第14話 擬態作戦
今、私は王国の大正門の前に立っている。
王国にはレンガ達と、村を出て2日程で着くこと出来た。
この2日間、只、馬に揺られているだけだったが、これが意外にも疲れた。
でも、今は疲労感よりも期待感のほうが勝っている。
ここは、王国・・・。
言うなればここは、私の大きな監獄だった場所。
あれほど、ここに戻ることが嫌だった筈なのに、今は高揚感で満たされている。
レンガとドミヤが見守る前で、警備兵からチェックを受け、首に小さな首輪の様な物を付けられる。
その作業を終えてから、馬を引くレンガに続いて、沢山のヒトが往来し続ける正門を潜り抜けていく。
「わぁ・・・」
そこは、華やかな露天が立ち並び、沢山の馬車が行き交っている繁華街だった。
「何を驚いてるでさ。 あんたはずっと王国に居たんじゃないんでさ?」
目を丸くしている私に、ドミヤが怪訝な目で向けてくる。
そう。
ここは、ずっといた筈の場所。
そんなに、頻繁に外に出られた訳ではなかったが、それでも何度も見た風景の筈。
でも、今は目の前に広がっている風景は、まるで初めてみる風景の様だった。
「うん。そうなんだけど・・・。何か、新鮮な様な、不思議な感覚がするの」
「変なやつでさね・・・」
ドミヤとそんなやり取りをしていると、レンガが何かパンの様な物を両手に持って、それを私達に差し出してくる。
「まずは、エギルさんに指定された宿で、荷物を降ろそう」
「そうでさね、もうクタクタでさ。疲れた所に、甘い物を買ってくるなんて、旦那にしては気が利くじゃないでさか~♪」
ドミヤがそう答えながら、上機嫌目にそれを受け取りかじり始めた。
私も、頷きながら、それを受け取り、一口かじってみる。
・・・美味しい。
それは、砂糖がまぶして揚げてあるパンだった。
ほんのりとした甘味が、疲れた身体に滲んでいく様な気がする。
ここ最近、美味しい物ばかり食べていて、今ではもう宮殿での食事の味は思い出せなくなっていた。
パンをかじりながら、レンガ達と並んで繁華街を進んでいく。
ふと、前に見た光景が頭を過る。
あれは、私が王国を出発する前に見た風景だった。
若い男女が楽しそうに歩いている風景・・・。
あの時は、その自分とは別世界の光景に私の心は、嫉妬心と悲しさで満たさせていた。
でも、今、自分のその世界に来る事が出来た様な気がしていた。
そんな夢の様な出来事に、私の頬は自然と緩んでいた。
「はぁ~~。疲れたな~」
俺は宿の一室に入るなり、荷物を下ろし、手頃な椅子に勢いよく腰を掛けた。
ドミヤも相当疲れていた様で、ベッドに倒れ混んでいる。
ユノも表情にこそ出さないものの、やはり疲れた様子で、小さく息を吐いてベッドの端にちょこんと座っていた。
「それで、ドミヤはダニーって技師の居場所はわかるのか?」
「そこまでは、ちょっとわからないでさ・・・。でも、よく行っていた工房があるんで、そこで居場所を聞けば何とかなるでさ」
相変わらず、ドミヤさんは頼もしい事です。
それに比べて、相も変わらずの役立たずな自分が悲しくなってしまう。
「あ~そうでさ。その工房を訪ねる前に、買って置きたい物があるでさよ」
「なんだ? また食べ物か?」
「違うでさ!! 多分、あいが技師をやめた事はみんな知らない筈なんでさ。そこで、旦那とユノにはそれを偽装して欲しいんでさよ。そっちの方が色々聞きやすいでさし」
なるほど、それは確かにそうかもしれない・・・。
ドミヤは元々王国の技師だったから、その肩書きを使えば聞き込みも相当に円滑になりそうだ。
「それで、具体的に何が必要なんだ?」
「それは、買ってからのあ楽しみでさ~」
そのドミヤの笑顔から、少し嫌な予感を感じずには、いられなかった・・・。
「・・・おい。なんだよ、これ・・・」
ドミヤに半ば強引に渡された服を着用すると、非難の声を上げた。
その服は無駄に派手な装飾を施されたシャツとズボンだった。
お世辞にも、センスがいいとは言えない代物だ・・・。
