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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第3章 闇に紛れるモノ
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第32話 仮面に潜む悪魔

広場には、肉を潰す嫌な音が何度も響き渡っていた・・・。


「ハハハッッ!! この獣どもがッ!! これが、ヒト様に歯向かった罰だッッ!!!」

リークは血走った目のまま、メディに被さっているペルーサの背中に幾度となく刃を振り下ろし続けていた。

そのあまりに凄惨な光景を前に誰も動く事が出来なかった。

そして、もう・・・ペルーサは呻き声の一つも上げない。


「ぐぅ、うっ・・・。お母さん・・・。お母さん・・・。」

シーデは立ち尽くす村長の前で、只、踞って泣き続けていた。


やがて・・・衛兵の一人が狂ったように剣を振るい続けるリークの肩に手を置いた。


「隊長・・・。もう・・・。」

その声にリークは、血に汚れきった顔をその男に向けた。ペルーサだった物から流れ出した赤い泉は男のブーツにも深く染み込んでいく。


「あ、ああ・・・。そ、そうだな・・・。」

リークはよくわからない事を呟くと、数名の衛兵に抱えられて馬車へと運ばれて行く。

そして、その場に最後に残った男は、村長に振り向く。


「騒がせた。また、後日、日を改めて来る・・・。」

そう短く告げると、男はヘンリーの担ぎ上げ、馬車へと入り、そして村を後にして行った。


馬車が見えなくなると、村長を中心に皆、ペルーサの元へ歩を進めた。

そこには、身体が殆ど原型を止めていないペルーサがいた。一目見て、生きていない事は明白・・・。


「ペルーサ・・・。」

村長はもの哀しい表情を浮かべながら、その遺体を丁寧に退かせた。その下から現れたのは、深紅に染まったメディ。全身が血だらけで、まるで生まれたての胎児の様な姿がそこにはあった。


