↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/3

第1話:死出の旅






 私の人生を例えるならば、それは生涯ケーキだけを食べ続けた人生だった。


 不自由なんて何もなかった。

 優しい両親に育てられ、友達もいた。成績だって、そこまで悪くはなく、まぁ普通。運動も普通。顔もそこそこ( ここ重要 )可愛いらしい。少なくとも、鏡を見て「うわ、最悪!」とか思ったことない。

 ほしいものがあれば、誕生日に買ってもらえた。

 行きたいところがあれば、連れて行ってもらえた。

 学校で嫌なことがあっても、次の日にはだいたい忘れてた。

 大きな病気をしたことがない。大怪我をしたこともない。

 人生を変えてしまうような失恋も、世界がひっくり返るような裏切りも、経験したことがない。

 ちゃんと舗装された道路を、交通ルールをしっかり守って安全運転する車のような。

 信号が赤なら止まる、青なら進む。

 目的地は決まっているようで、実際にはだれも教えてくれない。

 私は後部座席で窓の外を眺めていて、それは人生経験というにはあまりにもぼんやりとした景色。

 安全で、快適で、退屈だった。



 結論を言ってしまえば、幸せだったということだ。


 

 ここまで平穏に暮らしておいて、何を不幸だったと言えようか。

 幸せだった。それは間違いない。


 だから思い残すことなんてないはずだ。

 悲しくないし、苦しくないし、怖くもない。

 だってせっかくの夏休みだったっていうのに、ひとつも思い浮かばないってそういうことだよね。


 ………でも

 

 あえていうならば、幸せすぎて不幸だった………なんて、

 死んでから考えるようになった。


 ――――そう、死んだ。

 

 未練なんてないはずだった。

 でも、死んだ後もここにいた。


 とりあえず、心に残る微かな予感に従うことにした。

 旅にでよう。

 誰かに言ったら怒られそうな、私の不満。

 

 享年16歳の夏、ケーキみたいに甘くない、人生の苦味を求めて。

 



*



「あつ~」

「暑いですよね~」

「…………」

「………だめか」

 

 私の姿と声は、普通の人には見えないし聞こえないらしい。何度人に話しかけても、無視されるだけだった。

 そんな調子で始まった地元探索。

 アスファルトは白く照らされて、道路の向こう側が陽炎で歪む。日差しがこんなに強いのに暑さはまったく感じない。でも熱そうに歩く人たちを見るのとこっちも熱くなりそうなので、海沿いの道路を歩くことにした。

 病院には行っていない。私の死体をみて悲しむ両親や友達を見物する趣味はない。


 波の音に混じって風鈴の音も聞こえてきた。浜辺で遊ぶ親子もいる。

 世界の全部が、ちゃんと夏だ。


 でも、私は汗もかかないし、喉も乾かない。

 これって結構便利かも。


 そんなことを考えながら歩いていると、バス停が見えてくる。日陰を作っている自動販売機があった。

 買うつもりはない、そもそもお金もってないし。けど、私は並んだ飲み物たちを吟味する。

「季節限定……」


 

