第27話 鮮血の空
俺は、一旦、バギーを止め、黒応竜が追い付いて来るのを待っていた。
もう既に、日は暮れ始め、降り注ぐ夕焼けの赤が、広大な荒野と、小高い崖の先に広がる大海原を、紅に染め上げいく。
それは、これから始まるであろう、凄惨な闘いには不釣り合いな程、美しいロケーションだった。
俺は、そんな中、只、強くハンドルを握り絞め、黒応竜が来るであろう方角をじっと見据える。
このまま、逃げてしまおうか、とも考えたが、自分の第六感が、奴は必ず、来ると警告していた。
今、心中には、過去に感じた事ない不安が、渦巻いていた。
この世界にやって来て、もう、どれだけの死の窮地に立たされたか、わからない・・・。
その時に感じる恐怖や不安・・・今回はその、どれらとも少し違う感じだ・・・。
恐らく・・・今、自分が感じているのは、孤独への、不安だ・・・。
これから訪れるあろう驚異に対し、相対するは、自分・・・たった一人だけ、という事に、激しい不安と恐怖を感じている。
俺は、他人と距離を置き、一人で生活する事を苦に思わない人間だった筈。
厳密には、そうしていくうちに、それに慣れてしまったという方が、正しいのかもしれないが・・・。
現に、この世界で初めて火竜と対峙した時は、それに対する恐怖こそはあったが、今の様な感情は抱いてはいなかった。
それが、今は、どうだろう・・・。
「ふぅ・・・。俺は、いつからこんな、寂しがり屋になっちゃったんだ・・・。」
自身の心境の変化の理由・・・それは。
「まぁ・・・多分、あいつらだよな・・・」
彼女達の存在と交流・・・。それが自分の心に変化をもたらせたのだろう・・・。
最初こそ、目的の一致くらいにしか、考えていなかった筈。
それが、いつの間にか、一緒にいる為に、行動をする様になっていた・・・。
「はぁ・・・。」
また、俺は同じ事を繰り返しているのだろうか・・・。
過去にあった様々な事を脳裏を掠めていく。
それに・・・俺は、この世界の人間ではないのだ・・・。
居てはならない、人間なのかもしれないのだ・・・。
「・・・」
でも・・・。
この世界は、彼女達は、違うのかもしれない。
信じられるのかもしれない・・・いや、信じてみたいのかもしれない・・・。
俺は・・・。こんな日が来るのを、待っていたのかもしれない・・・。
損得感情を取り払える関係・・・。
そんな日が来る事を、願っていたのかもしれない。
前の世界では、人との交流、裏切りを恐れ、膝を抱えただ心を閉ざしていたのかもしれない。
でも・・・それでも、孤独に慣れてしまいさえすれば、平穏な毎日だと信じた・・・。
実際、そうなった。
しかし、それは何もない毎日と同じだった。
苦しみもなければ、また、喜びもない。
それは、生きてもいない、ただ死んでいないだけの毎日・・・。
だが、今は違う。
今は、皆を自分の事の様に大切に思い、それと同時に失う事に、強い恐怖を感じている。
それは、見方によってはただ、重荷が増えただけとも思えるだろう・・・。
でも・・・今は、その事が自分に確かな喜び、充実感を与えてくれている、気がする・・・。
これは、試練なのかもしれない・・・。唯一、残された人類である自分がこの世界で生き残るか否かの・・・。
そして・・・時は来た。
「来たな・・・。」
まだ姿こそ確認出来ないが、先程まで嫌と言う程、響いていたあの咆哮が聞こえ、地面を踏み鳴らす振動も微かに伝わってくる。
気持ちを高める為、ハンドルを強く握りしめる。
「来ないなら来ないでいいのにな・・・。律儀にも、追いかけきやがって」
自分の視線の先にそれは現れた。
赤く染まる大地に突如として現れた黒いシルエット。
それはまるで地震でも起こしているかの様に、地面を盛大に踏み鳴らしながら真っ直ぐこちらへ向かってくる。
あれだけ距離を離したにも関わらず、真っ直ぐこちらを追いかけてくる、その異様なまでの追跡能力には恐れ入る。
どういう能力なのかはわからないが、ダニーさんが口にしていた、執念深さは伊達ではない様だ。
「ふぅ・・・」
俺は気持ちを切り替える為、大きく息を吐き出す。
この試練に打ち勝ち、あの場所に戻る・・・その為に。
「よしっ!!」
その言葉を合図に行動を起こす。
まず、サイドブレーキを前回に引き上げ、タイヤを完全にロックする。
次に、車内に積まれてあったモンキースパナでアクセルペダルを全開状態で固定した。
後はタイミングを図るだけだ。
ロックされたまま、全開になっているエンジンは、急かすかの如く、激しく悲鳴を上げる。
まだ、もう少しだ・・・。
そして、正面の黒応竜が、残り200メートル程に差し掛かった時。
「今だ!!」
一気にサイドブレーキを解放する。
押さえつけられていた力はいきなり解放され、前輪が浮き上がったのではないかと思う程の加速を見せる。
そして、そのままの勢いで、正面の黒応竜目掛けて、真っ直ぐ突き進む。
黒応竜は、予想外の動きに面食らった様子で、その場に足を止めている。
後、もう一押しだ!
