがあってくれた方がマシだ・・・。そう思った時。
ゴトッ・・・。
何かが、四人の足元に転がった。それは、何かの果実。丸みを帯びた果物だった。恐らく、木から落ちてきたのだろう。
「う、ウワァァァッッ!!!!」
一人が突然、絶叫を上げ、その場に腰を抜かした。
俺は声の方向に振り返ろうとした。その時、もう一度、果実が視線に入る。月明かりに照らされたそれは、果実などでは無かった・・・。
自分の部下の一人、コリスの首だったのだ。恐怖に凍りつき、見開かれたままの瞳が、月明かりに怪しく反射していた。
「コ、コリス・・・。」
「ふ・・・ふざけやがってッッ!!!!」
一人がそう吠えると同時に、剣を大きく構えたまま、木々の中に駆け出して行った。
「待てッッ!! 待つんだッッ!!」
ベアはその部下を制止させようと、声を上げたが、彼が止まる様子は無い。少し躊躇したが、すぐにその後を追い駆ける。
「た、隊長ッッ!?」
只、立ち尽くしていたもう一人の部下も、すぐに、自分の後を追って駆けて来ているのがわかった。
俺は、今も叫びながら走る部下の肩を掴むと、力任せにすの身体を地面に引き倒す。
「落ち着けッッ!! 自棄になるんじゃないッッ!!」
「ちくしょうッッ! クソッ! クソッッ!!」
その男は地面に座り込むと、何度も地面を殴り付けた。すると、もう一人の部下が息を上げながら後ろから追い付いて来た。そこで、ベアは一つ、不可解な事に気が付く。
「おい・・・。アイツは、ガルドは、どうした?」
「え・・・。あれ・・・。」
そう、一人いなかったのである。あの場に置いてきてしまったのか。そう思った時。
「ぐおあァァァッッッ!!」
夜の森の中に、ガルドの呻き声が響き渡った。
「ガルドッッッ!!!!」
ベアは来た道に向かって大声で彼を呼んだが、もう何の反応も無かった。
すると、地面に座り込んでいた男がスクッと立ち上がる。
「こ・・・この野郎ッッ!!! 覚悟しやがれッッ!!!」
そう叫びながら、来た道を一心不乱で駆け出して行く。ベアは再び、制止の声を上げたが、彼の耳には全く届かない。
そして・・・。
「ギャアァァァァァァッッ!!!!」
直ぐに、また断末魔の悲鳴が森に木霊した・・・。
「もう・・・。ダメだ・・・。俺達はおしまいですよ、隊長・・・。もう、俺、一歩も動く事が、出来ません・・・。」
男は頭を抱えて涙を溢し、その場に倒れ込む。その顔には、生気は感じれない。
「ば・・・バカな事をいうなッッ!! しっかりしろッッ!!」
言葉でこそ、そう言い放ったが、自分もまた・・・同じ様な顔をしている事だろう。
足が全く言う事を聞かず、恐怖から剣を持つ手がカタカタと震えている。
・・・残ったのは・・・俺達だけなんだ・・・。
もう、いっそのこと、全てを投げ出して駆け出してしまいたい。自分の中に広がる恐怖に、その身を任せしまいたい・・・。
そんな気持ちが急速に広がって行く。そんな時・・・。
正面の木の枝に音を立てて、何かが留まった。
「こんばんわっす。隊長さん・・・。」
それは若い女の声。その声には聞き覚えがあった。この声は確か・・・。
「あれ? 暗くてよくわからないっすか? あたしっすよ。シーデっすよ。いつも、お世話になってるっす。」
そうだ・・・。ヌオ村の獣人のシーデだ。何故、彼女がこんな所になどと一瞬、思ったが、そんな事は最早、明白である。
「お前等が、こんな事をしたのか・・・。じゃあ、村人の死体は、フェイクか・・・。」
シーデはベアの問い掛けに、小首を傾げて見せる。まるで、何を言っているのかわからないといった様子。
「フェイク? ハハッ。さぁ、村のみんなは全員、まだ村にいますよ。あたしのお家に・・・。」
ベアはシーデの言葉に戦慄を覚えた。
確か、あの村人達が、集められて焼かれていた家は・・・彼女の家だった筈。そこにまだ全員いるという事は・・・。
ベアは手にしていた松明をシーデにゆっくりと翳す。そして、更に驚愕に目を見開いた。
「ひ、ひいぃッ!!」
ベアと同じ様に、顔を上げた部下が恐怖に満ちた声を漏らす。