そんなあまりに異常な姿に誰もが、立ち尽くし、涙を流していた。


しかし、その時・・・微かにメディが動いた。


「メディッッ!?」

村長が声を上げると、何人かの村人達が、彼女の安否を確認する。


「村長ッ! まだ、微かに生きていますッッ!!」

その言葉と同時に、数名の村人が家屋に走り、治療に使う薬草や包帯等を持って戻って来る。そして、その場で直ぐに、治療が始められる。


「傷の具合はどうだッ!?」

「これは・・・。致命傷には至ってはいませんが・・・。」


メディの容態は母ペルーサが被さった事によって、深い傷こそは無かった・・・。しかし、ペルーサを貫いた刃が浅くだが、無数に刺さった跡があった。

メディの顔色は雪の様に白くなっており、今も尚、流れ続ける血液がその体温を奪い続けていた。


やがて、すっかり泣き腫らした目をしたシーデが、ノロノロとその場にやって来る。その表情は、虚ろで何も読み取る事も出来ない・・・。



あたしは母の元へ目を向ける。

しかし、そこにあったのは、布を被せられた何かしか、無かった。

そして、姉へ目を向ける。

そこには、忙しく治療を受けている姉の様なモノが、横たわっていた。その瞳は固く閉ざされたまま。



シーデには今、見ている風景に現実味が無かった。まるで、夢でもみている様に朧気であった。

景色は白黒。聞こえてくる音は、五月蝿い程に反響している。

そして、天を仰いだ・・・。

色の無い大空は、晴れているのか、雲っているのかもわからない。


すると、また一段と五月蝿い反響音が聞こえる。姉だと思われるモノを、囲んでいる数名が俯き、叫んでいる。

うるさい・・・。うるさい・・・。奇声をあげるな・・・うるさい・・・。




そして、あたしはいつの間にか、家に戻っていた。今は、いつも、座っている椅子に腰を掛けている。

部屋は暗い、外はもうすっかり日が暮れたのだろう。何の物音もしない。


「お母さんとお姉ちゃん・・・遅いな・・・。」

そんな呟きだけが静かな一室に漏れる。

お腹、減ったな・・・。



それから、数日が経った。


「シーデの様子はどうだ?」

村長は自宅に訪れている青年の獣人に尋ねた。


「いえ・・・。変わりありません・・・。何を話し掛けても聞いているのかさえ、わからない状態です。」

「そうか・・・。」

この青年はシーデにご飯を持って行き、簡単な世話をしていた。母ペルーサの弟で、シーデにとっては従兄弟に当たる存在であった。


「仕方なかったとはいえ。あの子には、酷い事をしてしまったな・・・。」

「そうですね・・・。でも、こればかりは仕方のない事です・・・。」



そして、更に数日が過ぎて、ペルーサ達の葬儀が行われた。

しかし、その場にシーデの姿は無かった。従兄弟の青年が連れ出そうとしたのだが、彼女は頑なとして家から出ようとはしなかった。


今日も、物音一つもしない部屋で、シーデは一人、過ごしている。何を考えている訳でも無く、いつもと同じ様に窓際で椅子に座り、外を眺めていた。

今日は広場の隅で村人たちが何やら、集まっていた。

でも・・・そんな事には興味は無かった。


いつもの様に色の無い空を見上げる。幾つもの雲がゆっくりと流れている。相変わらず、晴れているのか雲っているかもわからない空。

そして、いつもの様に窓際に突っ伏したまま、いつも間にか、眠りについてしまっていた。



夜中に目が覚めると、机の上に何かが置かれているのに気が付く。


「これって・・・。」

それは、母がいつも付けていた髪留めだった。あたしは、それを恐る恐るそれを手に取ってみる。

木で出来たその髪留めの冷たい感触が手に広がる。


その感触が、あたしに全てを理解させる。


もう、母も姉も、ヘンリーもいない・・・。ここにはもう、戻って来る事はない・・・。

あたしがいくらその事から目を背けても、みんなは二度と戻っては来ない。


あたしの瞳からは幾つもの水滴が落ちて行き、机に次々と染み込んでいく。

もう・・・母の笑顔は見ることは出来ない。もう・・・姉と遊ぶことは出来ない。あたしは、全てを失ったの、だから・・・。


「う、うぅ・・・お母さん・・・。お姉ちゃん・・・。ヘンリー・・・。」

母も姉もヘンリーも、みんな闘った、抗ったんだ。

あたしは・・・あたしは、只・・・見ていた。耳を塞いで、見ていた。

あの時、あたしは何も出来なかった。只、自分の力の無さに甘え、誰かにすがる事しか出来なかった。それがこの結末を生んだ・・・。

しかし・・・もう、今さらどうする事も出来ない。後悔してもしきれない・・・。既に全ては、終わってしまった。もう・・・あたしに出来る事は何もないのだから・・・。

だから、せめて・・・。


そして、シーデは手にしていたその髪留めを自分の髪に付けた。母がしていた様に前髪をわけ、母がしていた様に取り付ける。

そして、いつも母がしていた様に笑って見せた。


そう、今・・・あたしに出来る事は・・・。みんなを消さない。みんなを殺さない事だ。

いつだって母の様に笑い。いつだって姉の様にやんちゃに振る舞い。いつだってヘンリーの様に明るく生きてやる。

シーデは涙に濡れた目を何度も擦る。弱い自分を、甘えた自分を消すかの様に・・・。

そして、笑って見る。ぎこちなく・・・。


「みんなは、あたしの中で生きているっす。だから、あたしは一人でも、もう・・・平気っす・・・。」






それから歳月は流れ、シーデはもう16歳になっていた。


「いやー。シーちゃんの狩りの腕は相変わらず、スゴいなー。」

「そんな事ないっすよー。あたしなんてまだまだっすよー。」


一緒に狩りに出ていた青年達数名がシーデの今日の成果を褒め称えていた。その言葉通り、今日の狩りは大成功だった。

鹿を数匹と、象の様な容姿の大型の草食動物を一匹という高結果を納めていた。

これは一重に、シーデの活躍が大きかった。


あの日、母と姉を亡くした日以来、シーデの性格は変貌していた。

最初こそ、村人皆が心配な視線を向けていたが、やがてその心配も無いと判断された。


いつでも明るく活発で、村人との関係も良好。そして、極めつけはその身体能力を激しく開花させていたのだ。