俺は、これから自分が決行する事に、恐怖を抱くが、歯を食い縛り、無理矢理に自分を奮い立たせる。
そして、黒龍との距離が50メートルを切った時。
「くっ!!」
運転座席を両足で蹴り、車外へとその身を晒した。
そして、肩から水平に着地する様に、体を丸める。
次の瞬間、頭で火花が散った様な衝撃が体全体を襲い、彼の世界は盛大に回転する。
そして、乗り手失っても尚、突き進むバギーは黒応竜の目前まで迫る。
しかし、黒応竜もただ黙っているわけではなかった。
上体を起こし、自分へ向かって来る、その物体に対して怒り任せに右腕を降り下ろした。
ガシャーー!!
先程、ドミヤ達が居た、後部座席にその掌は盛大にめり込み、粉砕する。
しかし、半壊して尚、バギーの勢いは止まらず、そのまま黒応竜の腹部に突き刺さる。
ギャァァァァァァ!!!!
その衝撃と激痛に上がった悲鳴は、荒野全体に響き渡った。
見事、特攻に成功したバギーは、運転席までが完全に潰れ、蹲る黒応竜の脇で黒煙を上げながら激しく横転し、その動きを完全に止めていた。
「いって・・・。」
俺は、砂ぼこりだらけになった身体をゆっくりと起こした。
顔や身体中至るところに、切り傷が出来、右肩に至っては骨が折れたんじゃないかと思う程、鈍痛が残っている。
あれだけの、速度の車から飛び降りたんだ。
これくらいの怪我で済んでいる事は、むしろ幸いだろう。
やっぱり、映画みたいに都合良くはいかないもんだな・・・。
そして、その腕にしっかりと抱えていた布袋をバギー目掛けて思いっきり投げつける。
「くっ!」
振り抜いた右肩に、激痛が走り、思わず顔をしかめる。
投合された布袋は、もうスッカリ原型を留めていないバギーへぶつかり、高い金属音を上げながら、その車体の脇へと転がる。
そして、痛むから体に渇を入れつつ、古式銃をその布袋へ突き出す。
肩から溢れる痛みで、その銃口は小刻みに震えていた。
後、少しだ・・・がんばれ・・・。
幸いにも黒応竜はまだ、蹲ったまま、その巨体を震わせ、大きな動きは見せていない。
これとない絶好のチャンスだ。
奥歯を痛いほど噛み締め、眉をしかめながら、引き金を引いた。
シュッダンッ!!!
銃身から火薬の匂いを発しながら炸裂、その銃身からは鉛玉が射出される。
その鉛玉は、布袋へ突き刺さり、中に詰め込まれている爆震石に熱を伝え、その身を真っ赤に染め上げさせる。
ドオォォォン!!!!
爆震石は盛大に爆発を起こし、並ぶバギーの潤滑油へも引火、更に大きな連鎖爆発を引き起こした。
その激しい熱と爆発に黒応竜の身体は飲み込まれていく。
ギャァァァァァァァ!!!!
まるで爆音に木霊するかの様に、黒応竜の断末魔の叫びが響き渡る。
その激しい爆発の余波はレンガの元まで届いて来た。
全身が焼ける様な熱量に包まれ、巻き上がった砂利が身体にぶつかって来る。
先程まで、見渡しが良かった風景も、立ち上る黒煙の為、一変してしまう。
その立ち上る黒煙はまるで、黒応竜の身体が溶け出し、天に帰って逝く様に思えた。
・・・終わった。
右手に垂れ下がっていた古式銃をホルスターへ戻すと、強ばっていた全身の筋肉が一気に脱力する。
今も響く、右肩の鈍痛さえ、心地良く思えた。
「これで、帰れる・・・。帰れるぞ・・・」
歓喜の感情は、思わずその口からこぼれ出した。
俺は、この試練を見事に越える事が出来たのだ。
後は、無事に帰るだけだ。
帰るまでが、遠足か・・・。
昔よく聞いたフレーズが頭を過り、急におかしさが込み上げて来た。
「この肩・・・まさか、折れてたりしないよな・・・」
自分の右肩を見る。
少し腫れているその肩は、今だ、痛みが治まる事もなく、ジンジンと痺れている。
「さぁ、戻るか・・・」
無事な左肩に鞄ををしっかり掛け直す。
ここから、徒歩で戻る事を考え、少し気が重くなったが、身体の砂埃を払い、気を取りなおす。
そして、今だ、バギーと竜が燃え盛る、この場を立ち去ろうと、歩を進めようとした。
その時・・・。
グオォォ!!!!
短く上がる怒りの咆哮と共に、黒煙を突き抜けて漆黒の塊が自分へと迫ってきた。
その光景、全てがスローモーションに見えた。
黒煙を割って現れたその巨大な腕は、自分の身体目掛けて突き出されてくる。
自分の身体は何も反応してはくれない。
ただ、その腕が自分の元へ到達するのを見ている事しか出来なかった。
よく、こう言う時スローで見えるっていうのは、本当なんだな・・・。
そして、その腕は自分の胴体へと到達する。
息が止まる程の衝撃が身体全体を襲い、全身の骨は激しく軋む。
声を上げる事すら出来ない。
胸の辺りは、燃える様に熱かった・・・。
そのまま、遥か後方、空高く宙へと、舞い上げられる。
まるでゴム人形の様に飛ばされたその身は、崖を越え、その更に先へと飛ばされた。
全身を狂おしい程の無重力間に襲われながら、その身は降下を始める。
薄れ行く意識の中で、レンガが最後に見たものは、血の様に紅く染まる夕暮れの空だった・・・。




