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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第2章 二つの世界を繋ぐモノ
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第25話 絶望へと続く道

あいは続く竜の猛攻を皮一枚で避け続ける。

その攻撃速度は常軌を逸しており、繰り出される攻撃を捌く事で精一杯だ。


「くぅ!!」


突き出された爪が頬を掠め、また新しい傷を形成していく。

ユノが後方から樹の術で上手く牽制してくれているお陰で、致命傷こそ避けられているが、このままではそれも時間の問題だ。

更に、先程からユノの調子も明らかにおかしい。


先程の火竜の時の様に、強大な術を使っている訳ではない筈なのに、荒い息を何度も吐き続けている。

その顔色も、異常な程白い様にも見える。


今、ユノに倒れられてしまったら・・・。

一瞬、最悪な未来を予期する。


「ユノ! 大丈夫でさ!?」


「ふぅ・・・くぅ・・・。うん、だ、大丈夫。気にしないで・・・。」


その返答には、信憑性の欠片も感じられなかった。

蒼白の顔色、その額にはいくつもの脂汗が多数浮かんでいる。

まずい・・・このままじゃ・・・。


また繰り出させた爪が、身体を掠める。

目の前の黒い竜の猛攻は、更に激しさを増していく。


「だあぁぁぁーー!!!」


半ばヤケになりながら、竜目掛けて手斧を投げつける。

そんな突発的な行動が功を奏したのか、斧は竜の頭部を捉え、その衝撃に少し怯む様子を見せた。


グウゥゥゥゥ!


竜は低く唸りを上げながら、一歩後退する。


ダメだ・・・。

怯んだものの、ダメージ等は微塵もない。

殆ど、渾身の力で繰り出した攻撃でさえも、その厚い鱗に阻まれ、傷い一つ、つける事さえ叶わない。

完全に活路を断たれ、絶望が波紋が全身へ広がっていった。


もう・・・だめでさ・・・。


そんな考えに頭を支配されかけた、その時。



キュキューーー!!


突然、何かが自分と竜の間に割って入って来た。


「ドミヤ!! お前も早く乗れ!!」


「旦那!?」


その骨組み剥き出しの馬車の様な異質の物体の中から、旦那が、自分に大きく叫ぶ。

横にはダニー、後ろにはユノが、何故か、二人とも怯えた表情で骨組みに抱きついて座っている。


こ、これは、乗り物なんでさ?!


「早くしろ!!!」


突然の理解不能な出来事に固まっていると、旦那は強い口調で言い放った。

あいは言われるがまま、ユノの横に飛び乗り、ひんやりと冷たい床に転がる。


旦那はあいが乗った事を確認すると、左手で何かをガチャガチャ操作する。

すると、大きな音と共に、その馬車擬きは走り出した。


ギャギャッ!!


その急な加速感に驚き、反射的に横にある骨組みに必死にしがみついた。


「ちょ!! う、うわわわ!!!」


思わず、情けない声が漏れ出してしまう。

何故、二人が怯えていたのかわかった気がした・・・。

馬の全力疾走等、比べ物ならないその加速感のは、恐怖以外の何者でもなかった。


「旦那!! な、何でさ! これは!? 怖い!!怖いでさ!!!!」


叫びを上げながら、必死にしがみついている骨組みは、うるさいくらいギシギシと音を立てている。

その暴力的な加速は、息を詰まらせ、気持ちの悪い浮遊感が全身を包んでいく。


「我慢しろ!! これで、あいつから逃げきるぞ!!」


旦那の声に、はっと冷静さを取り戻す。

そうでさ! 黒い竜!!

しっかりと、骨組み組ついたまま、その姿を求めて、後方へ目を向ける。


グオォォォォォ!!!!


黒い竜は、怒る様に咆哮を上げながら、凄まじい速度で後を追ってきており、その距離を徐々に狭めて来ている。


「旦那!! マズいでさ!! このままじゃ追い付かれちゃうでさ!!!」


激しい振動と衝撃で、身体を馬車の荷物の様に跳ねさせながらも、旦那に叫ぶ。

その間も、黒い竜はどんどんと、その距離を詰めてきているのが見える。


「くそっ!! ユノ!! 頼めるか!?」


旦那は、一瞬、ユノを横目でチラリと見た。

ユノの顔色は依然として悪いままだったが。


「う、うん・・・。任せて・・・」


彼女は掠れた声で答えると、左脇に骨組みを抱えたまま、右手を迫る黒い竜へと向ける。

歯を食い縛りながら、呻きを漏らすと、その身体が発光を始める。


「くっ・・・・」


ゴオォォォォォォ!!!!


その掌から、紅蓮の炎が放射され、追尾してくる竜の全身を包む。


ギャァァァァァァァァァ!!!!


