第26話 立ち込める暗雲
強くハンドルを握りしめ、ひたすらに走り続ける。
地面はまったく舗装などさせているわけはなく、強烈な衝撃が何度も身体を打ち付けてくる。
横転するんじゃないかと、心配にはなるが、この状況でスピードを落とす事は出来ない。
アクセルは目一杯、踏みっぱなし。
こんなに心臓に悪い走行は生まれて初めてだ。
バックミラーに目を向けると、そこには、巨大な黒い竜が身体を揺らしながら猛然と迫って来ているのが見える。
「俺は、何やってるんだよ・・・。ジュラシックパークかっつの・・・。」
今、置かれている状況を改めて考え、思わず苦笑いが漏れ出してしまう。
ドミヤには、ああは言ったが、策など何もある筈がない。
勿論、ドミヤと二人で闘うという選択肢もあった・・・。
だが、あの時・・・。
ドミヤとユノが身を呈して闘っている時。
あの時に頭を過った・・・。
前の養殖場での闘いでドミヤが致命傷を負い、倒れた時の事。
あの時、心を締め付けた、ぶつけようのない怒りと悲しみ。
また、同じ思いをする事への恐怖。
もう・・・あんな思いはしたくない・・・。
そんな焦りの様な感情に支配されていた。
あの相手だ、恐らくドミヤと上手く連携出来ても、お互い、只では済まない。
もし、そうなったら、ドミヤはまた・・・。
そんな情景が何度も、頭を過り、逃げる様に二人から竜を引き離した。
それは、とても安直で、馬鹿な行動だとわかっている。
しかし、そうせざる得なかった。
それに、俺は・・・。
グオォォォォォ!!!!
煩い風の音を消し去る様に、黒応竜の咆哮が響き渡った。
バックミラーを見ると、もう目と鼻に迫っていた。
「くっ!!!」
咄嗟に、アクセルから足を離し、右へ思いっきりハンドルを切る。
まるで、ジェットコースターの様な重力が身体を襲いつつ、激しく砂ぼこりを上げながら、乱暴に方向を変える。
車体は軋み、左のタイヤが浮き上がっているのがわかる。
しかし、黒応竜は急な方向転換に対応出来なかった様で、前足をバタつかせながら転がった。
「しめた!!」
このチャンスに一気に距離を開けるべく、もう一度アクセルを限界まで踏み込む。
バギーは雷の様な唸りを上げながら、滑走する。
バックミラーを見ると、体勢を立て直そうともがいている黒応竜との距離がみるみると開いて行くのが見える。
だが、このままただ、宛もなく逃げ続けても仕方がない。
なにせ速度は向こうの方が有利、いずれ捕まる事は明白。
このバギーの燃料は電気式の様だが、それもいつ切れるかわからないときている。
何か手を打たなければならない・・・。
チラリと助手席の方へ片手を伸ばす。
助手席の足元、そこにはいつも持ち歩いている鞄。
それを取り、膝に乗せ、中から大きな布袋を取り出す。
それは、今回の遠征の為、いつもよりも多目に用意した爆震石だ。
これを、またこんな使い方するなんてな・・・。
しかし、その威力は折り紙付きだった。
前に火竜の顔の原型を無くす程、吹き飛ばした実績のある一品だ。
前より、かなり量は少ないが、今はこれに賭ける以外なさそうだ。
問題は着火する方法・・・。
あのドミヤですら、ついていく事が出来ないスピードを誇る相手の懐に入るなんて、とても無理だ。
袋を投げつけ、それを狙い撃つ事も考えたが、あの素早い竜がのんびりとその場に留まってくれるとは、到底思えない。
どの道、この状況・・・失敗は即死に直結する・・・。
何か確実に着火する方法・・・。
今だ、跳ねる様な衝撃に身をさらしながらも、様々な考察に頭を巡らせる。
「よし、取り合えず、今はこれだけあれば、十分な筈だよ。後は、海の水が必要だ」
ダニーは焼け焦げた火竜の死体から、血を抜き取り、それを瓶に入れていた。
あいは、その作業をただ眺めていた。
「・・・」
「ドミヤさん? 大丈夫ですか?」
「あっ! 大丈夫でさ。それで・・・次はどうするんでさ?」
完全に上の空になっていた。
今は、ユノの一刻を争う時だというのに・・・。
しっかりしろと、言い聞かせる様に、自分の頬を両手で叩く。
「それで、海の水が必要なんだ。だから、少し移動しないと。・・・幸いにも、君たちの乗ってきた馬は無事みたいで良かったよ」
そう言ってダニーは、自分達が乗ってきた馬を指差す。
洞窟からは少し離れた所に待たせて置いたのが幸いしてか、馬は一頭も欠ける事もなくその場にいた。
だが、他には誰もいなかった・・・。
洞窟に入る前は確かにいた王国兵も、その馬車さえも・・・。