猫が座る様な体勢で、枝に留まるシーデの全身は、まるで血液の海で遊んだ後の様に、紅に彩られていた。更に、その腕からは、まだ付着したばかり思われる紅の滴が音を立てて滴っていた。
「貴様が、村人も全員、殺したっていうのか・・・。お前、一人で・・・。」
ベアは、震える声で彼女の尋ねる。
シーデは、毛繕いでもするかの様に、腕に付いている血を丁寧に舐める。そして、いつもの微笑んだ表情でベアに向き直った。
「一人? 違うっすよ・・・。あたしは、一人じゃないっすよ。今は、お母さん、お姉ちゃん、ヘンリーがいつでも一緒にいるっすから。」
シーデがよくわからない事を言い出す。
母に姉に、それにヘンリーだと・・・。そんなものは、もう何年も前に、この世にはいない筈だ。
そこで、ベアはシーデの目的が朧気に見えて来る。
「なるほど・・・。これはお前の復讐ってわけか・・・。では何故、村人達まで殺した。貴様はもう・・・狂っているのか・・・。」
そう。それならば、わざわざ俺達を誘き寄せた事の説明もつく。
家族を苦しめ、殺した俺達を呼び出し、殺す。それこそが、こいつの目的。
だが、その為に村人まで、全てを殺したというのか・・・。こいつは、完全に狂気にとり憑かれているのか・・・。
だが、シーデはベアの言葉に肩を竦めて見せた。
「あたしが、狂っている? 違うっすよ。狂っているのは・・・この世界、お前達の方っすよ・・・。」
「・・・なに?」
そう言うと、シーデは狂気に満ちた笑顔を彼等に向けた。
「お前達は、考えた事があるっすか? 只、強いたげられるモノの気持ちを。只・・・奪われ続けるモノの気持ちを」
そして、シーデはその表情に笑顔を張り付けたまま、瞳だけを刃の様に細めた。
「あたし達は・・・お母さんも、お姉ちゃんも只、平穏な毎日を望んでいた。変わったモノなど、何も望んではいなかった・・・。何も悪いことなど、してはいなかった。それが、どうだ・・・。お前らの下らない利権争いが、あたし達の平穏を飲み込んだ・・・。無慈悲に、残酷にッッ!!」
シーデは大きな瞳を、更に大きく見開き、吐き捨てた。ベアはそのあまりの剣幕に何も言葉を発する事が出来ない。すると、シーデは気持ちを短くため息を吐き、落ち着かせる様に耳の裏を掻いた。
そして、再びゆったりとした口調で話し始める。
「でも、あたしも村長達の事を知った時は、驚いたっすよ・・・。まさか、村の人達までが手引きしていたなんて、夢にも思わなかったっすからねー」
「そうか・・・。それで、お前は村の奴等を殺したってのか・・・。でも、あの時、それは、仕方の無かった事だったと思う。村長も苦渋の決断だった筈だ・・・。」
そう、あの時の村の食料事情を考えると、そうなのだ。あの状況を打破するには、他に方法が無かったのは事実だ。
「そうっすね・・・。知ってるっすよ。でも、それで・・・お母さんもお姉ちゃんも、納得出来ると思うっすか? 何故、あたし達が犠牲にならなければならないっすか? なんであの二人だったんすか・・・?」
「・・・。」
「そこで、あたしはわかったっすよ。村長の話を聞いた後に・・・。ヒトは群れ合ってはイケないんすよ。必要以上に群れる。その先に待っているのは・・・哀れな群れ内での争いしかないんすから・・・」
「やがて、数が増えた群れは、身内を強者と弱者に振り分ける。そして、弱者にされていくのは、いつだってお母さんやお姉ちゃんの様に優しいヒト。その結果、弱者は強者の生きる為の生け贄とされる・・・。」
「貴様、何が言いたい・・・。」
ベアは話を続けるシーデを睨み付ける。
それが、村人を、俺達を殺した理由だって言うのか。そうだって言うなら、これは復讐。それも、只の狂気に狂った復讐劇だ。こんな事をしてその先に一体、何があるというのか・・・。
「わからないっすか? あたしは村人達を解放したんっすよ。お母さんやお姉ちゃんの、犠牲と言う名の、泥水を啜り続けて、汚れきる前にあたしが浄化してあげたんっすよ・・・。」
「お前は・・・狂っている・・・。お前は何も感じなかったのか? 長い時を一緒に生きてきた者達を、その手にかけて・・・。村の者が全員に関係があったわけでは、無いだろうが・・・。それをお前はーー」
