第21話 王国技師ダニー
松明を手に、ダニーと並びながら、暗闇の中をひたすらに進んでいく。
洞窟内の壁は所々、崩れてはいるのものの、大きく損壊している箇所はない。
見た目より、丈夫なのかもしれない。
取り合えず、生き埋めになる様な事態はなさそうで安心する。
道幅も広く、綺麗に一本の傾斜が続いていて、まるで誰かがしっかりと作った通路の様だ。
ただ、黙りと歩くのにも少し飽きてきた為、探り探りダニーに話を切り出して見る事にする。
「ダニーさんは何故、技師になったんですか?」
「ああ、僕かい? そうだな・・・」
ダニーはすぐにその問いに応じる姿勢を見せてくれる。
彼もまた、無言で歩く事に飽きていたのかしれない。
「僕の叔父も王国で技師をしていてね。そこで、僕が幼い頃に、発掘された古代の残骸を色々見せて貰った事があるんだ」
彼の口ぶりからして、昔から色々と見つかる事があるみたいだった。
どうやら、こちらの世界の技師は考古学も兼ねているらしい。
「その未知の道具達を見て思ったんだ・・・。こういったモノ達がしっかり解析されれば、この世界が更に便利な世界になるんじゃないか、ってね」
「なるほどですね・・・。それで、自分もなろうって思ったんですね」
幼少の頃に、強く興味を持ったモノを追いかけるっていうのは、よくある話だ。
逆に幼い頃のトラウマなんかも、歳を重ねても色濃く残る。
子供の時の、記憶ってのは不思議なものだ。
「でも、実際はなってみると、色々違ったよ・・・」
すると、彼の声のトーンが下がり始める。
「殆ど、毎日、人体や生物の実験ばかり・・・。僕が追い求めていた事なんて、何も出来ずに、惨たらしい研究ばかりの日々さ・・・」
恐らく、聖術体の研究に深く関わっているだろう、様子が見てとれた。
だが、それを望んでやっている訳ではないようだ・・・。
「正直、何度も技師を辞めようと思ったよ。でも、それを許してはくれなかった・・・。最近では技師になった事すら、後悔し始めているかな・・・」
「・・・」
これは、話を切り出す絶好のチャンスなのかもしれない。
そんな事を考えていると。
「ああ、なんか、愚痴になってしまってごめんね・・・。フジワラさんはなんで王国の騎士になったんだい?」
絶妙な質問が飛び出した。
今しかない・・・。
念の為に、後ろを歩くドミヤとユノに一瞬、振り返り、視線で合図を送る。
「・・・ダニーさん・・・。実は、私は王国の人間ではないんです・・・」
はっきりと彼にそう告げた。
ダニーは驚いた様子で、その場にピタリと足を止める。
「えっ? 言っている意味がよくわからないんだけど・・・」
明らかに動揺している。
まぁ、こんな洞窟に、正体を偽っていた集団に囲まれているのだから、無理もない。
「ああ、すみません。先に言っておきます。自分達は貴方に危害を加えるつもりはないですから。少し。お話をしたくて、ここまで来ただけです」
「そうしてくれると、ありがたいよ。見た通り僕は貧弱なんでね・・・。荒っぽい事は勘弁して欲しいかな」
彼の不安を拭うための、言葉を掛ける。
しかし、まだかなり警戒している様子だった。
すると、彼は何かに気が付いた素振りを見せると、再び口を開く。
「あれ? でも、君の仲間の一人は聖術体の様だけど・・・。王国以外には絶対に聖術体は存在しない筈だよ?」
そう言って、彼はユノの姿をチラリと確認する。
「彼女は、王国から自分達の元へ来たんです。最近、外の派遣された、聖術体がいたのを、ダニーさんならご存じじゃないですか?」
その質問に彼はあっ、と、声を上げる。
「確かにいたね・・・。まだ、戻ってないって話を僕が王国に発つ前に話したのを、覚えてるよ」
「それなら、話が早いです・・・。彼女の身体を維持するのに、協力して欲しいんです」
