第10話 いつもの二人
その姿を前にして、ただその場に固まっていた。
あまりの理解不能の状態に言葉が出ない。
「あ・・・ああ・・・あ・・・」
まるで孫○飯の様な呻きがただ口から漏れる。
「旦那・・・。何だか気持ち悪いでさよ!」
その少女は呆れ顔になって言った。
更にそれでも返答のない事に、大きな溜め息を吐く。
「まったく、そんなに感激してーー」
少女が言い終えるより早く、飛びついていた。
その勢いのまま、二人は地面に転がる。
そして、直ぐ様、少女が激しい批難の声を上げた。
「いきなり何するでさ!! 痛いじゃないでさ!!」
少女は苦情を並び立てたが、すぐにその声も聞こえなくなった。
俺は、その身体にすがり付いて、涙を流していた。
しばらく、少女は何も言わずに優しく頭を撫でてくれた。
その動作に尚も激しく涙が溢れて、何も考える事も出来ずに涙を流し続ける事しか出来なかった・・・。
「もう、気がすんだでさか?」
ドミヤはゆっくりと立ち上がりながら言ってきた。
心なしか、その少し顔が赤い気がした。
自分も身体を叩きながら立ち上がる。
何にせよ、これは正真正銘の生きたドミヤの様だ。別にオビワ○の様に、青白い霊体とかでもないみたいで安心する。
「お前、何で生きてるんだよ?」
そのあまりの露骨な物言いに、ドミヤは顔を真っ赤にする。
「なっ! 何でさ言い方は!! 相変わらずに失礼な奴でさ!! それにそれは、そっちが勝手に勘違いしただけでさ! 誰も死んだなんて一言も言ってないでさ!」
まぁ、私は死にました、等と語る死人もいないとも思うが、どうやらこちらの早とちりだったらしい。
あの後、意識を取り戻したら誰も居ないことに驚愕したのは、寧ろ自分の方だと騒ぎまくっている。
顔を真っ赤にして怒るドミヤを、まぁまぁ、と軽く宥めてから尋ねる。
「グレースやシーデには、もう会ったのか?」
それを聞くと、溜め息混じりに言った。
「もう会って来たでさよ。姉さんも泣きまくって凄かったでさから。シーデはいつも通りに、それを見て爆笑してたでさが」
実によく想像できる光景だ。
まったくのイメージ通りの映像が思い浮かんだ。
「ユノって子には、会ったのか?」
ドミヤは少し考える仕草をしてから、少し眉をしかめる。
「ああ~。あの生意気そうなガキでさか? 会ったでさよ。こっちが挨拶してるのにウンともスンとも言わなくて頭に来ちゃうでさ」
それもまた想像しやすい光景だ。
しかし、背格好だけを見たら、ドミヤとユノのどっちがガキなのかは一目瞭然だな、と思ったが言わない事にした。
前みたいにドミヤに対して、口を滑らせなくなった事に自分の成長を感じる。
もう空気が読めない奴、何て言われないかもしれないな。
それに、ユノは別に悪気があった訳じゃなく、ただドミヤのテンションについて行けず固まっていただけなのだろう。
「まぁ、そう怒るなって。あの子は色々あるんだ。ちょっと多目に見てやってくれよ」
「そうでさね。あいも子供じゃないでさから、そんな事でいつまでもカッカしないでさ」
ドミヤの珍しく聞き分けの言い態度に、感心する。
「見た目は子供なのに、流石だな!」
その言葉が耳へ届いて、ドミヤの顔色が一気に変わった。
それを見てまずいと思った時は、既に手遅れだった。
「誰が子供でさ! この泣き虫男!!」
鬼の形相で飛びかかって来たドミヤに、激しく地面に押し倒される。
そのまま、何度も顔や胸を平手で何度も叩いてくる。
相変わらずの馬鹿力に、徐々に怒りが増していく。
・・・そして爆発した。
「何が泣き虫男だ!! お前が紛らわしい事を言うからこんな事になったんじゃねぇか!! 何が心配でおちおち休めないでさだ!! もっと違う言い回しで眠りつけよ!! 紛らわしいんだよ!怪力女!!」
ドミヤはその暴言に、怒りと恥ずかしさに耳まで真っ赤にする。
「何て事言うでさか!! 大体、旦那がしょうもない作戦考えるから、あいがやられてあの馬鹿貴族に捕まったでさよ!! 旦那はそのほんのちょこと良い知能取ったら何にも残らないんでさから、まともな作戦くらいちゃんと考えるでさ!!」
そして、お互い激しく暴言と平手と掴み合いの応酬をし続ける。
そんないつも通りの光景を、少し離れた位置からグレース達が見ていた。
「少しはしっとりした再会でもしてると思ったっすけど、完全にいつも通りっすね」
シーデがそんな二人を見て、楽しそうに言う。
「そうですね。あの二人らしいですけどね。きっと二人とも寂しかったんですよ。」
グレースもそれを見て微笑みながら囁く。
「・・・・・・」
ユノは大声で掴み縺れている二人を、驚いた様子にポカンと口を開けて見ている。
今、グレースもシーデも、心に空いていた空洞がしっかりと満たされる事を、実感する出来た。
しばらく、そんないつも通りにじゃれ合う二人を、遠巻きに眺め続けていた。
「まったく・・・いってぇな、ドミヤのやつ・・・」