あったのは、血痕と馬車の物と思われる木片が至る所に、散乱しているだけだった。
あいは、ユノを前に抱えながら馬に跨がり、ダニーは旦那が乗ってきた馬へと跨がる。
「・・・急ごう」
ダニーはそう呟き、馬を走らせる彼もまた、元気がない様に見えた。
彼の部隊は跡形もなかったのだから、無理もないのだろう。
もしかしたら、仲の良い友人もいたのかもしれない・・・。
もし、そうなら死体がないのが、せめての救いだったかもしれない。
馬を走らせながら、あいはもう一度だけ、旦那が走り去った方向を見つめた。
「ーーと言う手筈で行きましょう」
王国のとある一室で、ガラティアはグレースとシーデに、今夜、決行する作戦の概要を話していた。
シーデにしては珍しく、あまりちゃちゃも入れないで、大人しく話に耳を傾けている。
そんな折り、窓際に座っているグレースの様子が少しおかしい事に気が付いた。
「姉さん、どうしたんっすか? ちゃんと聞かないと怒られるっすよ?」
シーデはいつもの明るい口調でグレースの顔をのぞき込む。
グレースの顔色はお世辞にもいいとは言えず、その表情も何かを思い悩んでいる様子で、先程まで、楽しそうに街を歩いていたのが嘘の様だった。
「あっ・・・。ごめんなさい・・・。少し上の空になってました・・・」
「どこか具合が良くないの? もし、そうなら少し横になってもいいのよ」
ガラティアも彼女の異変に気が付いたらしく、心配そうに語りかけた。
「そうっすよ~。顔色、真っ青っす! なんか悩んでるっすか?・・・あっ! もしや、レンガさんの事っすか~?」
シーデもそんな彼女を心配する様に言葉を投げ掛けるが、何かを思い付いたのか、すぐにいつものからかう様な口調に戻る。
それは、特に何の意味も持たないいつもの軽口だったのだが、シーデの口から発せられたその単語に彼女は露骨に反応を示した。
「・・・うん。少し、嫌な風を感じて・・・」
「えっ? 風? どうゆう事っすか、それ?」
二人は、依然として暗い表情のままの彼女から、発せられたその言葉の意味を理解出来ない。
エルフ種は古来より、自然と共に生きていた。
その為、風や木々の異変をより敏感に感じとる事ができ、悪い知らせ等を、直感的に感じる能力が備わっていると言われていた。
彼女もまた、レンガ達の今の状況を直感的に感じ取っているのかもしれない。
「またまた、姉さんは心配症なんすから~。ダイジョブっすよ! 向こうには剛力ドミヤと史上最強のユノっちが付いてるんっすから! もし、戦闘になっても、一瞬で終わるっすよ~」
シーデは彼女の心配を払うかの様に、盛大におどけて見せたが、彼女の表情は一向に晴れない。
「・・・」
ガラティアはそんなグレースを見て、ゆっくりと口を開いた。
「彼らならきっと大丈夫よ・・・。それに、今は今夜の事に集中して、それで、大成功を納めて、後でいっぱい褒めて貰いなさい」
そして、少し間が置いてから、グレースはゆっくりと顔を上げる。
「そうですね・・・。私はレンガ様達を信じます。きっと、無事に帰ってくれると・・・。」
二人は彼女の言葉にうんうんと笑顔で頷きながら、再びブリーフィングは再開された。
「エギルさん、こちらに居たんですね」
剣を帯刀した青年が一室へ入室すると、机で何か書き物をしているエギルに声を掛けた。
ここは、解放軍の村の書斎である。
部屋のいつもの設置された本棚には、各地から集められた古書などが数多く並べられている。
その部屋の中央に位置する木製のデスクに、エギルは腰を下ろしていた。
「おお、すまなかった。そういえば、報告があると言っていたな。調べ物に熱中し過ぎてしまって、すっかり忘れていたよ」
「はぁ~。頼みますよエギルさん・・・来ない来ないと思って、エギルさんの部屋でずっと待ってたんですからね・・・」
大きく溜め息を漏らす青年に、エギルは笑いながら何度も謝罪を重ねた。
それを見て青年は、もういいですよ、と少し膨れた様子で返す。
しかし、青年に本気で呆れている様子はなく、いつものじゃれあいの様なもの、と言った感じだ。
その様子から二人の信頼関係が伺える。
そして、二人はお互いに息を整えると、真面目な面持ちに変わり、青年が手にしている紙を捲った。
「まず、王国内に潜入している密偵からの報告です。現在、我ら、解放軍に対する新たな動きはないとの事です。恐らく、まだ、先の追手が壊滅したという情報が届いていないものと考えます」
