第2話:死にたてほやほや幽霊は夢を見るか
自動販売機の前で出会った、幽霊になった私の姿を見ることができる男の子――葦切梅行君のスクーターに乗せてもらうことになった私。
藁にもすがる思いででた暴挙だったはずだけど、どうして乗せてもらえたのかはよくわからない。
葦切君は夏休みを利用して旅をしているようだ。
私がついていきたいと言って、葦切君は「勝手にしろ」と言った。
だから私は勝手にそれを「許可」と判断した。
バイク?……スクーター?に乗るのは初めてだった。
「ちゃんと捕まってろよ」
「どこに?」
「………俺に決まってんだろ」
「えっ」
「振り落とされるぞ」
「幽霊でも?」
「知らねぇよ」
言われた通り、葦切君の服をつかむ。
(………あれ?つかめる。なんで?)
風が体を通り抜けていった。
暑くない。
汗も出ない。
けれど、なぜか風はちゃんと気持ちいい。
海沿いの道路を離れ、見慣れぬトンネルを抜けていく。
ガソリンスタンド。錆びれた商店街。住宅地。
何の変哲もない風景が、スクーターの速度に合わせて後ろへ流れていく。
知らない場所、考えもしていない目的地、帰る場所も遥か彼方。
なのに、不思議と不安ではなかった。
むしろ、少し気分が高揚しているのを感じる。
「ねぇ葦切君」
「何」
「どこまでいくの?」
「とりあえず今日走れるだけ走ってホテルに泊まる」
「目的地は?」
葦切君は少し考えるように間を置いた。
「んー……お袋の家」
「お母さん?……離れて暮らしてるんだ」
「まぁな」
「葦切君ってもしかして一人暮らし?」
「まさか、ばーちゃんと二人暮らし」
「へぇー、お母さんはどこに住んでるの?」
「それがざっくりとしかわかんねーんだよなぁ」
「なにそれ、迷子じゃん」
「浮幽霊に言われたくねぇよ」
「それで旅してるの?」
「まぁな」
「行き当たりばったり」
「悪いかよ」
「悪くないけど」
私はなんだか耐えられなくなって吹き出す。
「旅っぽい」
「なんだそれ」
「"旅"って感じ」
「意味わかんねぇ」
葦切君は呆れたようにいったが、少し言葉が解れていた。
それからしばらく走った。
太陽が傾き始める。
昼間ほどではないにせよ、まだ道路には夏の熱気が残っている。
道端の林では蝉が鳴いていた。
私は熱くない。
でも、葦切君の背中には、少し汗がにじんでいた。
なんか不思議。
私が感じないものを、彼はまだ感じてる。
汗をかくとか、喉が渇くとか、お腹がすくとか、疲れるとか。
葦切君はそんな面倒な当たり前を背負っている。
「………コンビニ寄る」
「うん」
突然、葦切君がウィンカーを出す。スクーターが、コンビニへ入っていく。
静かに駐車場に止まると、葦切君はエンジンを切った。
「晩飯買ってくるわ」
「私も行く」
「勝手にしろ」
私がもたもたしている間に、それだけ言って彼は店内へ入っていく。
私もついていこうとするが、自動ドアが開かないため、恐る恐るドアをすり抜ける。
店内には、夕食を買いに来たらしい人が何人かいる。
制服姿の高校生。仕事帰りのサラリーマン。小さな子供をつれた母親。
皆それぞれ商品を手に取って、レジへ向かっている。
私は葦切君の後ろを歩いた。
お弁当やおにぎり、サンドイッチやカップ麺、パンやケーキがずらりとならんでいる。
「ケーキ」
生きてたら、ここで一つくらい買って帰ってたかも。
葦切君はお弁当を一つ手に取った。
「それだけ?」
「………」
返事がない。
「葦切君?」
歩いていく。
私はあわてて追いかける。
「野菜とか買わないの?」
返事がないまま、彼はレジに並ぶ。
暇そうにスマートフォンを眺めている。
「ねぇ」
やっぱり返事がない。
私は首を傾げる。
さっきまで普通に話をしていた。
自動販売機でも、バイクの後ろでも。
なのに、急に私の存在を無視している。
「………葦切君?」
反応なし。
店員が、
「袋どうされますか?」
「おねがいします。」
葦切君は普通に答える。
「お箸は?」
「一つで」
「ありがとうございます」
会話をしている。
私以外とは。
「………」
なんだろう。
胸の奥が、少しざわついた。
私は葦切君の横を歩きながら、何度も声をかける。