「ぷぷ・・・お似合いでさよ~旦那」
明らかに笑いを堪えながら、ドミヤは心にも無さそうな事を言う。
これは、一体何のつもりなんだ・・・。
「ぷ・・・でも、別にふざけている訳じゃないでさよ。旦那には、その格好で王国の貴族に偽装してもらうでさ」
なるほど。
でも、しかし・・・。
「こんな格好する必要はないだろうが・・・。これじゃ完全に街の笑い者だぞ」
こんな格好で往来を練り歩いたら、完全に僕らの町にもサーカスが来たぞ!、状態である。
是非、もう少しまともなチョイスに変えていただきたい・・・。
「我慢して下さいでさ。正規の衛兵の服は入手出来ないんでさよ。そこで、よく工房に私服で来ていた高階級の貴族の格好を真似たらこうなっちゃったでさ。」
「本当にこんな格好の貴族がいたのかよ・・・。素晴らしい美的センスだな」
こんな格好で、ドミヤの工房に足を運んでいた貴族を憎らしく思う。
「その格好をしていたのは、旦那もよく知るクリストなんでさけどね」
なるほど。少し納得できてしまうかもしれない・・・。
しかし、またもクリストに煮え湯を飲まされる事になるとは・・・。
「ユノは、着替えられたでさか?」
「うん・・・」
ユノはドミヤの返答すると、試着室から出てきた。
ユノの服は、少しボロいだけの、ただのごく普通の地味な格好だった。
少し、貧しい村の娘と言った感じだ。
いつもとは、雰囲気がガラッと変わっている。
「・・・なんで、ユノは普通なんだ? 寧ろ、着替える必要あったのか?」
「旦那にしては、察しが悪いでさね~。・・・よっと」
そう言ってドミヤはユノに近づき、何かを取り付けている。
そして、こちらに向き直ると、何かを差し出して来たので、それを受けとる。
「ちょっ・・・ドミヤ!」
それは、細い鎖だった。
そして、その鎖はそのままユノの首の輪へと伸びている。
「旦那。気持ちはわかりますが、今は我慢して下さいでさ。王国の貴族がエルフを繋がずに歩くのは不自然なんでさよ・・・。これは、旦那が王国貴族、あいが外の工房から連れられて来た技師、ユノが旦那が護送中のエルフと言う構図で行く為でさ」
なるほど、そう言うことか。
確かに、そのメンツなら工房へ行ってもあまり疑われないかもしれない。
ドミヤにしては考えているんだな。
しかし、この鎖は・・・。
「ユノ・・・ごめんな。少しだけ我慢してくれ・・・」
「ううん。別に、大丈夫。慣れているから」
それは、特に深い意味があって言った訳ではないのだろう。
しかし、その言葉を聞いて、何とも言えない気分にさせられてしまう。
「・・・まぁ、取り合えず、さっさと工房に行くでさ! 旦那のその格好を見て、笑いを堪えるのも辛いでさ」
ドミヤが大袈裟目に笑いながら言った。
酷い言われようだったが、これはドミヤなりに気を使っているのだろう。
店主から微妙な視線を感じつつ、そそくさと会計を済ませ、店を後にした。
「旦那、もっと堂々とするでさ・・・」
ドミヤの案内で工房を目指しつつ、往来を歩いていると、小さな声でそう言われる。
しかし、この珍妙な格好のせいで、回りから向けられる視線を嫌でも感じてしまう。
ドミヤの言う様に貴族んは見えてはいるのだろう・・・。
笑ったりする者こそいない・・・。
でも、その視線達は、喜べる視線でないと言うことは明らかだった。
「・・・無理言うな。何の罰ゲームなんだこれは・・・。」
出来ることならいっそ、全速力でこの場から逃げ出した気持ちでいっぱいだった・・・。
「はぁ、クリストは逆に誇らしげに歩いていたんでさがね。・・・まぁ、仕方ないでさ。」
この視線を、好機なものと受け取っていたクリストが、凄い大物の様に思えてしまう。
自分には、とても出来そうにはない・・・。
「旦那、あれでさ」
すると、ドミヤは立ち止まり目の前の建物を指差した。
それは、術具とだけ書かれた看板のあるだけの、小さな建物だった。
「じゃあ、入る前に確認しておくでさ」