盛大に炎を浴びた黒き竜は、耳が痛くなる程の叫びを上げながら、身を守る様な姿勢で歩を止める。


「やったでさ!!」


歩を止めてしまった黒き竜との距離がみるみると、開いていく。

思わず、歓喜の声を上げ、今回の立役者であるユノを誉めようと振り向く。


「ユノ!?」


ユノは固く瞳を閉じて、その場に倒れ込んでいた。

意識は辛うじてある様で、小さな呻き声を漏らし続けている。

衝撃で、外へ投げ出さそうになっている、ユノの身体に手を伸ばし、左手でしっかりと支える。


「だ、旦那!!! ユノが倒れたでさ!!!」


その言葉に、旦那は驚き、一瞬こちらへ振り返り、前を見たまま、何度もユノに呼び掛ける。

しかし、ユノは小さく呻くだけで、その声に答えてはくれない。

苦しそうに息を吐くその顔は、雪の様に白く、何かに怯える様にその小さな身体を、両手でキツく抱き締めている。

その時、旦那の横にいるダニーが口を開いた。


「その様子は、少しマズイかもしれません・・・」


「マズイ!? 何かわかるんですか!?」


旦那がダニーの意味深な言葉に直ぐ様、反応する。


「はい・・・。今の彼女の様子、もしかしたら、変異が始まっているのかもしれません・・・」


変異・・・。

余り聞きなれない言葉だったが、しかし、その言葉が何を意味するのかは、おおよそ想像がついてしまう。

それは、旦那ももちろん、同じようだった。


「嘘だろ!? だって、ユノにはまだ時間はかなり残されている筈!」


「・・・これは、憶測なんですが、彼女が強い力を行使し過ぎた反動で、鎮静効果が薄れ、侵食を早めてしまったのかもしれません・・・」


確かに、ここへ来てから、彼女はその力をフルに使い続けている。

その影響で、聖水の効果が切れるのを早めてしまった、という事なのだろうか。

ユノは、まるで、それを肯定するかの様に、身体を丸め、更に苦しそうに呻きを漏らす。


「・・・もう、手遅れ・・・なんでさか?・・・」


ユノをしっかりと支えながら、絞る様に声を出す。


「いえ、まだ、明らかな変異は始まっていません。恐らく、すぐに飲ませる事が出来れば、間に合う筈です」


暫しの安堵の息を漏らす。


よかった・・・。

なら、直ぐに、外にある火竜の元へ。


しかし、その時。


グオォォォォォォ!!


再び、空洞内を竜の咆哮が満たしていく。

まだ、かなり距離はありそうだったが、その叫びの雰囲気から、追ってくる事は間違い無さそうだ。

外へ出れてたとしても、のんびり調合なんてとても出来ない・・・。


もう、ホントに少しは空気読んでほしいでさ・・・。


どうすればいいのか。

そんな思考が頭を巡るが、何も出てくる事はなく、助けを求める様に旦那の横顔を見てしまう。

すると、そんなあいを察してくれたのか、旦那の口が開かれた。


「一つ、いい案がある・・・。でも、時間がない。だから、反論はなしで聞いてくれ・・・」


それに、簡単に応答すると、旦那は話を再開する。

こんな時、旦那が提示してくれる作戦は、いつも完璧なモノに決まっている。

反論なんてする訳もない。


「まず、外へ出たら、ドミヤ、ユノ、ダニーさんは、降りてくれ。そして、身を隠し、黒き竜が過ぎ去ったら、直ぐ様、ユノの治療を始めて欲しい・・・」


その案にしっかりと、頷く。

しかし、それでは・・・。


「でも、あの竜が大人しく去ってくれる保証はないでさ・・・。それに、旦那はどうするんでさ?」


それは、もう聞かずとも、わかっていた気がする・・・。

でも、気がずにはいられなかった。


「俺が、あの黒応竜を、この場から引き離す・・・」


やっぱり・・・。

何となくそんな気がしていた。


「何を言ってるでさ!! 一人であれから逃げ切れるとでも、思っているんでさか!?」


「そうだよ、フジワラ君。 あの黒応竜はさっきも言ったけど、追って来たら決して諦めないといわれる程、執念深い生物なんだよ?!」


「えっ?」


ダニーさんが発した言葉に思わず、息が漏れる。


「ダニーさん!!」


旦那はそのダニーさんの言葉を咎める様に、声を大にした。

ダニーさんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、口を紡ぐ。


「絶対ダメでさ!! そんな無謀な事は、あいが絶対許さないでさ!!」


そんな見投げの様な真似を旦那にさせるなんて、絶対にいやでさ・・・。


「今は、これしか、無いんだよ!! 仮にこのまま、四人で逃げ続ければ、ユノが変異してしまう・・・。更に、その変異したユノに襲われるかもしれないんだぞ!! そうなったら、どうなるか・・・わかるだろ?!」


