第16話 最悪な再開
長旅を経て、やっと宿へ到着すると、荷物を下ろして、手頃な椅子に腰を掛けた。
「みんな、長旅、お疲れ様。少し、休憩にしましょう」
今回の旅の仲間、エルフのグレースさんと獣人のシーデさんに一息入れるように促した。
二人はそれを肯定すると、グレースさんは私と同じように椅子に腰を下ろし、シーデさんは勢いよくベッドへダイブした。
「いや~疲れたっすね~。馬に乗りっぱなしで、お尻の肉が削ぎ落ちるかと思ったっすよ~」
「そうですね。こんなに長い時間、馬に乗っていたのは初めてでしたものね」
グレースさんは何も言わなかったけど、同じくかなりの疲労があった様だ。
終始お尻が~、と叫んでいたシーデさんとは、裏腹に無言でいた為、気づくことが出来なかったが。
「・・・レンガ様達は、大丈夫ですかね?」
「流石の、レンガさんもあれだけ、釘を刺しておけばダイジョブっすよ。ドミっちもついてる事だし」
「彼らの動向については、潜伏中の解放軍を通じて、報告が入る筈だから、安心して大丈夫よ」
宿に入った事が確認出来次第、誰かがここを訪ねてくる手筈だ。
恐らく、今日の夜にはこの部屋へ、訪問者がやって来るだろう。
しばらく、他愛ない話をした後で、グレースさんが、立ち上がった。
「では、そろそろ、聖堂を見に行きましょうか」
「そうね。そうしましょうか」
私はその提案に応じると、刀袋を肩に掛け、同じように立ち上がる。
すると、ベッドに転がっているシーデさんが、勢いよく手を翳した。
「はいは~い! あたし、その前にお腹を満たしたいっす! もう限界っす!」
「そうね。じゃあ、途中の何処かでお昼にしましょ」
「やった~! また、美味しいものが食べられるっす! 感激っす!」
すると、シーデさんは歓喜の声を上げながら、尻尾をブンブンと振った。
そして、早く早くと急かすシーデさんに押されながら、部屋を後にした。
「いや~やっぱし、王国のご飯は最高っすね~。 大満足っす」
適当な食堂で昼食を済ませると、聖堂への道を、並び立って進んでいた。
しかし、シーデさんの食べっぷりには、終始驚きを隠すことが出来なかった。
軽く4人前は食べたのではないだろうか・・・。
グレースさんは、別段驚くこともなく、静かに食べている事から、それはいつもの事なのだろう。
レンガさんの提案で、エギルさんから多目に、お金を受け取った事の意味が、わかった気がした。
「ガラティア様、聖堂までは後、どれくらいなのですか?」
隣にいるグレースさんが、此方へ問いかけてきた。
「私の事は、ティアって呼んで。皆、そう呼ぶから。聖堂へは、もうすぐよ」
「わかりました。ティア様」
グレースさんは、ゆっくりと頷いて見せた。
本当は、呼び捨てで良かったのだが、レンガさんの事も様付けの所を見ると、変に突っ込む所ではないと判断する。
彼女達とレンガさんに主従の関係の様なものはなさそうだが、グレースさん自身なにか思うところがあるのかもしれない。
「今日は、取り合えず、私が内部を、二人は外周を見て回るだけにしておきましょう。それでいい?」
「了解っす!」
「わかりました」
すると、目の前に巨大な建造物が見えて来る。
「あれが、聖堂よ」
その遠目に見えてきた建造物を指で指し示す。
昔は、ここの警護で何度も訪れていたが、久々に見たそれはひどく懐かしい物に見えた。
「うひゃ~。これはでっかいっすね~!」
「本当。ヒトの手でこんな大きな物を作ることが出来るんですね」
二人はその建物を前にして、各々の感想を漏らしていた。
石の柱をいくつも装飾された外壁に、身の丈の何倍もある大きな入り口。
それに、ヒトを模した巨大な石像が周囲に何体も置かれている。
