第29話 封じられた記憶
聖堂内では、二人の激しい攻防が続いている。スネイル、ガラティア、そのどちらも、王国内ではかなりの実力者であった。
ガラティアは少しショートソードと盾を用いて闘うオーソドックスなスタイル。
女性という事と、その小柄な体格の為、腕力がないガラティアは、盾を主軸に攻守を切り替えながらの戦闘を得意としている。相手の攻撃の軌道を盾で逸らし、隙を作り出し攻める、そんな闘い方だ。
一方、スネイルはそんな彼女とは対照的に、攻めに特化した闘いを好む。
彼の武器は、身の丈程ある、巨大な剣一本である。その大剣で力任せに敵をなぎ倒す。それが彼の戦闘スタイル。
その闘い方は、一見、単純な様にも、思えるが、彼の最大の武器は、生まれ持つ高い身体能力と飛び抜けた五感機能であった。かなりの重量の大剣を軽々と振り回す力、更にその巨体から考えられない程の俊敏さ、そして極めつけは、一部の亜人種にも引けを取らない危険察知能力、それが彼の攻守を鉄壁のモノとしていた。
「驚いたな・・・ここまで出来る様になっているなんてな」
剣を交えながら、スネイルが楽しそうに笑う。
「・・・あなたとは違うの! 私は、ずっと・・・ただ遊んでいた訳じゃない」
私はそんな彼のふざけた態度に少し腹を立てる。
そう、彼とは違う・・・。私は、これまでずっと鍛練を重ねて来た。来る日来る日・・・。
力がない私は、様々な試行錯誤と、血が滲む様な鍛練を重ねて、この技術を手に入れた。最初から全てを持っていた彼とは、違う。
見習い部隊に居た時、彼が鍛練をしている所なんか、一度だって見た事がない。
皆も、言っていた通り、彼は戦いの天才だった。当時、部隊で彼を本気させる者すら、現れる事はなかった。
どれだけ、鍛練を重ねても、才能の前には成す術がないと言う現実を、まざまざと見せつけられてきた。
でも、今は違う。
彼の攻撃を的確に捌き、時おり、彼を守りにすら、まわらせている。それが、私の今までの努力は無駄ではなかった、と強く実感させてくれていた。
ふと、一瞬だけ、裏口の方向を見る。
良かった・・・。グレースさんには、ちゃんと伝わっていたみたい。
ガラティアは戦闘が始まる寸前に、後ろ手に出てこない様、彼女に合図を送っていた。彼女の従順で献身的な性格から、まず間違いなく闘いの場に来てしまうと考えての行動だ。
彼女はどう見ても、戦闘に特化したタイプじゃない・・・。そんな子を、こんな男と闘わせる訳にはいかない。
正直言うと、少し心細くはあった。しかし、この男は、相手が誰であろうと絶対に容赦などしない。
そんな危険な男と、彼女を闘わせたくはなかった。
それに、この男は・・・。
一発で決めないと・・・。
私は心でそう呟くと、静かに矢を引き始める。そして、その狙いを聖堂内の薄明かりに照らされている男の頭部に向かって絞る。
この部屋は真っ暗に近い、明かりのある聖堂側からでは、絶対に見えない筈・・・。
しかし、戦闘で激しく動き回る人間へ、正確に矢を射る事は容易ではない。ましてや、それが一発勝負ともなれば、余計である。
ふぅ・・・ふぅ・・・。
私は規則正しく、呼吸を整えながら、チャンスを待つ。まるで彫像の様に、矢を引いた姿勢のまま、男の動きが止まる一瞬を、ただじっと待ち続ける。
「!!」
スネイルはガラティアの切り上げを皮一枚で避け、手にしている大剣を渾身の力で降り下ろしてきた。
だめだ・・・! これは、盾では凌ぎきれない!
咄嗟にそう判断した私は、盾を構えずに横にステップを踏む。
ガシャッ!!!
