第19話 火竜vs聖術体
「へ? 何を言ってるでさ? 訳わからないでさよ・・・。」
ドミヤはユノの宣言に、深く溜め息を吐く。
それは、あまりにも突拍子もない発言だった為、その反応も仕方ないのかもしれない。
しかし、自分にはその発言には、聞き覚えがあった。
それは、養殖場の兵長の言葉・・・。
北の地、ドラゴンの巣くう土地へ踏み込む為に、日夜、強力な個体の試行錯誤が繰り返されている・・・。
確か、そんな事を言っていた気がする。
その試行錯誤の完成形がユノ達の事を指すならば、あるいは・・・。
「・・・ユノ、本当にいけるのか?」
自分の発した言葉に、更にドミヤが驚きの声を上げた。
「はぁっ!! 旦那まで何を言ってでさ!?」
「うん。あれ位の大きさなら、近づきさえすれば、全力の術で仕留められると思う」
「ちょっ! あんたのどこにそんな力があるって言うんでさか?!」
ユノにゆっくりと頷いてから、非難の声を上げ続けるドミヤに向き直る。
「ドミヤ、ユノの術の力は、ちょっとしたもんだよ・・・」
そうなのだ・・・。
ユノと直接やりあった事のある、自分とシーデはその事を身を持って体験している。
人間程度に向けるには、あまりある破壊力を持つ術力。
あの術は本来、火竜の様な大型の生物に対抗する為の、モノの様にも思える。
ユノの言葉通り、懐に入りさえすれば、十分な致命傷を与える事が出来るのかもしれない。
しかし、ドミヤは、まだ理解できない、と言う表情を浮かべている。
まぁ、無理もないか・・・。
そこで、ユノに呼び掛け、後方を指差す。
ユノは、その意図をすぐに理解し、頷くと、後方へ手のひらを広げた。
ゴォォォーー!!
発光と共に、手のひらから紅蓮の炎が噴射され、その道筋には炎のカーペットが形成される。
ドミヤはその光景に、口を開いたまま固まっていた。
「どうだ? ドミヤ?」
「・・・口だけじゃないのは、わかったでさ・・・。」
ドミヤは苦笑いを浮かべつつ言った。
「でも・・・本当に大丈夫なんでさ?」
ドミヤの言葉と同じに、自分もまだ心配が拭い切れずにいた。
最たる確証はないのだから・・・。
一度始まってしまえば、失敗しちゃったでは済まないのだ。
ユノは、黙り込む自分とドミヤを交互に見て。
「私を信じて・・・」
と短く呟いた。
ユノの真っ直ぐに見つめてくる瞳には、強い意思の様なものを感じた。
俺は、前の村での闘いを再び思い返す。
火竜の動き、習性・・・。
そして、決意を固め、ゆっくりと口を開く。
「よし・・・火竜は俺が引き付ける。その間に、ドミヤはユノを火竜の目前まで連れていってくれ」
俺が提示した提案にドミヤは、えっ、と短く声を上げる。
「旦那! 正気でさ!? 自殺行為でさよ!!」
「大丈夫だ。囮をやるのは、今回が初めてじゃない・・・。それに、のんびり考えている時間もないだろ?」
こうやっている間にも、ダニーに部隊は壊滅の道へ向かっているのだ。
出来る事ならば、救援したい・・・。
行動を起こすならば、早い方がいい。
それに、火竜自体の動きは遅いし、今回は馬まであるのだ。
難しい事じゃない筈・・・。
そう、言い聞かせて、無理矢理に自分を奮い立たせる。
「く・・・仕方ないでさ。・・・旦那は一度言い出したら聞かないでさからね・・・」
「レンガ・・・気を付けて」
二人に苦笑いを浮かべながら頷くと、直ぐ様、立ち上がり馬へ跨がる。
二人もそれに続く。
そして、腰から古式銃を取り出し、念の為に装填を確認する。
すると、ドミヤが。
「旦那!」
何か袋の様な物を、此方へ放って来た。
中身を取り出してみると、丁度、黒いパチンコの玉の様な物が出てきた。
「なんだこれ?」
「それは、あいが村で作った物でさ。前に旦那が砂利を撃ち出してるのを見て、作って見たでさ! 爆発で中にある小さな玉が飛び出す仕掛けでさ! 多分、成功してると思うんで、持っていくでさ!」
ドミヤはそう言うと、八重歯を見せて笑って見せる。
「ありがとう、ドミヤ! 是非、使わせて貰うよ!」
今回は、装填している時間はないが、きっと今後、役に立ってくれそうだ。
ドミヤの、心遣いと技術力に感謝しながら、高らかに出発の合図を掛けた。
「おし! 行くぞ!!」
それを合図に、2頭の馬の蹄が激しく土を巻き上げながら、跳躍する様に走り出した。
「ダニー様!! もっと、下がって下さい!!」
今回の部隊の兵士長であるアルゴンが此方へ、叫んだ。
しかし、もう下がった所で、後はなさそうだ。
30人はいた衛兵も、既に残り7人程になってしまっている・・・。
改めて、火竜の力の強大さを痛感させられる。
グオォォォォォォ!!!!