元々、ペルーサとメディと同じ血が流れていたのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

今では、村の中でも飛び抜けた運動神経を誇る様になっていた。


「じゃあ、シーちゃん。明日も宜しく頼むよー!」

「りょうかいっすッ! 明日も大豊作、狙ってっくっすよー!」


村に戻ると、個々にあいさつを交わし、お互いの家路へと着いて行く。


あれから、ヌオ村の食料事情は大幅に改善されていた。

勿論、最近のシーデの狩りでも活躍も大きかったが、それだけでは無かった。


あの事件の後、隊長だったリークは降格され、部隊からはその姿を消していた。

当時、副隊長を務めていた男。ペルーサと最後まで闘っていた男、ベアが事件の顛末を上に報告したのである。

あの作戦は、リーク隊長が個人で進めていたものだと発覚。厳重な処罰が言い渡されたのだ。

そして、通例に従い繰り上げ方式で当時、副隊長だったベアが今の部隊長を務めてる様になった。


その後、現隊長があの事件の謝罪も込めて、ヌオ村の食料分配を見直す事になった。

あれから、この村は何の問題もなく、平和な日常が流れていた。


シーデは家に戻ると、早速今日の献立を確認する。


「オオッ! 今日のご飯は魚じゃないっすかー! これはすぐに支度して食べるしかないっすねー。」

今日のメニューが大好物の魚である事を確認すると、嬉々として調理を始める。そして、手早く魚を焼くと、舌舐めずりをしながら、食卓に着く。


「じゃあ、頂くっすー!!」

元気にそう言うと、凄まじい早さで皿にある大ぶりな魚を平らげ、一瞬にして骨だけの姿に変えた。

それでも、まだ足りないのか、残った骨を噛みながら、溜め息を漏らした。


「いやーやっぱ、一匹じゃ足りないっすねー。また、村長に折り合ってみるっすかねー。」

シーデはそう言ったが、それが無理な事は十分に承知している。昔に比べれば、食の事情が相当に改善されているのは、彼女自身、よくわかっていた。

だから、これは只の軽い独り言である。一人で暮らす生活が長くなった彼女は、この様な独り言が日に日に増えていた。これは一人暮らしではよくある事だ。


「よしッ! ご飯も食べたし、今日の疲れを流しにでも行くっすかねー。」

そう言うと、シーデは後片付けもせずに、身体を拭く布だけを持ち、立ち上がる。

見ると、シーデの家はお世辞にも片付いているとは言えなかった・・・。脱ぎ散らかした衣類がそこらじゅうに散乱している。

それは、几帳面とは程遠い性格の彼女だから、仕方がないのかもしれないが。



シーデは上機嫌に尻尾を震わせながら、すっかり暗くなった村の中を水浴びの場に向かい歩いていた。すると、村長宅の裏手で数人の話し声が聞こえて来た。どうやら、村長の家に誰かが来ているみたいだ。


「いやー最近の大豊作は、本当に有り難い限りですねー。」

「本当だな。これだけ潤っているのも、珍しい事だ。」

「これも、一重にシーちゃんのお陰ですよ! 彼女の狩り能力は本当に素晴らしい限りです!」


シーデは、盗み聞きをするつもりは無かったが、自分の事が話題に上がっていると、ついつい聞き耳を立ててしまう。

もー。そんなに誉められたら、照れちゃうじゃないっすかー。

そんな事を思いながら、ポリポリと頬と掻く。


「流石、ペルーサさんの子供だよ。」

しかし、その単語を聞こえた瞬間、シーデの動きが止まった。それは、紛れもなく母の名前である。

あれから、かなりの月日が流れ、もう色々と割りきれる様にはなってはいたが、やはり母や姉の名前を聞くと、あの時の思い出してしまう。あまり、愉快な気分には慣れない・・・。


さぁ・・・。立ち聞きはこのくらいにして、あたしは身体を清めに行くっよー。

沈みそうになる気持ちを切り替え、その場を後にしようとした時・・・。



「ペルーサとメディか・・・。あの二人には本当に酷い事をしてしまった・・・。まさか、我々の行動があの様な事になってしまうとは・・・。」


続けて聞こえて来たその言葉に、再びシーデの身体は止まった。

我々の行動って・・・。どういう、意味・・・。 


「村長・・・。あの時は、ああするしか方法はなかったんですよ・・・。もし、あの時、なにもしなければ、村から餓死者が出ていた事は確実だったんですから。」


「それにあれは事故です・・・。本当なら、メディを王国の研究施設に一時渡すってだけだったんですから・・・。それが、ペルーサさんが先走って、あんな行動をしちゃったから・・・。」


「まぁ、でも・・・あの時の取引自体は失敗に終わりましたが。結果として、今の食料事情に繋がったんですから。あまり気を落とさないで下さい・・・。」


そう、あの時、村長達とリークは裏で取引をしていた。普段の身体検査ではわからない情報をリークへと流し、メディと引き換えに村の食料事情の改善を持ち掛けていたのだ。

当時、ヌオ村の食料状況は、目に見えるよりも過酷な状態だった。あのままの状態が続けば、数ヵ月後には、数人の餓死者が出るそんな状態であった。

そして、そんな健康状態が続けば、狩りも上手くいかなくなり、更に食料の分配も減ってしまう。そんな極限の状態。

そんな中、村人全員の命を預かる村長は、そんな苦渋の決断をするしかなかった。それが、どんな卑劣な手段だったとしても・・・。



「そうだな・・・。これも長い目で見れば、最小限の犠牲で済ませられた・・・。そういう事にするしかないのだろうな・・・。」

「もう・・・この話はやめましょう。もっと、これからの話をしていきましょう。」


そして、シーデはそんな言葉を背に、ゆっくりと森へと歩き始める。ゆっくりと、ゆっくりと・・・。




「オッ! シーちゃんじゃないか。これから、水浴びかい? 今は誰も居ないから、ゆっくり出来ると思うよー!」

暫く歩くと、森で村人の一人とすれ違う。彼は、水浴びから戻った様子で、上機嫌にシーデに声を掛けた。

シーデは、その男にゆっくりと顔を上げる。


「そうなんっすね。じゃあ、ゆっくりと楽しめるっすね・・・。」

彼女はいつもと変わらない笑顔で彼に答える。だが・・・その瞳の色には、言い知れぬ妖しい光を宿していた・・・。




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