ダニーはその言葉を聞くと、考える様に口元に手をやる。
「協力か・・・。具体的に何をしてほしいのかな?」
「今、自分達の手元には、聖水がないんです・・・。そこで、何か彼女の身体を維持する方法はないかと・・・。見たところ、ダニーさんは聖術体についてかなり詳しい方みたいなので・・・」
「それは聖水なしで、って事だね・・・。残念だけど、今の所、その方法は確立されていないんだ・・・。寧ろ、王国側からすると、それをダシに言う事を聞かせているフシがあるから、その研究すらされていない、っていうのが現状だけどね・・・」
だめか・・・。
王国の技師ならどうにか出来ると、考えていたが、少し考えが甘かった。
深い落胆に、思わずがっくりと頭を垂らしてしまう。
「あーでもーー」
再び、ダニーが小さく声を漏らした。
何かあるのかと、期待せずにはいられなかった。
「僕なら、聖水を製造する事は出来るよ」
ああ、そういう事か・・・。
でも。
「・・・それだと、他の亜人を、って事に、なるんですよね・・・。」
本来、そんな綺麗事を言っている時では、ないのは重々承知している。
しかし、それをやってしまうのは、どうにも気が進まない・・・。
他の方法があれば、そちらを取りたい・・・。
「あーまぁ、そういう方法もあるんだけど、君達がさっき倒した火竜とか大型の動物とかからも、抽出する事が出来るよ・・・」
「えっ! 本当ですか!?」
予想外の提案に思わず大声を上げてしまった。
それなら、さっきの火竜から取ることが出来るって事なのか!
「うん・・・。火竜ならかなり濃密なモノが採取出来るから、血があればそれで大丈夫だと思うよ。それに、たまたま、ここは海辺だから、その場で調合する事も出来るから」
そういえば、海水を調合すると、ハリーが言っていた気がする。
急に運が向いてきた気がする。
「じゃあ、ここを出たら、すぐに火竜の血を取って作るよ」
「ありがとうございます! 良かったなユノ! これでもう大丈夫だぞ!」
直ぐ様、ユノに振り向き、歓喜の声を上げるが。
状況がよく飲み込めていないのか、ポカンとした表情を浮かべている。
「何、ボケっとしてるでさ。あんたの身体を維持する方法が見つかったでさよ!」
言い方は乱暴だが、ドミヤも嬉しそうに笑いながら、ユノの背中をバンバン叩く。
「えっ・・・」
すると、ユノは小さく声を漏らす。
そして、頬を小さな滴が一粒、伝い落ちていった。
「ちょっ! 何、泣いてるでさ!? あいは、そんなに強く叩いてないでさよ! 旦那! あいが泣かした訳じゃないでさからね!」
ドミヤは自分が叩いて泣かしたと、勘違いして大慌てしている。
勿論、そんな事はわかったいる。
「・・・ううん。・・・ドミヤ、違う、から・・・」
ユノはその目を両手で押さえて、嗚咽混じりに囁いた。
ドミヤもそれで、意図を掴めたらしく小さく溜め息を漏らした。
俺は、まだ泣き続けるユノに、短く一言だけ言った。
「良かったな。ユノ」
「・・・うん」
「じゃあ、そうと決まったら、さっさと調査を終わらせて、こんな薄気味悪い所から出るでさよ!」
ドミヤが手を大きく鳴らして、出発を促してくる。
それを合図に、4人は再び歩を進め始める。
ずっと見えなかった活路が開けた事で、自然と足取りも軽くなった気がした。
「君は随分と亜人達と打ち解けているんだね・・・。驚いたよ」
ダニーは歩きながら、横目に声を掛けてくる。
最近、その事をよく言われる気がする。
変な性癖の持ち主だと勘違いされなければ、いいのだが・・・。
「ヒトは、亜人から極度に嫌われている事が多いから、君らの様な関係性は始めてみるケースだよ」
「そうなのかもしれないですね・・・。でも、僕らと何も変わらないですよ。彼女達は」
そう。何も変わらないのだ・・・。
