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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第3章 闇に紛れるモノ
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第28話 強奪作戦

「ドミヤさん、そろそろ・・・。」


砂浜に座り込んで、来た道を眺めていた、あいにダニーさんが声を掛けてきた。

もう辺りはすっかり、日も落ち、頭上には満点の星空が広がっている。


「・・・ユノの具合は、どうなんでさ?」


あいは、彼の言葉を流す様に、話題を変えた。

ユノは先程、ダニーが精製してくれた聖水を飲ませ、今は、流木を枕に小さく寝息を立てている。

見た所、もうすっかり落ち着いた様にも見える。


「ああ、彼女はもう大丈夫な筈だよ。でも、もう少し遅かったら・・・かなり危ない所だったね」


そうだったのだ。

この砂浜に着く少し前、あいの腕の中で彼女は、突然激しい痙攣を起こし始めた。その痙攣はまるで、身体の中いる何かが暴れだしたと、でもいった感じだった。


あいに盛大にダニーさんを急かしてしまった。だが、彼は冷静に火竜の血液と海水を調合し、直ぐ様、彼女に飲ませてくれた。

聖水を飲ませた事で、ユノの痙攣は直ぐに収まり見せた。


あいはその時のユノを見て、恐怖を、それと同じく不憫さ感じていた。

普段はただの無愛想で生意気な小娘にしか見えない彼女。


そんな少女が、内へ秘めていた闇を垣間見てしまった気がする・・・。

取り合えず、今はユノが落ち着きを取り戻せて良かった。


悔しいが、あの時の旦那の判断は、結果的に間違っていなかった。あの時、直ぐに行動を起こさなかったら、間違いなくユノは変異していたに違いない。


旦那・・・。


あいは思い立って、その場から腰を上げる。


「ちょっと・・・あいは、その辺をぐるっと見てくるでさよ・・・」


そう言って、馬へ向かって歩き出そうとしたあいの背中に、ダニーが声を掛けてきた。


「・・・ドミヤさん、だめです・・・それは」


彼は言い辛そうに口ごもりながら、言う。


「な、何ででさ?・・・あいはちょっと、その辺の安全を確かめて来るだけ、でさ・・・。」

「いえ・・・ドミヤさんはあの場に戻るつもりなのでしょう?」

「・・・」


自分の考えは完全に見透かされており、何も言葉が出なかった。

でも・・・。


「でも・・・もしかしたら・・・。もう、倒してその辺を歩いているかもしれないでさ・・・。だから・・・」


言葉に出してから、気が付いてしまう・・・その逆もまた、然りだ。そんな事は考えたくもなかったが・・・。

だから、何故、彼が頑なに自分を止めるのかも、想像はついていた。


「ダメですよ・・・。もし、それであなたの身にも何かあったら、彼の犠牲が無駄にーー」

「そんな旦那がもう死んだみたいな事、言うんじゃないでさ!!」


彼の口にした言葉にカチンと来て、思わず大声を上げてしまう。彼は突然、被せられた大声に、驚き、固まってしまっている。


「ごめん・・・。失言だったよ・・・」

「・・・いや、あいの方こそ・・・大きい声を出してごめんなさいでさ・・・」


彼の言いたい事はわかる。旦那の決断を、決意を・・・無駄にする様な行動は避けるべきだと・・・。

あいは小さく息を吐いた。


いつの頃から、あいは旦那の事をこんなに気にする様になったのだろう・・・。

最初に会った時は、只の失礼な変人くらいにしか思っていなかった。あいも、ヒト種である旦那を上手く利用しようとしか考えていなかった筈。

それが、いつの頃か・・・身を呈して彼を庇い、彼の窮地には胸を締め付けられている・・・。

また彼と、ふざけ合いたい・・・。笑い合いたい・・・。一緒に、いたい・・・。そんな思いばかりが、浮かび上がってくる。


でも・・・今、自分に出来る事は何も・・・ない。


「わかったでさ・・・。少し移動してから、夜営にするでさ。もう、今日、あいは・・・疲れたでさ」


自分の気持ちをぐっと押さえて、今取れるであろう、最善の策を選ぶ。取り合えず、今は、ここから少しでも離れた方がいいのだろう。


「そうしましょう・・・。」


ダニーさんはそれに同意すると、荷物をまとめ、馬へと向かう。そして、馬に跨がり、コンパスで方向を確認する、彼の背中にあいは語りかける。


「旦那なら、きっと大丈夫でさ・・・。戻ってきたら、ひっぱたいてやるでさ」


そんなあいの言葉に、彼は優しく笑ってくれた。


そうだ・・・絶対にひっぱたいてやるんだ。

あいをこんな気持ちにさせるなんて、絶対に許さないでさ・・・。








刻を同じくして、ガラティア達の聖水奪還作戦は進行されていた。


「グレースさん、いいわ。中に入って」


ガラティアは聖堂へ横付けされている馬車の中に、潜んでいるグレースに声を掛けた。

その声を聞いて、グレースが馬車から静かに出てくる。


「ティア様、例の男はどうですか?」


「大丈夫、お酒に混ぜておいたモノの効力で、すっかり眠っているわ」


作戦は至ってシンプルだった。

聖堂にて、ガラティアがスネイルと酒を酌み交わす約束を取り付け、その酒に大量の眠り草を混ぜ、眠りについた所で、聖水を運び出し、そのまま王国を離れるといった内容だ。


作戦前までは失敗する構図が色々と頭を巡ったが、始まってしまうと案外すんなりと事が運ぶ。スネイルは、私が酒を進めるがまま、それを飲みあっという間に眠りに落ちていった。

彼の傲慢な性格は慎重からは、ほど遠い性格をしているのだから、まぁこんなものなのだろう。


私は中へ戻る前に、聖堂の屋根に身を伏せているシーデさんを視線を送る。彼女は、もしもの時の為、聖堂外の見張りを頼んで置いた。

何かのトラブルが発生した場合は、彼女に外から来る衛兵の陽動を担当してもらう手筈になっている。シーデさんは、直ぐに私の視線の意味に気が付き、何度か頷いて見せてくれた。


そして、私はグレースさんと共に、聖堂内へと再び、歩を進める。


中の様子は先程と変わらず、聖堂の中央に臨時でスネイルが設置したテーブルへ彼は今だ、突っ伏したまま眠っている。

内部の明るさは、壁等に据えられた蝋燭の光のみの為、少し薄暗いが、秘密利に行動するにはかえって好都合。


「じゃあ、急いで運び出しちゃいましょう」


グレースさんはそれに頷きかけ、私達は真っ直ぐ、聖水が貯蔵されてある裏への扉へ向かう。中へ入ると、小さな一室の角に、聖水が貯蔵されている樽が20個程、並んで置かれていた。