スネイルの大剣は、さっきまで私が居た床を盛大に叩き割った。
危なかった・・・あれを受けていたら・・・。
自分の判断が間違っていなかった事を感じながらも、思わず冷や汗を流す。
その時、私の耳に風を斬る様な音が伝わってきた。
「うぐっ!」
それと同時に、スネイルが低い呻きを漏し、そして、その左腕には、一本の矢が刺さっていた。
嘘!? 外された!?
グレースは驚きに、目を見開く。
スネイルが床にその剣を叩きつけ、動きが完全に止まった、その瞬間を彼女は逃さなかった。
男の頭部をしっかりと捉え、その目標に向かって、真っ直ぐに矢は放つ。
しかし・・・。矢が男に到達する刹那、その左手を振り上げたのだ。
「やっと、行動を起こしてきたな。これをずっと待っていたんだよ・・・」
スネイルはそう言うと、横の転がっているランタンを拾い上げ、裏口の方へ放った。宙を舞ったランタンは、そのまま裏口の手前の地面に割れ落ち、その床から小さな火の手を上げる。
その仄かな炎に、矢を持ち固まるグレースの姿が浮かび上がる。
「グレースさん・・・。」
その姿を見て、ガラティアは小さく呟く。
「な、何故、わかったの・・・?」
グレースは自分を睨み付ける大男に問いかける。
「まぁ、何となくだな・・・。最初から、こいつ以外に誰かがいる気配は感じ取っていた・・・。いる場所がわかったのは、ついさっきだけどな。」
そして、スネイルは左の二の腕に刺さっている矢を乱暴に抜き取り、床に投げ捨てる。
「こいつが、さっき、裏口の方を一瞬見た時だ。それで、あそこに誰かいるんだな、と確信した。まぁ、もっと早くわかれば、こんな回りくどい事をしなくても済んだんだけどな・・・」
そう言って、スネイルは具合を確かめる様に、その左腕を動かす。激しくブンブンと、振り回すその左腕は何も問題は無さそうだった。
「しかし、隠し玉が・・・たかが一匹のエルフとは・・・。こりゃ、警戒する必要もなかったな。これは、お前のペットか?」
スネイルは下品な笑みを浮かべながら、グレースから目を離し、ガラティアに目を向ける。
「そんなんじゃないわ!」
恐れていた事が瞬間が訪れてしまった・・・。
彼は弱いものや亜人種に対して、かなりの偏見を持っている。そこから飛び出る暴言も容赦がないものが多い。
私は・・・出来れば、そんな男と、グレースさんを対峙させたくはなかった・・・。
「なんだ、そりゃ? 畜生相手に友達ごっこか? 相変わらず、おまえは変な奴だな・・・。」
「!」
彼は悪びれる様子も無く、更に言葉を繋ぐ。横目に暗く視線を落とすグレースさんが見えた・・・。私は、剣を握りしめ、彼に飛びかかった。
「あんたって奴はッッ!!」
二人の剣が顔の前でぶつかり、火花を散らす。彼は咄嗟に構えた事で、反応が遅れた為、やや私の剣の方が押している!
そう思ったが・・・。
ガキンッ!!!