「ウルサイッッ!! ウルサイッッ!! ダマレッッ!!!!」
すると突然、ベアの言葉を遮る様に、シーデが吠えた。その叫びは夜の森を駆け抜け、森の木々をざわめかせる。
「お前に・・・何が、わかる・・・。」
そして、ベアは思わず息を飲んだ。狂気に歪みきった、その顔を見て・・・。
「アイツらは・・・騙し続けて来たんだ・・・。嘘で塗り固めた顔で・・・。みんなを、アタシをッッ!!」
シーデは髪を振り上げながら、頭を両手でキツく抱えた。まるで、何かから身を守る様に・・・。
「そして、あいつ等はあたし達の犠牲から生まれた血肉を貪り、毎日を謳歌し続けた・・・。そんなの許せるものか・・・。だから・・・あたしが、裁きを下したッッ!! あたしは、間違ってなんかいないッッ!!」
言い終わると、シーデは肩で何度か激しく息をする。そして、気持ちを落ち着かせる様に、大きく息を吐くと、再びベアにその鋭い視線を向ける。
「それで、残りは、お前達っす・・・。」
薄い笑いを浮かべると、ベア達に短く告げた。
「お前は・・・俺達を・・・どうしたいって言うんだ?」
シーデが自分達に向けた鋭い眼光に、思わず身を固くする。
「これで、わかったっすか? 弱者の椅子に座らされる気分が・・・。鬼ごっこの鬼以外をやらされる気持ちが・・・。」
そう言うと、シーデは腰を深く落とし、明らかに臨戦態勢に入る。すると、ベアの一歩後ろで、すっかり怯えきっている最後の部下が、大きな悲鳴を上げた。
「う、うわあぁぁぁッッ!! 嫌だッ!! 助けてくれッッ!!」
そして、男は振り替えると、脇目も振らずに走り出した。
「ふふふ・・・。鬼ごっこの、再開っすね・・・。」
シーデは、楽しそうに囁くと、枝を蹴って軽やかに空を舞う。その尻尾と耳の毛を激しく逆立て、眼光の奥が怪しく輝きを見せる。その姿は天から降り立った悪鬼・・・そのものだった。
ズシャッ!!
そして、走り出した男の進路を塞ぐ様に立ち塞がった。
男はいきなり目前に現れた黄色の獣を前に、尻餅を着き、剣を取り落とす。
「うわぁッッ!! やめろッ!! やめてくれッッ!!」
男は尿を垂れ流しながら、両手を前に突き出し、必死に懇願の悲鳴を上げる。だが・・・シーデはそんな様子には目もくれない。
惨めな男を見て、微笑を浮かべると、鋭い爪が伸びた右手を月に振りかざした。
「・・・ツカマエタァ・・・。」
その呟きと同時に、男の顔面に斜め一閃、爪が走る。そして・・・男から激しく飛び出した鮮血が激しく地面に降り注ぐ。
「くっ・・・。」
ベアはそのあまりにも一瞬の出来事に、声すら上げる事が出来なかった。そして、手に持った剣と盾をシーデにしっかりと構える。
「あら? あなたは逃げないっすか? そうだ・・・。あなたはあの時、最後までお母さんと闘っていたヒトだったっすね。じゃあ・・・ここで、決着をつけるっすよ。そうしろってお母さんの声も聞こえるっす・・・。」
その言葉を聞いてベアは思った。自分では、勝てない、と・・・。
あの時、シーデの母ペルーサは、本気では無かった。それは、手を抜いていたと言うより、自分達に対して明確な殺意を持っていなかったという事だ。
過去に自分達と対峙した時、彼女は自分達を只、鎮圧化する事だけに集中していた。それは、恐らく、残された村人達を思っての行動だったのだろう。
王国の直属である自分達を殺してしまっては、残された村人達にも責任が降りかかる、そう考えての行動だったのだろう。
しかし、今のシーデは違う・・・。自分に対して明確な殺意だけを持って、襲いかかってくる。
それに先程の動き・・・あれでは、自分には万に一つの勝ち目の無いのは明白だった。
だが、俺はここで退くわけには行かないッ!! 部下達の為にもせめて一太刀でも浴びせてくれるッ!!
王国に待つ家族の為にも、こんな怪物を野放しにしておくわけにはいかないッッ!!
そして俺は剣を振り上げ、地面を大きく蹴って前に飛び出した。俺が今まで培って来た全てを、この化け物にぶつける為に!
「ウオオォォォォッッ!!!」
狂喜の笑みを浮かべるシーデとの距離が目前まで迫った時、激しく空を斬る音だけが聞こえた・・・気がした・・・。




