第20話 進化の代償
「大丈夫か!? ユノ!?」
火竜の亡骸の傍らで、急に地面に腰を降ろしたユノに、焦りながら駆け寄る。
ユノを下ろして、一時離脱していたドミヤも、同じく駆け寄って来るのが見えた。
「大丈夫・・・。大きな力を使いすぎて、少し疲れただけだから・・・」
肩で息をしながらも、いつも通りの様子で首を左右にブンブンと振って答えてくれた。
「それにしても・・・あんたスゴいんでさね・・・。本当にあっという間に倒しちゃったでさ・・・。ちょっと見直したでさよ」
ドミヤはそう言って、ユノの肩を優しく叩いた。
ユノはそんなドミヤの行動に、少し驚いていたが、直ぐに、ありがとう、と短く答えた。
そんな何気ない光景が、なぜか嬉しく思えた。
しかし、ドミヤの言う通りに、ユノの全力の術の威力は想像を越えていた。
自分とシーデと闘っていた時は、数を放つ為に、相当に弱い術を放っていたのだと、容易に想像がついた。
取り合えず、ユノの介抱はドミヤに任せて、残っている衛兵の方へ向き直る。
無傷なヒトが1人、その人物を庇う様に立っている傷付いた兵長風の男が1人、後は地面にうずくまって呻き声を上げている兵が2人、それだけしか残っていなかった・・・。
少し、遅かったか・・・。
そんな事を考えていると、兵長風の男が此方へ声を発した。
「救援、誠に助かった。私は、兵長のアルゴン。貴公は?」
アルゴンと名乗った男は兵長で合っていた様だ。
口調や振る舞いからして、そこそこの階級の人物だと感じられる。
変なボロが出ない様に、注意しつつ、応じる。
「此方は、王国の極秘の命で、ダニーという技師に取り次ぎの用で派遣された部隊です。・・・名をフジワラと申します」
少し迷って、余り名乗っていない名字を名乗る事にする。
勿論、話した内容は全て嘘である。
「ほう・・・極秘の命か・・・。それは、兵長である私にも話せない類いのものなのか?」
アルゴンはそう言うと、疑惑に満ちた視線を此方へ向けてきた。
まぁ、当然怪しまれるだろう・・・。
「ダニーは私だ。ざっくりと、どんな内容の命なのかな?」
そう言って、アルゴンの後ろに控えていた、細身の眼鏡をかけた男が顔を出した。
歳は自分と同じくらいだろうか、ボサボサの茶色い髪で衛兵達とは、明らかに違う軽装の身なりだ。
「・・・聖術体の事と言えば、わかるでしょうか?」
ダニーの質問に、ユノの名称である単語だけを、短く告げる。
今まで、王国の者達から得た情報から、聖術体についてはそこそこの機密事項の様なので、これで上手くいく筈と踏んでいた。
「!! なるほど・・・。そういう事か・・・。これで、先程の少女の力の謎も解けたよ。アルゴン、彼らは信用しても大丈夫な様ですよ」
どうやら、上手くいったみたいだ・・・。
ダニーがアルゴンの肩に軽く手を置くと、アルゴンは警戒の姿勢を解いた。
「今一、話の内容が見えませんが・・・ダニー様がそう言うのであれば、畏まりました」
そして、ダニーは納得したアルゴンに頷き掛けると、再び此方へ視線を戻す。
「直ぐにでも、そちらの用を伺いたい所だけど・・・先ずは、負傷者の回収などをしてもいいかな?」
「はい。大丈夫です。・・・我々も手伝います」
そう二人に告げると、ドミヤ達も呼んで、遺体の遺留品の回収、生存者を馬車へ運搬などを手伝う。
結局、生存者はダニーとアルゴン以外、たったの3名しかいなかった・・・。
そして、今までアルゴンも毅然としていたが、かなりの深手を負っていた様で、粗方作業が終わると、崩れるように馬車にもたれ掛かった。
「ありがとう。助かったよ」
ダニーはアルゴンに治療を施しながら、そう告げた。
「いえ・・・大丈夫です」
そして、ダニーは少し考える仕草を浮かべた後で、再び此方へ尋ねてくる。
「もし、良かったら・・・遺跡の調査を手伝っては貰えないだろうか? 君たちが来てくれるととても心強そうだ」
何となく、そうなる気がしていた・・・。
この壊滅状態では、とても探索にでる事なんて出来ないのだろう。
どうしたものかと、少し考える。
本来の目的から外れてしまうが。
探索に参加する事で、古代の文明について何かわかるかもしれない・・・。
それに、このダニーという人物をもう少し観察してみたいと思っている部分もある。
ここは、敢えて乗ってみるか・・・。
「わかりました・・・。此方もお供します」
「そうか。助かるよ」
今のところ、悪い人物には見えないが、兵長が様付けで呼んでいる様子から、かなり高い階級の人間と見てよいだろう。
まだ少し、警戒した方がよさそうだ。
すると、ドミヤとユノが崖の方に立って、何かを眺めているのが見えた。
「どうしたんだ? 何か面白いものでもあるのか?」
「あ、旦那、スゴいでさ・・・・。海でさ・・・あい、初めて見たでさ・・・」
そう言われて、二人の視線の先を見ると、広大な海が見えた。
火竜に集中しすぎて、まったく気が付かなかった。
大きな崖の先には何処までも続く、青い海原が広がっていた。
「すごい綺麗・・・」
ユノもその何処までも続く青色の世界に、すっかり心を奪われている様子だ。
そういえば、俺も海を見るのは久しぶりだったな・・・。
元いた世界を思いだし、少し懐かしい気持ちになっていく。
この世界に来てから、まだ3ヵ月程しか立っていない。