スネイルはガラティアの身体ごと、軽々と押し退けた。ガラティアは先程とはまるで違う、その剣撃に怒りの感情はすっかりと鎮圧化されてしまう。
「あなた・・・さっきまで、手を抜いていたの!?」
「そうじゃないな・・・。別に手を抜いていたんじゃねぇ。隠れている奴をあぶり出す為に、守りにまわっていただけさ。でも、これで、今からいつも通りにイケるって事だ」
彼は歯を見せて笑うと、私から視線を外した。
「そのメスも、まとめてねじ伏せてやる・・・。エルフ如きヒト様には、敵わないって、しっかり調教してやるよ・・・。」
その言葉を聞いて、私は再び眉をひそめた。だが、今度は飛び出したい気持ちはぐっ、と押さえる。
今、無茶な事をしても、事態が悪くなるだけ・・・。
その時、突然、聖堂の扉が勢いよく開いた。
「二人とも、大丈夫っすか!?」
「シーデさん!」
そこには、両手にしっかりとクローを装着したシーデさんが肩で息をしながら立っていた。
来てくれた事は、凄く心強いでも・・・。
「外は、大丈夫なの!?」
そう、彼女には外の見張りという、大事な役目があるのだ。もし、この状態で囲まれでもしたら、完全に退路を失ってしまう。
しかし、私のそんな心配を他所に彼女は、親指を立てて笑う。
「大丈夫っす!! 外の警備兵は一通り眠ってもらったっすから!」
獣人の戦闘力は、スゴいものだとは聞いてはいたけど・・・。
ここは、聖堂、王国内でも重要な施設の一つ、そこに配備されている警備兵はかなりの実力者の筈。
それを、こんな短い時間で倒すなんて・・・。
「・・・なんだ? 今度は、獣が一匹、入って来たか?」
スネイルはまるで汚いモノでも見る様な視線をシーデに向ける。
「このムカつく奴が例のアイツっすね・・・」
普段は楽天家の彼女も、流石にカチンと来たのか、その大きな瞳を、少し細め、スネイルを見つめる。
「生意気な口を聞くじゃねぇか・・・。口に聞き方も知らないみたいだな・・・獣風情が。」
スネイルもまた、先程までは終始見せていた涼しい顔を一転させ、突如、厳しい表情を浮かべる。ガラティアも、グレースも、二人が放つ、異質なオーラを感じ、口を挟む事が出来ないでいた。
「こいつは、あたしに任せて下さいっす!」
シーデは言い放つと、その返答を待たずに、地面を蹴り、スネイルに躍りかかる。一瞬にして、スネイルの懐に到達し、その勢いのまま、右手のクローを胴体目掛けて突き出す。
ガギッ!!
しかし、そのクローは鈍い音を立てて、スネイルの刃に阻まれる。
だが、シーデの猛攻はまだ終わらない。間髪入れずに、左のクローを顔面目掛け、抉る様に突き出した。
そのクローがスネイルの頬の肉に切り裂く刹那、剣から離した右手の甲でシーデの左手を弾き飛ばした。
シーデはその裏拳で体勢を崩しながらも、直ぐ様、地面を蹴り、スネイルから距離を取る。
・・・なんて、早さなの・・・。
私は、二人の攻防を見て、呆然としてしまう。全ては、ほんの一瞬の出来事だった・・・。
先程までの私の戦闘とは、まるで、別次元・・・。世界が違う・・・。
ガラティアは獣人が戦っている所を見るのは初めてだった。
まだ、王国に所属していた時、彼女の部隊が主に担当していたのは、エルフの村が主だった。
獣人、ドワーフはその戦闘能力の高さから、より戦闘に特化した部隊に振り分けられていたからだ。
「・・・口だけじゃないみたいっすね。」
「当たり前だ。それに・・・お前らのお守りは嫌という程、してきたからな」
その言葉通り、彼は見習い期間終了後から聖堂に来るまでの間は、獣人の管理、制圧を主にした部隊に身を置いていたのだ。
最も、危険度が高いとされている獣人種の担当は、彼の様な戦闘に特化した荒くれ者達の兵で統一される事が多い。
「やっぱりっすね・・・。一目見た時、そんな気がしてったっす・・・」
シーデはそう言うと、いつもの笑顔を見せる。
その時、先程燃え上がったランタンの炎が、音を立てて、更に激しさを増す。
シーデはその立ち登る炎に目を向ける。不敵な笑みを浮かべるスネイルと燃えたける炎・・・。
その光景を目に映したシーデの脳裏には、ある一つの過去が呼び起こされていた。