 私はボタンのひとつに指を伸ばした。

 指先が、機械の中へすっと入っていく。


 やっぱり。


「………本当に幽霊になっちゃったんだ」

 自分で言ってて恥ずかしさがあるくらい、現実感が無い。

 そのまましばらく、自動販売機を眺めていた。




「買わないの?」


「………」


 私は振り返った。

 知らない男の子。年は私と同じくらい。髪は少し伸びていて、Tシャツは汗ですこし首元が濡れてる。

 後ろにはスクーターが停まっていた。


「さっきからずっと見てるけど」

「………見てたの?」

「見てた」

「どのくらい?」

「3分くらい」

「そんなに?」

「そんなに」


 男の子は私の側から自動販売機に硬貨を入れた。


 ガコン。


 冷たいペットボトルが落ちる。

 彼は結露で水滴のついたペットボトルを取り出して、キャップをひねると、心地いいほど喉をならして飲料水を飲む。


「……おいしい?」

「普通」

「…普通なんだ」

「まぁ、ただの水だし」

「そっか」

 私はもう一度、自動販売機を見る。

 なんでだろう、喉は乾いてないのに、すごくおいしそうに水を飲む姿を見た所為なのか、飲んでみたいと思える。

 ただの水なんていくらでも飲んできたはずなのに。


 男の子はこちらをチラリとみる。


「お前は飲まないの?」

「……買えない」

「金ないの?」

「ない」

「ウケる」



 私は思わずむっとする。

「笑うところじゃないでしょ」

「そう?」

 男の子は財布から小銭を取り出し、もう一度自動販売機に入れた。

 ちゃり、ちゃり、と一枚ずつ入れていく。


「もう一本飲むの?」

「いや?」


 男の子は私がさっきから眺めていたボタンを押した。


 ―――ガコン。


 冷たいペットボトルを、取り出し口から拾い上げ、私に差し出す。


「ほら」

「………」



 目の前に差し出された飲料水を見つめる。

 透明なボトルの表面を流れる水滴。

 冷たそうだ。



「………ありがとう」


 私は手を伸ばすが、指先はペットボトルからすり抜けた。

 つかめない。


「………飲めない」

「何で?」

「死んでるから」

「………」


 男の子が私を見る。

 私も男の子を見る。

 数秒の沈黙。

 蝉の鳴き声が、やたらとうるさい。


 それから、ぽつりと。

「ホラーじゃん」

「ね」


 私は頷いた。

 自分でもそう思う。

 死んだことよりも、こうして自分の手がモノをすり抜けることの方が、いまさらながら現実味があった。

 男の子は、買ったばかりの水を鞄にしまった。そして何事もなかったかのように、バス停に停めていたスクーターへ向かう。

 ヘルメットを手に取る。

 エンジンがかかる。

 低い振動が足元から伝わってくる。

 私はその後ろに回った。

 男の子が跨るより先に、座席へ腰を下ろす。


「………」


 なんとなくだった。

 男の子が振り返る。

「何してんの?」

「え?」

「何で乗ってんの?」

「県外ナンバー」

「は?」

 私はスクーターのナンバープレートを指さす。

「旅してるの?」

「誰が?」

「アナタが」

「……………そうだけど」

「私も同じ……今日から出発だけど」


 男の子はしばらく私の顔を見た。


「お前幽霊なんだろ」

「うん」

「幽霊がスクーターに乗ってどうすんの?」

「楽しそうだから」

「………」

「だめ?」

「いや、ダメっていうか…」


 男の子は困った様子でため息をつく。

「そもそも、俺はお前を乗せるなんて一言も言ってない」

「でも、私を見つけた」

「たまたまだろ」

「水も買ってくれた」

「それは……」


 男の子が言葉に詰まる。


「だから、イイ人なんでしょ?」

「関係ないだろ」

「関係あるよ」

「ない」

「ある」

「ない!」

「ある!」

「………面倒くせぇな、お前」

「よく言われる」

 男の子は頭をかいた。

 そして、諦めたようにスクーターに跨る。

「家出とかでも責任とらねぇからな」

「幽霊だから大丈夫」

「……それが一番信用できねぇんだよ」


 エンジンが唸る。

 なぜか、スクーターはちゃんと私を運んでくれた。

 私は後ろから、彼の肩越しに夏の道路を見る。

 海が光っている。

 蝉が鳴いている。

 暑い日差しも、風も何も私は感じない。

 それでも。

 少しだけ胸が躍った。


「ねぇ!」

「あ?」

「アナタ名前は?」

「……」

「名前!なんていうの?」

「先に名乗るのが普通だろ」

「私は幽霊!」

「それ名前じゃないじゃん」

「あれ?」

「ははっ」

 男の子は呆れたように笑った。

「葦切(よしきり)、葦切梅行(よしきりうめゆき)」

「葦切くん?」

「あぁ」

「へんな名前」

「じゃあお前はなんて名前なんだよ」

「蕾(つぼみ)、春夏秋冬(ひととせ)蕾(つぼみ)」

「ひととせって、どんな字?」

「春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)」

「ウケる。おまえのが変じゃん」

「そうかも」


 葦切くんは苦笑した。

 スクーターはゆっくりと走る。

 私たちはまだ、お互いの事を何も知らない。

 なのに不思議だ。

 私が生きてたら、多分こんなことしなかった。

 ただ、夏休みの午後、天から降ってきた糸見たいに現れた男の子。

 それにつかまって、身をひるがえすことにした。

 だって私は幽霊だから。

 この先なにが起ころうとも、それが求めた苦味かもしれないから。



 享年16歳。幸せな人生に幕を下ろした私の、死出の旅は、こうして始まった。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。