確かに、ヒトの手でこれを作った事は、凄いことなのだと、私も改めて思ってしまう。
「しかし、随分ヒトが多いんですね。今日もその儀式というのを、行っているんですか?」
「いいえ。儀式をやる時は、逆にこんなにヒトはいないわ。何もない日は、一般解放されていて、一種の観光スポットになっているのよ」
「そうなんっすね。・・・やっぱし、あたし達は入れないって感じなんっすか?」
シーデさんが苦笑いを浮かべつつ、問いかけてきた。
「申し訳ないのだけれど、そうなの。だから、二人は辺りの地形なんかを見て回って欲しいのよ。もし、侵入するならば、恐らく夜になるわ・・・。その時にどこか出入りが出来そうな所とかを探して見て」
二人はその提案に頷いて見せてくれた。
しかし、そう言っては見たものの、ここへ押し入って、更に聖水を奪取するなど、そうそう簡単に出来る事ではない。
それは、過去にここの警備をやっていた為、痛いほどわかってしまう。
そして、私は入り口で付近で、二人と一旦別れ、聖堂内部へと歩を進めた。
内部の様子は、昔と何も変わらなかった。
正面の奥に儀式を行う壇があり、そこへ向かう様に何個もの横椅子が列をなしている。
その椅子は、いつも通りに、沢山の参拝者達で埋まっていた。
昔と変わっていなければ、確か、聖水の貯蔵場所はあの裏ね・・・。
そう思い返して、壇上を見る。
あそこの裏手に広めの空間があり、樽に入った聖水が乱雑に保管されている筈だ。
そこへは、壇の横にある小さなドアから行ける。
次に、警備の人数を確認する為、ぐるりと辺りを見回してみる。
入り口に2人、壇の左右に2人。
見たところそれだけの様だ。
恐らく、裏にまだ数名はいるだろう。
しかし、表には相当な数の見張りが徘徊している。
やはり、この作戦は成功させられる確率は、限りなく0に近いものだと考えてしまう。
すると、当然、誰かに肩を叩かれ、驚いてそちらに振り返った。
「よぉ! ティアじゃないか! 久しぶりだな」
そこには、短い金髪を携えた巨体の男が立っていた。
この男はよく知っている・・・。
「あ、ああ、スネイルね。ひ、久しぶり」
男の名前を呼び起こして、歯切れの悪い返事を返した。
最悪・・・。
私の心は今、そんな言葉で埋め尽くされていた。
ヒトはそこそこに生きてくると、二度と会いたくないと思う相手が一人は存在するものである。
私にとって、彼がそんな人物だった・・・。
彼は、私がまだ、王国の兵に入隊したばかりの時の部隊の中の一人だった。
確か、同期だったと思う。
だが、彼の印象を忘れられないものにしたのは、勿論、そんな事ではない。
私は彼から猛烈に好意を抱かれていた。
それだけならば、別段、嫌う理由にはならないのだが、彼の好意は行き過ぎていたのだ。
まるで、ストーカーの様に四六時中まとわりついて来て、私に友達などに攻撃的な姿勢を見せ続けた。
挙げ句には、寝込みを襲われそうになった事も、何度もあった。
そのお陰で部隊での交遊関係もめちゃくちゃだった・・・。
私のはっきりしない性格も相まって、かなりの期間に渡り、そんな事を繰り返されて来た。
しかし、やがて、私は騎馬隊へ異動となり、そんな地獄の様な期間は終わる事となったのだが・・・。
そんな悪夢の様な男が、再び私の目の前に姿を表した・・・。
最初のコンタクト無視してしまえば、良かったと、今になって猛烈に後悔している自分がいた。
「風の噂で聞いたが、おまえ、王国騎士団をやめたんだって?」
「ええ。そうよ・・・」
早く何処かへ、行って欲しいという願いを込めて淡白な返答を繰り返すが、彼の質問は止まらなかった。
「折角、大出世したのに勿体ないな。何かあったのか?」
「別に何も・・・」
それをあんたに話す気なんかない・・・。