「これは、全部は積めそうにないわね・・・。取り合えず、積めるだけ積んで、こんな所からは直ぐに脱出しましょう」


そう提案し、一人で一つの樽を静かに転がしながら、入り口まで運び出して行く。

外の衛兵の動きもある為、まずは、積めそうな分を聖堂の入り口に集め、隙を見て一気に積み込むという方針にする。

衛兵達については、スネイルがいつもより離れた所での警備を命じていた為、それ程、気にする必要はないのだが、流石に何度も出たり入ったりするのは、少し危険な気がした。


「なんか、凄く心臓に悪いですね・・・。」

「ほんとにそうね・・・。いくら寝てるってわかっててもね・・・。」


今回使用した眠り草は、かなり強力なもので、ヒトが接種すれば、2、3時間は何をされても絶対に起きない。

現に、二人は彼の横を何度も往復しているが、聞こえてくるのは彼の寝息のみ、起きる様子は微塵も感じられない。

しかし、起きないとわかっていても、見張りの前を何度も往復するというのは、なかなか精神的に来るものがある。早く終わらせて、この緊張の空間から抜け出したい・・・。


「これで最後ね」

「そうですね。もうこれ以上は積めそうにないですね」


私は裏の一室で積載の確認をすると、大きく息を漏らした。なかなかの力仕事に加え、精神もすり減る作業ときている。思った以上に疲れは溜まっていた。


「グレースさん、まだ積み込みも残っているわ。最後まで気を抜かないで行きましょう」


そう告げると、私は最後の樽を横倒しにして、慎重に転がしながら、扉を潜る。後は、そのまま入り口へ運ぶだけだったのだが、言い知れぬ違和感を感じて、私は足を止めた。


「・・・ティア様?」


グレースはいきなり立ち止まった事に疑問を抱いて、怪訝そうに尋ねる。


「・・・よぉ、これはどうなっているんだ?」


部屋の中央のテーブル、先程までそこに突っ伏して眠っていた筈のスネイルが、今、頬杖をついた姿勢でこちらを見ていたのだ。

ガラティアはその声を耳にして、凍りついた。


「・・・」

「ガラティア、黙っててもわかんねぇな」


静かな聖堂内にスネイルの低い声が響く。特に大きな声を上げている訳だはない。しかし、その声はガラティアを凍りつかせるには十分なものだった。


「・・・仕方ねぇな・・・。まぁ、おおよそ想像はつく・・・。つまり、俺は騙されたっと事だな」


その冷たい声と共に、スネイルの身体中から静かな怒りの波動が溢れ出すのがわかる。ガラティアはそれに気圧されて、思わずその場にへたり込みそうになってしまう。

しかし・・・。


「な、何故、眠り草が効かなかったの!? 確かに、飲んだ筈よ!!」


彼は私の投げ掛けた問いに、笑いながら答える。


「しっかり効いていたさ。ほんの少し前までは、これでもかって位に爆睡してたぜ。でもな・・・俺は、昔からどうしてか、薬だのが全く効かない体質なんだ。詳しい事はよくわからないけどな」


スネイルは生まれつき少し異質な体質をしていた。分解速度が異常に早いのだ。

体内に取り込んだ栄養素、毒素等を常人の何倍ものスピード分解してしまう。その為、病気には殆どならず、なったとしても回復が物凄く早く、今回の様な眠り草を接種しても、あっという間にその効力が失われてしまうのだ。


「まぁ、そんな事はどうでもいいさ・・・。」