術が使えようが、力が強かろうが、変わらない人間なのだ。
俺は、そう思っている・・・。
「正直・・・君達が、少し羨ましいかな・・・」
そう言って、彼は、自嘲の笑みを浮かべる。
そんな彼の表情を見て、思わず言ってしまった。
「ダニーさんも、俺らと一緒に来ますか?」
ダニーは、短くえっ、と漏らして、驚きの表情を浮かべる。
「すごく嬉しい提案だけど、僕は・・・亜人の人達とは一番、一緒に居てはいけない人間だと思うから・・・」
「そんな事ないですよ。現に今、ユノの事を救ってくれたんですし」
まぁ。色々と複雑な事情があるのだと思うが。
彼は、決して悪い人間ではないと、今では確信出来る。
普通ならば、王国の人間でもない自分達に、無償で手を貸したりはしてくれない筈だから。
「私は、ダニーにすごく、感謝してる・・・」
「あいも別に気にしないでさよ。もし、一緒に来たら、色々と技師の話で盛り上がれそうでさし」
ダニーは口を開けたまま、ユノとドミヤを交互に見てから、眼鏡を直して正面に向き直った。
「・・・ありがとう。少し前向きに検討させてもらうよ・・・」
そして、暫く、無言で歩いていると。
道が二股の別れている箇所に辿り着いた。
「確か、ここを右に行けとの報告を受けているよ。もうすぐ着く筈だ」
更に暫く、進むとそこは、行き止まりになっていた。
「あれ? ダニーさん行き止まりですよ」
思わず、立ち止まり、横のダニーに声を掛けるが、彼はそのまま、行き止まりの壁に近寄って行く。
「いや、ここで大丈夫だよ」
そう言って、彼が壁の近くをウロウロと見回しながら、壁を手で撫でる様に、払っていく。
土誇りを立てながら、土や砂利等が、次々と地面に落ちていく。
「!!!!」
俺は、その壁にあったあるものが、一瞬、目に飛び込んできて、その場に固まった。
「うわ!スゴい埃でさ。旦那、そんなとこに突っ立ってると、埃だらけになるでさよ」
後ろのドミヤがコートの端をグイグイと引っ張る。
でも、今はそんな事を考える余裕もなかった・・・。
「西東京・・・シェルター・・・」
そこには、そう書かれていた・・・。
自分が、20年以上も慣れ親しんだ文字で・・・。
「はぁ? 何の呪文でさ? それは・・・」
ドミヤの呆れた様な、溜め息が後ろから聞こえた。
ダニーは今だ、壁を忙しそうに調べて、何かメモを取っている。
俺もその壁へ歩を進める。
「あっ! 旦那、邪魔したらダメでさよ!」
ドミヤがまるで、子供をあやす様な口ぶりで言った。
でも、今は何も言う事が出来なかった。
「ああ、フジワラさん。いやー、色々見てるんだけど、これが何なのかさっぱりだよ・・・。見た事もない材質なのはわかるんだけどね」
そう言って、頭をポリポリと掻いて、恥ずかしそうに笑った。
でも自分には、これが何なのか、既にわかっていた。
「ダニーさん・・・。自分にはわかります。そこの文字も・・・これが何なのかも・・・」
「えっ! 君、この文字が読めるのかい!?」
ただその問いに頷いて、壁の端に備え付けられている手動バルブ付きのドアに歩を進め、そのバルブを両手で握る。
「旦那! 何やってるでさ!? 壊したりしたら、大変でさよ!」
「大丈夫だ! ちょっと見ててくれ・・・」
そう言って、思いっきり力を込める。
相当、劣化している様で、簡単には回らない。
更に、力を込めると、ガコッ、と音を上げ、徐々にバルブが回っていく。
3人は自分を見て、驚き固まっている。
やがて、バルブを回し切ると、扉を開けようと力を込めて引っ張る。
すると、ゆっくりと、扉が開かれた。
「君は・・・何故、これが扉で、更に開き方まで知っているんだい・・・?」
呆然としている皆に、ゆっくりと告げた。
「これは・・・俺の居た世界の物と・・・同じ物なんだ・・・」




