第11話 決意と責任
ユノと二人で適当な食堂に入り、席に着いた。
無造作に置かれているメニューを、確認する。
字に関してはもうほぼ完璧に読めるのだが、そこに書かれているものが何を示しているのかが全く分からない。
仕方ないと思い、店員のおすすめに任せてる。
ついつい我慢出来ずに、アルコールも注文してしまった。
酔うまで飲むつもりはないから、問題ないだろう。
ユノは相変わらず、辺りを楽しそうに見渡している。
今、ユノにとっては世界の全てが新鮮なんだろう。
何十年も同じ部屋に、閉じ込められていたのだから・・・。
気分が落ち込みそうになる。
そんな心境を振り払う様に、軽く頬を叩く。
・・・今は、聖水は絶対にどうにかしなければ。
改めて決意を固めていると、料理と念願のアルコールが運ばれてきた。
「よし、じゃあ食べようか」
「うん」
そう言って食べ出そうとするユノに、もう一度釘を指しておく。
「ユノ、泣かないでくれよ?」
「努力する」
言い切ってはくれない返事に少しの不安を覚えつつ、料理を食べ始める。というより飲み始める。
ここの所ハードな事が続いていたせいか、アルコールが凄く久々な感じがする。
「どうだ? 美味しいか?」
「・・・うん」
そう言って頷く目には、微かに涙が溜まっていた。
お願いだからそれを溢さないでね・・・。
ユノが凄く美味しそうに食べる姿を見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。
お陰で酒も進む。
少女が食べる姿を、つまみしているって思うと、自分が新しいタイプの変態みたいに思えてくるが・・・。
「ユノ、ちょっとトイレ行って来るよ」
「いってらっしゃい」
そう言って席を立ち、トイレに向かう。
ユノは静かでいいな。
ドミヤやシーデと来ると凄いからな。
王国の食堂での、食うは騒ぐはで大変だった事を思い出して苦笑いする。
ユノは、何にでも興味しんしんで可愛いもんだな。
そう思ってから、何故か嫌な予感がした・・・。
直ぐにトイレから飛び出して、ユノの方を見る。
・・・そして、もう既に遅かった事に気が付いた。
ユノの前には空になったグラスがあった。
さっきまで、自分が飲んでいた酒のグラスがそこにあった・・・。
早足に席に戻り、直ぐ様ユノを尋問した。
「ユノ・・・この中身はどうしたんだ?」
ユノの前にある、空のグラス持って言った。
「飲んだ。・・・でも、あんまり美味しくなかった」
美味しくないのに何で全部飲むんだよ・・・。
確かまだ半分以上は残っていたはずだったが。
「そうか・・・。まぁいいや。それよりフラフラしたりはしないのか?」
その問いに不思議そうな表情を浮かべている。
「・・・何で? 別に大丈夫」
意外にアルコールの分解力が強かったらしい。
ゆっくりと胸を撫で下ろす。
ユノに酒を飲ませた何て知れたら帰って、何を言われるかわかったものではない。
ドミヤ辺りには変態だの言われる事だけは、間違いないだろう。
「じゃあ、そろそろ出るか」
「・・・うん」
そう言って立ち上がった。
ユノが立って座ってを、何度も繰り返している。
嫌な予感がした・・・。
「どうしたユノ?」
「何か、上手く立てない」
俺はユノを背負って帰った・・・。
部屋に戻ると、すぐにユノの現在の状態に気が付かれた。
そして、ドミヤに変態と何回も言われ、グレースからは冷水の様な冷ややかな視線を浴びせられた・・・。
完全に日も暮れ、部屋で各々で適当に時間を潰して過ごしている。
ドミヤとグレースは何か本を読み、シーデとユノはベッドに転がってじゃれあっていた。
実に微笑ましい風景だ。
自分は別段やることが見つからなかったので、これからの事に思考を巡らせていた。
王国へ行ってどうするのか・・・。
そこに行く事は、決定事項だ。
しかし、それからがほぼノープランに近い。
まず出来る事は・・・。
成人の儀の聖堂と言われている場所での聖杯の確保。
力になってくれそうだという、ダニーを尋ねる。
こんなところだ。
どちらも確実性などはない。
蓋を開けてみない事には、全くわからないのだ。
そんな考えから、嫌なイメージが徐々に膨らんでいく。
それを、振り払うため、頭を振る。
考えれば考える程、ユノがこの世界で置かれている現状を思い知らされるばかりだ。
楽しそうに遊ぶユノを見ていてると、気分はドンドン沈み込んで行く。
ふと、ハリーの放った言葉が頭を過った。
高い所から手を差しのべて優越感に浸っているだけ・・・何の責任も考えずに・・・。
彼の言っていた事は間違ってはいないと思う。
自分達はユノを救った様な形にはなっているが、広い目で見れば自分達がユノの生存の未来を断っているのは、間違いない。
更に、ユノを生きる未来の見えない所に連れ出しておいて、次の未来は闇に包まれたままなのだから。
少なくともユノは宮殿にいれば生きている事は出来た筈・・・。
そんな考えを否定する様に、昼間に見せたユノの楽しそうな笑顔を思い出す。
宮殿に戻ってユノは幸せなわけはない・・・。
そう思う。そう信じたい・・・。
まるで、暗示の様に自分に言い聞かせる。
ふと、そんな抜け出せない思考の海をさ迷っていると。
「レンガ? どうした?」
ユノが顔を覗かせてきた。
余程、ひどい顔していたのだろう。
ユノの顔には心配の色が色濃く見える。
そして、思わず聞いてしまう。
「ユノは今、楽しいか?」