スネイルはふぅ、と息を吐く。それと同時に彼の纏う空気が変わる。

ガラティアはその空気の流れを感じ取り、全身に悪寒が駆け抜けた。


私は・・・この恐れを乗り越える為に・・・ここへ来た筈!


自分の目的、決意を心で何度も唱え、地面をしっかりと踏みしめ、小刻みに震える腕を、強引に押さえつけた。


「覚悟は出来てるな? ガラティア・・・」


彼の最後の言葉に明確な敵意を感じて、私は盾とショートソードを力強く構える。


がんばるんだ、私・・・。こんな奴に、怖じ気づくな。


そして、自分を支配し、包み込もうとする恐怖を、掻き分ける様に、私は盾を突き出して、スネイルに突っ込んで行く。


「だあぁぁぁぁぁ!!!」


彼はそんな私の行動を嘲笑いながら、身の丈程あるロングソードを抜き、両手でしっかりと構えた。


昔、彼にはまったく及ばなかった・・・。でも、今の私は昔とは違う!

数多くの実践を詰み、幾多の死線を潜り向けて来た。もう・・・私は、ただ怯えるだけの女なんかじゃない!


スネイルとの距離が縮まった時、彼の刃がガラティア目掛け、降り下ろされる。

その繰り出された刃を盾で受け、盾の斜面をなぞらせる様に、受け流す。そして、右手に持つ剣を、がら空きになっているスネイルの胴体目掛け振り上げた。


その剣を持つ右手には微かな手応えを残しながら、空を斬る。


「・・・出来る様になったじゃねぇか、ガラティア」


スネイルは軽やかに一歩後退しながら、不敵な笑みを浮かべる。その肩先には、微量の血液が流れていた。





「ガラティア様・・・。」


グレースは、扉の奥、貯蔵部屋に身を隠していた。


ガラティアとスネイルの戦闘が始まる少し前、自分のその場に飛び出そうと考えたのだが、背中越しに制されてしまったのだ。彼女が一人で闘うと、いう事なのか・・・。グレースにはその彼女の意図を読み取れないでいた。


でも、今・・・私にしか出来ない事がある筈。

今回のこの作戦を絶対に成功させる・・・。それが、グレースに取って、最も重要な事だった。

扉の脇に身を隠しながら、ゆっくりと広間の様子をのぞき見る。


その広間の中央では、ガラティアと大男が激しく攻防を繰り広げており、金属がぶつかり合う音が聖堂内に響き渡っている。

今の、現状では、まだどちらが優勢なのかはわからないが、このまま黙って見ている訳にもいかない。

背中に携えていた弓を手に持つ。


もう・・・私は、何かを失いたくない・・・。

両親と共に焼けていく故郷の村を思い出す。


もう、あんな思いは・・・したくない・・・。

私は、初めて自分の居場所を見つけられた気がしていた。ドミヤちゃん、シーデちゃん、ユノちゃんが居て、そして・・・レンガ様。

それは、少し前までは考えられなかった程、楽しい日々。一日、一日が大切に思える毎日。あの方が与えてくれた・・・連れ出したくれた、そんな世界を、私は失いたくない・・・。


今でも、不安を募らせる風は吹き続けている・・・。

でも・・・今は・・・。


私は瞳を閉じ、邪念を払い、集中力を高める。せめて・・・この一瞬だけでも、余計な事を考えない為に。


お父さん、お母さん・・・どうか、私達を守って下さい!




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