「そうか・・・。しかし、それに気が付くのも、もう時間の問題だろう・・・。そろそろ、次の動きを見せる頃合いの筈だ」
「はい、引き続き密偵には王国内の情報を探らせます。それと少し気になる情報も入って来ました」
すると、青年は書類から目を離し、その瞳をエギルに向ける。
「ポーカ王国から北の地点に、新たな遺跡が見つかったとの情報が入ってきています。王国はそこへ、派遣部隊を送っている模様です」
「北の地・・・火竜の巣食う土地へか!?」
エギルは青年の報告を聞いて、驚き声を大にする。
「詳しい地点までは不明ですが、それ程、遠い土地ではない様です。どうやら、鉱石の採掘をしていた部隊がたまたま、発見したらしいです」
「そうか・・・」
エギルは溢すと、背もたれに深くその体重を預けた。
「更に、現在、レンガさんと他二名がその部隊を追って、王国を出たという報告も入っています」
「ん? 何故、レンガ君がその部隊を追って行ったのだ?」
「どうやら、彼らが王国へ赴いた理由の一つである技師ダニーなる人物が、その遠征部隊の第一人者勤めている様で、彼との接触を求めて王国を発ったものと思われます」
「そうか・・・」
エギルは何かを考える様子で、顎の髭をクシャクシャと撫でる。
そして、青年はその様子を見つめながら、目を細め、再び口を開いた。
「・・・大丈夫なのでしょうか?」
エギルはその問いかけに、そうだな、と目を瞑る。
そして、しばらくしてから、何かを思い付いた様に、目を開く。
「だが、これはチャンスなのかもしれんな・・・」
「と、言いますと?」
「戻った彼らから、何かしらの情報が得られるやもしれん。・・・今まで謎に包まれていた北の地に眠ると言われている古代の文明・・・それらについて何かわかるかもしれないからな・・・」
エギルは珍しく鋭い眼光を見せていた。
いつもおおらかな表情をしていた彼の姿は、そこにはない。
「それと最後の報告です」
「辺境各地へ送っていた派遣部隊からの報告です。ドワーフ、獣人など多数の村で我が解放軍への参加を取り付けたとの事です」
「それは朗報だ。現状、一人でも多くの者に参加して貰いたい状況だからな」
「しかし、同時に少し問題も起きています。派遣部隊の部隊長からの報告なんですが・・・」
解放軍が編成した派遣部隊の編成は、ヒト種の1~2名をリーダーとし、残り数名をエルフ、ドワーフ、獣人などで編成されている。
訪れた村の亜人達に警戒をほどく為、大多数は亜人種での構成がなされていた。
「同行の亜人達は移動の時以外、別行動が多く見られ、皆、その事に対して不安、恐れを抱いている様なんです」
「まぁ、それは仕方のない事なのかもしれない・・・。亜人とヒトの確執はそう簡単に抜けるものではないだろうからな・・・。皆が、レンガ君達の様になるのは、やはり難しいか・・・」
この世界の亜人とヒトには因縁深いものがあった。
古来、亜人に当地されていたヒト種・・・そして、反旗を翻したヒト種は亜人種と戦争になり、その戦乱は長きに渡り、結果、数で勝るヒト種に軍配が上がる。
過去に、亜人とヒトが完全に共存できた歴史などはなかった。
「彼らには申し訳ないが、少し我慢してもらうしかない・・・。何か切っ掛けがあれば、あるいはレンガ君達の様に打ち解ける事もあるやもしれないしな」
「わかりました」
実際、この解放軍の村でもそれは変わりなかった、表面上は仲良くやってはいるが、亜人達がヒト種に抱く思いは様々であった。
ヒト種が亜人に抱く思いもまた、然りだ。
しかし、お互いにそれはどうしようもないものだともわかっている。
それが現在の亜人とヒトの関係性であった。
「では、報告は以上です。エギルさんはまだ此方へ滞在されますか?」
青年はファイルを下ろすと、まだその場から腰を上げないエギルに対して口を開く。
「ああ、私はまだ少し調べたい事があるからな。わざわざ、ここまで来てくれて助かったよ」
「では、私は、お先に失礼させてもらいます」
そう言うと、青年は軽く頭を下げ、きびす返し、歩を進める。
と、青年は何かを思い出した様にその歩を止める。
「・・・エギルさん・・・彼らがダニー氏と接触し、古代文明の情報を何か得られると踏んでいたのではないですか? それで、こんな戦況の中、王国を出向かせる事を許可をしたのでは・・・」
背中越しに問いかける青年の言葉に返答はなかった。
やがて、沈黙が支配する中、扉が閉まる音だけが響き渡った。