空高く咆哮上げる轟音に、耳を強く塞ぐ。
耳の奥が切り裂かれる様な痛みが走る。
今、自分の前にいる火竜はこれでもかなり小さい個体だ。
恐らくはまだ、成熟しきっていないのだろう。
だが、それでも、この有り様だ・・・。
こんなものと遭遇するのは、完全に想定外であった。
まだ火竜の生息地域からはほど遠い筈の、こんな場所に何故、現れたのか。
こいつは、私達が遺跡に到着すると、突然に舞い降りてきた。
ここが奴の縄張りだったとでもいうか・・・。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
また一つの叫び声が上がり、生き物が燃える独特の匂いが、辺りに立ち込める。
私は、只の技術者だ・・・。
勿論、戦闘の心得など、まったくなかった。
こんな時、見ている事しか出来ない・・・。
もはや、ただ呆然と死への順番待ちをしている様なものだ・・・。
いっそ、一思いに、横にある崖から、海へ見投げでもしようかと思ってしまう程の絶望感に、全身が蝕まれていく。
その時、火竜が此方へ振り向き、狙いを定める。
火竜独特の眼光としっかりと目が合う。
恐怖に全身の毛が逆立つのがわかった。
「このトカゲ風情がぁぁぁ!!!!」
私の前に立つアルゴンが、盾と剣を構えながら、狂った様な叫びを上げ、深く腰を落として臨戦体制をとる。
もう駄目か・・・そうと思った時。
ダァン!!!!
大きな破裂音と共に、火竜の頬の肉から出血が起きる。
火竜はその小さな抵抗に、口許を歪ませながら、ゆっくりと音の主に振り変える。
私も、その音の主へ視線を移すと、そこには妙な筒を手にして、馬で滑走する青年の姿があった。
「こっちだ!!! デカブツ!!!!」
青年はそう叫ぶと、先程の破裂音と共に、手にしている筒から激しく爆発と白煙が上がる。
それと同時に火竜の小さく呻く声が聞こえた。
「アルゴン! あれは増援部隊なのか!?」
その青年の正体を求めて、目の前のアルゴンの背中へ尋ねる。
「わかりません! だが、あの格好は王国騎士の様ですが・・・。」
アルゴンの言う様に、その青年の羽織っているコートは王国の騎兵が愛用している物と同じだった。
どうやら、王国の増援と見ても良さそうである。
「!! あぶないぞ!!!!」
すると、突然、アルゴンが青年に向かって大声を上げた。
火竜が青年に向かって、炎を吐こうとしていたからである。
しかし、青年はその声とほぼ同時に、身体を馬へ密着させる様に倒し、走る速度を更に上げた。
ゴオォォォォォ!!!!
まるで、その攻撃を予め察知していた様に、炎の追従を振り切りながら火竜へ回り込んでいく。
「・・・あいつは、何者だ・・・」
アルゴンが呆然とした様子で、絞る様に声を発する。
私の心境もアルゴンと同じであった。
火竜と対峙する事に慣れている・・・。
彼の落ち着いた立ち振舞いは、そんな感じだった。
だが、それから、どうするつもりなのか?
先程の彼の武器では、明らかに殺傷力に欠けている。
致命傷を与えるまでには、至らない。
だが、彼の瞳からは絶望の色は感じられない。
寧ろ、その口許には、小さく笑みを浮かべている様にも見えた。
何をするつもりなんだ・・・。
すると、突然、視界の隅で何かが強く発光するのが見えた。
アルゴンもそれに気が付いた様だ。
「なんだ!? 何の光だ!?」
少し遅れて、火竜もその異変に気が付き、その巨体を反転させる。
その時、私は発光を放つモノの正体を、一瞬、確認する事が出来た。
火竜の足元で、発光を放つ小さな少女を・・・。
そして、その少女が勢い良く、大地へ手のひらを叩きつけた瞬間。
グッシャァァァァァァァ!!!!!
少女の周りから、夥しい数の大木が瞬時に現れ、火竜の身体は上空へと打ち上げられていた。
いや、打ち上げられたのではなかった。
火竜は激しい鮮血を撒き散らしながら、無数の大木に全身を貫かれ、空中で貼り付けになっていたのだ。
グギャァァァァァァァァ!!!!!
火竜の悲痛の叫びが辺りを覆う。
すると、少女は間髪入れずに、上空の火竜へ向けて手のひらを翳した。
その身体からは、再び激しい発光が上がる。
ゴオォォォォォォォォォォォ!!!!
手のひらからは、火竜の炎とは比べ物にならない大きさの、火炎の渦が放射される。
その紅蓮の炎は、今だ、貼り付けになっている火竜の全身を容赦なく焼き付くしていく。
グギャァァァァァァァァァァ!!!!
火竜の上げる断末魔の叫びが、再び辺りを支配した。
やがて、叫びが聞こえなくなると、火炎放射は止まり、地面に吸い込まれていく大木に付いて行く様に、焼け焦げた火竜の亡骸が地面へ転がった。
そして、疲れた様にその場にペタリと腰を降ろした少女に、先程の青年と、何処からか現れたドワーフらしき少女が馬で駆け寄って来る。
私とアルゴンはその余りに現実離れした光景に、ただ唖然と立ち尽くす事しか出来なかった。
しばらくして。
「・・・彼らは、何者なんだ・・・。」
息を吐く様に、小さくそんな音だけが、私の口から漏れた。