しかし、気持ち的には、前の世界での生活はもう、随分、前の事の様に感じられる。
今の、生活にもすっかり慣れてしまった。
人間の環境適応能力も捨てたものじゃないと感じる。
今、自分がこんなサバイバル染みた事している間も、前の世界の知人達は平和な毎日を送っているのだろうか。
朝起き、仕事へ行き、上手いものを食べ、眠りに着く。
単調な日常かもしれないが、そこには確かな平穏があった。
扮装や災害が起きている国もあったが、それも遠くの世界での話、自分の周りは平和そのものだった。
命が危険に晒される事など、そうそうあるものではなかった。
今では、そんな生活もすっかり懐かしい事の様に思える。
だが、だからと言って、今のこの世界が嫌だというわけではない。
この世界にはこの世界の良さがあった。
確かに危険も多く、色々と不自由な世界かもしれない・・・。
しかし、そんな中から生まれる喜びや、楽しさがあった。
それがこの世界で学べた事の、一つでもあった。
確かに、前の世界は科学の発展で快適な世界だった。
しかし、その快適さと引きかけに、小さな喜びや、楽しさを失ってしまった世界だった様に、今は感じる。
実際、人が生きていくのに、そんなに多くのモノは必要ではないのだ。
よく、科学の進歩は、楽をする為に進歩していくと言う。
自分達の種族をより安全に反映させる為に、試行錯誤を繰り返し、快適な空間を作り上げていく。
それは極々、自然な事なのだろう・・・。
動物もまた、進化という名の試行錯誤を重ね、環境に適応していく。
それと同じ様なものだ。
でも、そこで一つ思う事があった。
人間はいきすぎてしまったのではないかと・・・。
限りある資源を貪り続け、結果、自分達の住むこの星にまで影響を与え初めていた。
しかし、それでも止まる事は出来なかった・・・。
今ある、快適な世界を手放す事が、出来なかったからだ。
そんな悪循環がひたすらに続けられて行く・・・自らで作ったブレーキのない暴走列車に乗り続ける如く・・・。
「・・・海は初めてなのかな?」
物思いにふけっていると、横からダニーが顔を出した。
治療を終えたらしく、布で手を拭っている。
彼には、海を前に固まっている自分の様子が、感激でその場に立ち尽くしている風に写ったのかもしれない。
「いえ・・・。久しぶりに見るもので、少し懐かしい気持ちになってしまって・・・」
「こうやって、大自然を前にすると、我々がいかにちっぽけなか痛感させられるね・・・」
「そうですね・・・」
「最近、私はね・・・。今、我々がしている事、やろうとしている事・・・。それは、神への冒涜になり、いつか裁きが下るのではないかと考える事があるんだ・・・。」
「・・・」
恐らく彼は、聖術体関係の実験の事を言っているのだろう。
それは、確かに冒涜になるのかもしれない・・・。
しかし、神の裁きなどというものが下る事などない。
自分の世界の人間達もまた、それと同じか、下手をするとそれよりもっと酷い事を続けている・・・。
しかし、神罰などが下された事などない・・・。
このダニーという男は、ハリーの言葉通り、この男は王国に何かしらの疑念を抱いている様に見えた。
それは、今のこの様子から感じとる事が出来た。
それとも、つかの間の良心の呵責なのか・・・。
「私は、何処かで道を間違えてしまったのかもしれないな・・・。」
「・・・きっと、まだ、戻る事は出来ますよ」
「どうでしょうか・・・。もう、私は深みに嵌まりすぎてしまった。今更、引き返す事は難しいかな・・・」
ダニーはそう呟くと、いきなり、両手で自らの頬を叩いた。
「さぁ! ぼやいてないで、今はお仕事にしましょう! そろそろ行ってもいいかな?」
ダニーの提案を承諾して、いつも間にか、すっかり座り込んで海を眺めている、ドミヤとユノにも声を掛ける。
いつもなら、何かしらぼやくドミヤが珍しく、大人しくそれに従う。
王国の者と行動を共にしているから、色々と反応に困っているのだろう。
まぁ、自分も似た様な心境ではあったが・・・。
「あそこが、遺跡の入り口です」
そう言って、洞窟の入り口を指差す。
どうやら、あの中に遺跡があるらしい。
地下空洞というくらいだから、やはりかなり潜るのだろうか・・・。
先の火竜の件もあってか、些か不安な気持ちになる。
「あれ? 他の兵の方達は来ないのですか?」
洞窟へと歩を進めながら、先程のアルゴン達がいない事に気がつき、ダニーに尋ねる。
「ええ・・・。思いの外、傷が深い様なので、大事を取って馬車で他の負傷者と共に待機してもらっています。どちらにせよ、外部の警護も必要ですしね」
これは、色々話をするチャンスかもしれないと考える。
多少、戦力に不安を覚えている気持ちもあったが・・・。
そして、洞窟の入り口の前に立つ。
かなり大きな洞窟だ。
その大きな口の先に、なだらかな斜面が地下へと永遠と続いている。
勿論、明かり等は一切ない。
「どうぞ」
そう言うと、ダニーは手にしていた松明をこちらへ渡してくる。
それを、受けとると並び立って、暗闇が支配する洞窟の内部へと歩を進めていった。
レンガ達がすり抜けて行った洞窟の通路の壁が、風に吹かれて少し崩れ落ちる。
その崩れ落ちた壁の中には、小さな文字が見える。
<西東京 B3通路>
掠れきった文字でそう書かれていた・・・。