ドミヤはそう言って、自分とユノの近くに歩み寄って来る。
「中に入ったら、ユノは何も喋らないで欲しいでさ。旦那も聞かれた事以外は極力何も喋らないで欲しいでさ。あいが、応対を任されているって感じでいくでさ。・・・あ、後、旦那は敬語は禁止でさ。貴族らしく偉そうにふんぞり返ってる風で、頼むでさよ」
「わかった」
こちらが返事を返すのと同時に、ユノも無言で頷く。
しかし、偉そうにしているなんて事はしたことがない・・・。
何か、ボロが出ないかと心配になり、少し緊張してくる。
そして、ドミヤが扉を開けて、中に入った。
自分もユノも、それに続いた。
店内は、8畳ほどの空間で、壁づたいに様々な術具が乱雑に並べられている。
そこには、他の客も店主もおらず、ただ静寂だけがその場を支配していた。
「おやっさ~ん!!」
その静寂を破るように、ドミヤがカウンターの奥へ声を上げる。
すると、短い応答と共に、カウンターの奥から物音が聞こえ、そこから恰幅の良い一人の男が顔を出した。
「お!ドミヤじゃないか! 久しぶりじゃねーか!」
その男はドミヤを見ると、大きく歓喜の声を上げた。
「おやっさんも久しぶりでさ! 相変わらず暇そうにしてるでさね~」
ドミヤも同じく歓喜の声を上げつつ、盛大に軽口を叩いている。
そのおやっさんと呼ばれた男も、ドミヤの軽口に笑いながら、同じように軽口を返している。
そんなやり取りからして、二人はかなり仲が良いのだと感じられた。
二人は一頻り話すと、男が一瞬こちらに目をやってから、すぐにドミヤに視線を戻した。
「今日も、術具の素材を取りに来たのか?」
「今日は、違うんでさ。この方が技師のダニーさんに急用があるんでさ。今日、ダニーさんはここにいるでさか?」
ドミヤは男の問いに、直ぐ様本題を切り出した。
「あーそう言うことか。でも、ダニーは今日はここにはいないな。王国の命で少し出払っちまってるんだ」
男の口ぶりからして、よくここにいるのは間違いないないようだ。
しかし、タイミングが悪く今日はいないとの事だった。
「あ~~それは困ったでさ・・・。かなり急を要する用事みたいなんでさよ・・・。どうしますか? 旦那様?」
ドミヤはそう言って、いきなりこちらへ振り返り、小さくウインクをする。
その意図を理解し、ドミヤの横へズンズンと歩を進める。
「そうだ。その詳細は話せないが、一刻を争う事なのだ。その男が今、どこにいるかわかるか?」
少し、ぎこちない芝居をしながら、男に問いかけてみる。
しかし、その時、手にしていた鎖が、ピンと張ってしまった。
入り口付近で立ったままでいたユノと、自分の距離が離れすぎてしまったのだ。
「いたっ!」
辺りをキョロキョロ見回していたユノの首輪が急に引っ張られ、ユノは小さく悲痛の声を上げた。
俺は、その声に驚いて声を上げる。
「あっ! ごめーー」
ガンッ!!
しかし、それを遮る様に、大きく咳払いをしながら、ドミヤが俺の右足を踏みつけた。
その衝撃に思わず声を上げそうになるが、すぐにドミヤの行動を理解し、再び口を開いた。
「おい。早くこっちへ来るんだ」
そう言って、手の鎖を少し乱暴に引っ張って見せる。
ごめん・・・ユノ・・・。
ユノは直ぐ様、チョコチョコと隣までやって来た。
「旦那様も、エルフの護送しながら人探しとは大変ですね~。わかりました。少し待って下さい」
男はこちらのやり取りを見て、苦笑いを浮かべつつ、再びカウンターの奥へと姿を消した。
どうやら、上手くいったみたいだ・・・。
少し危なかったが、取り合えず誤魔化せた事に胸を撫で下ろした。
すると、ドミヤの大きなため息が聞こえて来た。
「はぁ~。旦那気を付けるでさよ・・・。まったく・・・」
まったくもって、面目ない事です・・・。
「ユノもごめんな・・・。首、大丈夫か?」
小さな声でユノに謝罪の言葉を掛けると、大丈夫と首を左右にフルフルと振ってくれた。
しばらくすると、男が物音と共に大きめな紙を手に戻って来た。