「なんだ、つれないな。俺は今、ここの警備隊長をやってるんだ。今度、何処かへ飲みにでも行こう」
すると、スネイルはポケットから取り出した紙切れに、何かをメモしてこちらを差し出した。
それを、つい反射的に受け取ってしまう。
それには、スネイルの今の家の場所が示してあった。
「じゃあ、いつまでもサボってる訳にはいかないんでな。また今度な」
スネイルはそう言うと、手を挙げながらその場から去っていった。
思わず、舌打ちが漏れた。
感情に任せて、その紙切れをその場に投げ捨ててやろうかと思ったが。
奴がここの警備隊長である以上、これも大事な情報の一つになると考え、必死にその感情を静めた。
そして、ガックリと項垂れながら聖堂を後にした。
「あっ! ティアさん、遅かったっすね~」
「良かった、何もなくて。あまりに遅いから何かあったのかと心配しちゃいましたよ」
外へ出ると、こちらを見つけたグレースさんとシーデさんが早足に駆け寄って来た。
残念ながら、何かはあったんですけどね・・・。
「どうしたんです? 何か元気がない様ですけど・・・」
グレースさんが心配そうに除きこんできた。
「あ、いえ。大丈夫よ。それより、今日は一旦宿へ戻りましょ」
二人は怪訝な顔を浮かべつつも、すぐに同意してくれた。
もう、今は一刻も早くこの場から離れたい気持ちでいっぱいだった・・・。
そして、宿へ戻ると帰りの道中で購入した、ウィスキーをグラスに注ぎ、それを一口流し込んだ。
それで、ようやく気持ちが落ち着き始めてくる。
しかし、これでは、まるでアルコール依存症だと思う・・・。
「それで、外の様子はどうだった?」
落ち込む気持ちを切り替えて、部屋で寛ぐ二人に声を掛けてみる。
帰りの道中では、ヒト目があるからと言って、お互いの報告についての話題は避けていたのだ。
「外部から穏便に侵入するのは無理そうっすね。窓を割れば入る事は出来そうっすけど」
「はい、見張りもかなりの数がいました。でも、夜ならどうでしょうか・・・」
やはりそうか・・・。
恐らく、それは夜でもかなりの数がいる筈だ。
昔から、そうだった。
「あそこは、王国にとって聖なる土地として崇められている場所なの。だから、それだけ警備も固くなっているのよ。それは夜でも変わらないの・・・」
それを聞いて、グレースさんは深く落胆していた。
「中の様子はどうだったんっすか?」
「内部も昔と変わらずに厳重な警備だったわ。聖水の貯蔵場所変わってはいなさそうだったけどね」
「何か・・・突破口の様なものはありましたか?」
グレースさんが、おずおずと口を開いた。
「正直、なにも思い付かなかったわ・・・。」
そして、部屋には3人の溜め息が木霊する。
しばらくしてから、少し迷ってから、再び口を開いた。
「でも・・・」
その音にグレースさんが顔を上げた。
「一つ、聖堂の警備隊長が私の、知っている人物だったの・・・」
そう口にして再び、あいつの顔を甦って、胃が痛くなる心境だった。
「お! それは、何かの突破口になるんじゃないっすか!?」
シーデさんが歓喜の声を上げた。
普通なら、それは喜ばしい出来事なのだが、私は酷く気落ちしていた。
「・・・あの、ティア様はその方と、何かあったんですよね? それで・・・戻ってから様子が変だったんですよね?」
グレースさんが、こちらを見ながら、ゆっくりと言った。
「え? そうなんすか? そいつに何かされたんすか?!」
少し考えてから、決めた。
彼女達に、断片的にでも話す事を・・・。
「ええ・・・。少しだけ、私の話を聞いてくれるかしら・・・」
二人は、ゆっくりと頷いて見せてくれた。
そして、私は話し始めた。
私と彼の過去の柵たちを・・・。