先程のドミヤとの乱打戦で、痛めた箇所を撫でる。
でも、今自分はドミヤが生きていたことに、この上のないくらいの幸福感で満たされているのも事実だ。
そんな気分もあって、久々の一人の自由時間を満喫しようと、グレースとシーデが寝ている隙に村へ飛び出したのだが、ユノにバッチリ捕まってしまい二人で往来を歩いている。
ドミヤは、村の鍛冶工房を手伝っているみたいで、あの後はそこへ戻って行った。
この村での通貨は、この前の養殖場の闘いの報酬として、そこそこの額を各々で受け取っている。
なので、金銭の心配はないだろう。
さて、何処へ行こうか・・・。
ユノを連れている以上、いきなり酒場に連れていくのもどうかと思う。
「ユノは、行ってみたい所とかはあるのか?」
「私、村は初めてだから、よくわからない・・・。」
そうだった、ハリーから聞いた話では部屋に監禁されていたって言っていたな・・・。
村の風景が余程珍しいらしく、あるもの全てを見る勢いで、忙しく首を動かしている。
「たまには、王国の街に出たりはしなかったのか?」
「一回もない。だから、こうやって街を歩くのが夢だったから今、凄く嬉しい」
一回もない・・・。
彼女は今まで一体、どんな生活をしていたのだろうか。
「じゃあ、何か部屋で遊んでいたのか?」
「ううん。部屋には何もなかったから・・・。たまに、ハリーが色々な言葉とか教えてくれたりするくらいだった」
自分には想像も出来ない生活だった。
それにしても、ハリーなりに色々やっていたみたいだ。
本人はああ、は言っていたが、少しは彼女の支えにはなっていたんだと思う。
すると、俺がユノの初めての街散策をエスコートするのか・・・。
そう考えて、途端に責任が重くのし掛かってくる。
突然、ユノのいきなり立ち止まった。
「どうした?」
「何か、凄く良い匂いがする」
言われてみると、微かに甘い匂いが漂っている。
それで一つ閃いた。前の王国での、グレースの事を。
「丁度、小腹も空いたし、あれを食べようか?」
だが、ユノから返答はなく、困った様な表情で小首を傾げている。
その様子に、仕方ないと思い、手を取ってから、その匂いの発信源に引っ張って行った。
売り子さんに2個注文する。
流石、他種族混合の街というだけあって、売り子さんも獣人の女性だ。
慣れた手つきで調理してから、笑顔で渡してきた。
受け取ったそれの一つを、ユノに渡してから観察してみる。
それは、ヤドカリの殻の様な形状をしているパンだった。見た目は殆どクロワッサンのような感じだ。
お店の人いわく、中に甘い果汁の様な物が入っているとのことだ。
ユノはそれを手に、ひたすらに固まっていたので、目の前で食べて見せる事にした。
「ほら、こうやってこのまま食べるんだよ」
そう言って、自分の分を少し食べて見せる。
すると、中からリンゴの様な焼いた果実が出て来る。見た目とは異なって味はアップルパイ様な感じだった。
ユノはその様子を見てから、自分の物に視線を向けてから一口食べた。
そして、口に含んだまま固まっていた。
「どうだ? 美味しいか?」
ユノはそれをゆっくりと噛み、やがて飲み込むと口を開いた。
「・・・すごく美味しい。」
良かったな、と返そうとすると、突然ユノの瞳から涙が溢れた。
そして、その涙は止まらずに、次々と溢れ出している。
「ちょっとユノ! こんな所で泣くなって!」
人の行き交う往来で涙を流す少女はまずい、と慌てて言ったが、まるで止まる気配はなく、すでに嗚咽まで混じり始めていた。
行き交う人達の奇怪な視線が突き刺さる。
半ば強引に、泣き続けるユノを引っ張って、その場から退散した。
ようやく泣き止んだユノに声を掛ける。
「そんな泣く程、上手かったのか?」
ユノはその問いに頷いてから言った。
「今まで甘い物なんて、食べたことなかったから」
「そうなのか? でも、宮殿に居たんならそれなりの物を食べてたんじゃないのか?」
ユノは静かに首を振る。
「何の味もしない物を毎日、食べてた。昨日の朝の草汁より美味しくない物」
聞けば聞く程、ユノの今までの過酷さがわかってくる。
それにしても、グレース手製の草汁はよっぽど不味かったらしい。
でも、グレースには悪いけどそれには同感だった・・・。
「でも、ユノ美味しいもの食べる度に泣くのはやめてくれ。色々と、俺の心が傷つくことになるからさ」
「? わかった。努力してみる」
毎回、食べる度に泣かれても困る。
この村での自分の称号が、女泣かせとかになったら堪ったものではない。
「じゃあ、やることもないから食堂でも行ってみるか」
「わかった」
この村にも、娯楽施設みたいな物は、勿論見当たらなかった。
流石に、現代社会の様な物は期待してはいけないとはわかってはいるのだが、何にせよやることが圧倒的にないのだ。
食べるか、飲むしか思い当たらない。
取り合えず、手頃な食堂へ行くことにした。