「ねぇ」
「………」
「葦切君」
「………」
「聞こえてる?」
無視。
お店を出ると、夕方の空気が戻ってくる。
葦切君の停めたスクーターの隣で、数人の男の人達が談笑していた。
葦切君は何でもなく先ほど買ったお弁当を鞄に入れると、スクーターに跨った。
私も後ろに跨る。
「………ねぇ」
返事はない。
エンジンがかかる。
私は葦切君の背中を見る。
さっきまで話をしていた。
ちゃんと私が見えていた。
私の声を聴いてくれていた。
それなのに。
今は、まるで最初から私なんていなかったみたいだった。
―――もしかして。
私は自分の手を見る。
半透明というわけじゃない。
普通の手に見える。
でも、ペットボトルはすり抜けるし、自動ドアもすり抜けた。
幽霊になった。
死んだ。
なら、時間が経つことで見えなくなることもあるかもしれない。
葦切君には、もう私が見えなくなってしまったのかも……。
葦切君からしたら、あったばかりの変な女がコンビニで消えたとて、何も思わないし、なんの責任もないだろう。
「………―――」
もう一度声をかけようとするが、喉がつまった。
スクーターが道路を進む。
夕焼けがどんどん後ろに流れていく。
私は黙って葦切君の背中を見つめた。
そのまま、しばらく走った。
すっかり日が落ち、大きな道路沿いに、ビジネスホテルの看板が見えた。
葦切君はそこに入っていった。
フロントの人には普通に、
「一拍で」
と言っている。
私はその隣に立っているが、フロントの人は私に気が付かない。
けれど、葦切君も私に目もくれない。
部屋に入る。
暗い部屋に明かりをつけ、葦切君は鞄を床に置く。
そして
「何?」
「えっ?」
そしてようやく口を開いた。
「ずっと話しかけてきたろ」
「見えるの?」
「見えてる」
「聞こえてる?」
「聞こえてるけど……」
私は腰が抜けたように座り込んだ。
「なんで無視してたの?」
「コンビニから?」
「うん」
「お前ホントに幽霊なんだな……だれもお前のこと気にしないし……」
「そういっているじゃん」
「ただのイタイヤツかと思ってた」
「ひどい」
「ならわかるだろ」
「何が?」
「だから、誰も見えない幽霊と一人でしゃべってる奴がいたら、普通に考えておかしい奴だと思われるだろ」
「………あ」
そういうことだった。
「だから、人が居るところでむやみやたらに話しかけてくるな。返せねーから」
「でも……」
「何?」
「………よかった」
「は?」
「視えなくなっちゃったのかと思った。」
口にしてから、自分でも驚いた。
私はそんなこと心配してたのか。
葦切君は少し黙った。
「……そんな簡単に消えるもんなの?」
「知らないよ……今日幽霊になったばかりなんだから」
「それもそうか」
葦切君はベッドに腰を下ろすと、コンビニで買ったお弁当を取り出す。
私は、向かいの椅子に座った。
体の重さは感じないが、座っているつもりにはなれる。
「次から気をつけるね」
「頼む」
「でも、二人きりの時は話していいんだよね?」
「まぁな」
「よかったぁ」
それだけでも、少し安心する。
お弁当の蓋を開ける葦切君を、私は眺める。
「……何?」
「え?」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ」
「だって」
私は笑った。
「葦切君には、私が見えてるから」
葦切君は箸を止めた。
それから、
「変な幽霊」
とつぶやく。
「そっちこそ、変な人間」
「なんでだよ」
「幽霊に飲料水奢るし、旅に連れてってくれるし」
「勝手についてきたんだろ」
「そうでした」
窓の外では、知らない街の夜が広がっている。
私はその音を聞きながら、ふと思った。
死んでからまだ一日も経ってない。
なのに私はもう、知らない街のビジネスホテルにいる。
そして、隣には知り合ったばかりの男の子。
未練なんてないはずだった。
でも私は旅に出た。
どうしてなのか。
「おい、幽霊」
「なんだい人間」
「幽霊って寝るのか?」
「………」
その答えはまだわからない。
とりあえず、まずはいろいろ試してみたいと、私は目をつむった。