その唐突な発言にユノは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔になった。
「うん。凄く楽しい。レンガ達と一緒来て良かった」
「そっか・・・ありがとユノ」
ユノの優しい言葉に、気持ちが落ち着いた気がした。
そんな弱い自分に自己嫌悪感を感じてしまう。
・・・今、自分に出来ること一つしかない。
翌日、自分は朝からエギルの元へ向かっていた。
ユノの件を話合うために。
ユノの身体の事は昨日の夜、ユノが寝付いた後に皆に話しておいた。
その内容の凄惨さに皆、言葉を失っていた。
無理もない、それだけの内容なのだから・・・。
「エギルさん、朝からすみません。レンガです」
そう言ってエギルの部屋の扉をノックする。
エギルはすぐに顔を出し、二人で部屋へ入っていく。
「毎回、突然ですみません」
腰を降ろしながら呟く。
「いや、構わないよ。それにこちらも少し話がしたいと思っていた所だ」
エギルは笑顔で答えてくれる。
「そうだったんですね。ならエギルさんからどうぞ」
おそらく、エギルと自分の話は交わっているだろうと考え、先を譲った。
エギルもそれを何となくわかっていたのか、あっさりとそれを受けて話し始める。
「君たちはこれから王国に向かうつもりなのだろう?」
やはり、予想通りだった。
「そうです。ユノの為に早急に聖水を取りに行かなければならないので」
エギルはその言葉を聞いて、目を閉じて少し考えてから再び口を開いた。
「今、その理由で王国へ行くというのはおすすめ出来ない。寧ろ私たちとしてはそれを止めたいくらいだ。」
そう言われる気はしていた。
おそらくこれ以上、王国を刺激したくないのだろう。
「でもーー」
「わかっているよ。それでも、君が行く決意は変わらないのだろう?」
エギルは微笑を浮かべつつ、言った。
「はい・・・。すみません」
「いいさ。あの子の命がかかっているだから、仕方ない。それを、踏まえた上で提案があるんだが、聞いて貰えるかな?」
拍子抜けする程、あっさり受け入れてくれた事に、驚く。
そして、エギルの提案を聞く為に、首を縦に振って見せる。
なんの話だろう・・・。
正直、予想がつかなかった。
「こちらの者を同行させて貰いたいのだが、どうかな?」
「えっ?」
予想外の提案に驚きが隠せなかった。
「あまり変に考えないでくれよ。君達を守る意味でもあるのだ。今の王国に、大人数の亜人を連れて歩くのは少し危険だからな」
確かにエギルが言う様に、今の王国内を4人の亜人達を連れて歩くのは、危ないかもしれない。
ユノの事はまだ判明していない筈だが、養殖場の一件がある。
でも、同行の理由はそれだけではないだろう・・・。
「・・・君の思っている通り、勿論それだけではないがね」
「やっぱり、そうですよね」
「少し、話を聞いて貰えるかね?」
エギルの声のトーンが変わった事を感じて、静かに頷いた。
「私の見解だが、もう王国との衝突の日は、すぐそこまで来ている・・・。そこで王国の事をもっと知る必要があると思ってな」
確かに、王国の報復の迅速さからして、そうなる可能性は高そうだ。
「聖術体について詳しく知る必要があると思い至ったわけだ。こんな事を言っては、嫌な気持ちになるかもしれないが、私も村の皆の命を預かっている立場なのでな・・・理解してくれるとありがたい」
「いえ、大丈夫です・・・」
エギルは自分なんかとは違う。
抱えているものの責任の、多さも、重さも桁違いな筈だ。
個人の感情で安易に動くわけにはいかないのだろう。
「そこで、君たちの護衛も兼ねて一人連れて行って貰いたいという訳なんだが・・・」
エギルはそう言いきると、伺うようにこちらに視線を向けてきた。
その視線を受けて、反射的に口を開こうとしたが、少し考える事にする。
それはこちらとしても悪い提案ではない。
これから何が起こるかわからないのだ。
王国内で騒ぎを起こす気などは勿論ない。
しかし、予期せずにそうなってしまう事は、大いにあり得るだろう。
そうなってしまった時、一人でも戦力があるに越したことはない筈だ。
だが、何かが引っ掛かっている気がする・・・。
護衛と調査の為とは言ってはいるが、それが全てではない筈。
恐らく、自分達の動向を監視する意味も含んでいる筈だ。
今の双方の緊張状態の中では、それをする事は当然である事は理解できる。
しかし、こちらの事情も一刻を争っている。
仲間内で邪魔をされている時間などないのだから・・・。
暫し、そんな思考に頭を巡らせていると、エギルが再び口を開いた。
「・・・では、その動向者と一度会って話してみて決めるというのは、どうかね?」
「そうですね・・・。そうして頂けると助かります」
エギルは示してくれた、最善の提案を受け入れる事にする。
まずは、その人物とあって見てから決めればいいだろう。
「そうかそうか。では、すぐに呼んでくるから、少し待っていてくれ」
エギルはそう言うと、立ち上がり部屋から出て行った。
どんな人が来るのか、暫しの不安を抱きつつも、大人しく待つ事にする。
エギルには村について早々に、こんな我が儘ばかり言っている事が、申し訳なく思ってしまう。
だが、こちらもそうするしかない事情なので、仕方ないと割りきるしかない。
こういう事を煩わしく感じてしまう自分は、組織につくづく向かない人間なのかなと思ってしまう。
そんな事を考えていると、エギルが戻って来たであろう物音が聞こえて来た。