「くっ!」


旦那が言っている事は理解出来た・・・。

確かに、そうなってしまう未来は容易に考えられる。

もし、そうなれば、全滅、もしくは、変異したユノと・・・。


「じゃあ、せめて、あいも旦那と一緒に!!」


「ダメだ!!」


「な、何ででさ!?」


感情は高ぶり、泣き叫ぶ様に声を上げてしまう。

今、感情的になっても、仕方ない事はわかっていたが、どうしても押さえる事が出来なかった。


「ドミヤ達はユノを治療したら、一旦、王国へ引き返す。そして、ダニーさんはどうするかわかりませんが、少なくともドミヤとユノは一旦、解放軍の村へ戻るんだ」


「な、何言ってるんでさ!? 旦那はどうするんでさ!?」


もう受け入れるしかない現実に、思わず、涙声になりながらも、更に声を張り上げる。


「俺は・・・自力で戻る算段があるから、大丈夫だ・・・。」


嘘だ・・・。

そんなモノはない。

それは、先程から一切、此方を全く見てくれない旦那の様子が、もの語っている。


「嘘でさ!! あいつのあの速さを見るでさ! 今だって徐々に追い付かれているんでさよ!!」


「・・・」


旦那は何も言わずにじっと前を見据えている。

こんな問答をしていてもどうにもならない事は重々、わかっている。

しかし、そんな考えとは裏腹に、私の口は止まらない。


「旦那があれと一人で戦えるとでもいうんでさか!? 思い上がるんじゃないでさ!! いつもみたいに力を合わせればきっとなんとかなるでさ! きっと・・・。」


それはまるで、自分に言い聞かせる様だった。

そう信じたかったでさ・・・。


しかし、自分の底に残る冷静な自分が言う。

さっきの戦闘でそれが無理だという事はわかっているだろう、と。


「・・・頼む、ドミヤ。俺の考えを、俺を信じてくれ・・・」


低く唸る様に出された言葉に、口を紡いでしまう。

強く噛み締める奥歯が痛い。


「・・・そんな言い方ズルいでさ・・・。」


もう決めてしまっている・・・。

旦那の横顔には、そんな強い決意が現れていた。


なんで、こんな事になるでさ・・・。


先程、生まれた希望は、泥細工の様にボロボロと崩れ去っていく。


後、少し、本当に後もう少しで全てが上手くいくのに・・・。


ぶつけ様のない怒りが沸き上がり、骨組みを固く握りしめる。

何も、出来ない自分に怒りさえ覚える。

そして、今だ前を向いたままの旦那に、無理矢理絞り出す様に声を上げる。


「・・・旦那、ちゃんと戻ってくるでさよ・・・。死んだりしたら、一生許さないでさよ・・・」


深く釘を指すように、旦那をキツく睨みつける。

その声に反応して、旦那がチラリとこちらへ目をやる。


「おう、任せとけ!ちょっと、あのトカゲとドライブしてくるだけだから、心配するなって!」


旦那は、笑いながら、いつものふざけ合っている時の表情を浮かべ、なんだかよくわからない事を口にする。


まったく、こんな時にそんな悠長な表情を見せて・・・。

不謹慎、極まりないでさ・・・。


そして、徐々に外の明るさが見え、地獄の逃走劇も終わりを告げている。

後方からは、黒き竜が地面を激しく踏む音が鳴り響く。

もうすぐ近くまで来ているみたいだ。


やがて、洞窟から抜け出すと、目が痛くなる様な光が差し込む。

そして、キキッ、と凄まじい反動と音を立てながら、この乗り物は動きを止める。


「今だ!! 全員降りて身を隠せ!!」


ユノを脇に抱えながら、必死に骨組みにしがみついていると、旦那の大声が聞こえた。


「旦那!!」


「わかってる!! また後でな! ドミヤ!!」


旦那はこちらへ振り返り、親指を立てながら笑って見せた。

それを見てから、ユノを抱き抱えながら、直ぐ様、外へ飛び降り、ダニーも同じく転がる様に飛び降りる。


グオォォォォォォ!!!!


洞窟の背後から激しい咆哮が上がる。

その声から、竜はもうかなりの近くまで来ている。


あい達はユノを抱えたまま、洞窟の脇へと走り出す。



物陰に身を隠し、旦那の方を見ると、洞窟内へ向けて右手を伸ばしている。

そして、激しい炸裂音が辺りに鳴り響く。


シュッダンッ!!!!


その音と同時に、竜の怒った様な咆哮が上がった。

そして、旦那はこちらを一瞬見ると、すぐに前へ向き直り、旦那を乗せた乗り物は砂ぼこりを巻き上げながら、再び走り去って行く。


続けて、洞窟から飛び出した黒き竜は、こちらには気がつきもせず、一心不乱で旦那の後を追いかけて行った。


「旦那・・・。」


あいは、その光景を祈る気持ちで眺める事しか出来なかった。


きっと、旦那ならだいじょうぶでさ。

何とかするに決まってるでさ・・・。


そう、強く念じた。



しかし、旦那を乗せる未知の乗り物は、彼を、旦那を、あいの手の届かない、どこか遠くへ連れていってしまう様な気がしてならなかった・・・。





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