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第23話 消えない記録

地下二階へ続く階段には、焦げた空気が溜まっていた。


 第6部隊《リコード》は、十二階から一気に階段を下っていく。


 黒瀬玲央。


 伊吹透。


 獅堂鉄平。


 真神アキラ。


 その先頭を、真神が小型偵察ドローンとともに進んでいた。


 灰原ナギは正面ロビーに残り、病院の設備制御を維持している。彼女が指を止めれば、集中治療室や手術室の電力が再び不安定になる。


『地下二階の内部温度、六十四度まで上昇』


 灰原の声が通信に入る。


『不明装置の使用電力は、病院全体の三十四パーセント。まだ増えてる』


「火災は」


 黒瀬が尋ねる。


『煙感知器は反応してない。でも、その情報自体が信用できない』


「現地で見る」


 黒瀬は足を止めない。


 獅堂の呼吸は重かった。


 十二階まで酸素ボンベを運び、発火の熱をシールドで受けた直後だ。それでも、大型シールドを背負ったまま、誰にも遅れず階段を下りている。


「持つか」


 黒瀬が聞く。


「誰に聞いてやがる」


 獅堂は汗を拭った。


「先に機械の心配をしろ」


 伊吹のWRISTには、七十二時間の残りが表示されている。


《70:37:46》


 時間は、病院の中でも減り続けていた。


 地下二階へ到着する。


 非常階段の扉を開けると、地上とは違う空気が流れ込んできた。


 熱い。


 湿気のない、機械に焼かれた熱だった。


 廊下の照明は落ち、非常灯だけが床を照らしている。壁には古い案内板が残っていた。


《旧医療記録庫》

《関係者以外立入禁止》


 十年前に閉鎖された区画。


 人が使っている形跡はない。


 それでも床には、新しい台車の車輪跡が残っていた。


 真神がしゃがみ込む。


「一台じゃない」


 埃の上に、平行した複数の跡がある。


「何度も運び込んでる」


「一晩で作った装置じゃないな」


 黒瀬が通信を開く。


「安西さん。この区画へ入った業者を調べられるか」


 施設管理部長の安西が答える。


『工事記録を確認しています。ただ、正式な改修予定はありません』


「鍵の管理は」


『施設管理部と委託警備会社です。どちらにも貸出記録は残っていません』


 真神が記録庫の扉を確認する。


 電子錠は動いていない。


 代わりに、新しい南京錠が取りつけられていた。


「病院の鍵じゃない」


「壊せるか」


「音は出る」


「構わない」


 真神は救助用の切断器を取り出した。


 一度、金属を噛ませる。


 鈍い音とともに、南京錠が落ちた。


 だが、真神はすぐに扉を開けなかった。


「待て」


 扉の隙間。


 床から数センチの位置に、細い糸が伸びている。


 黒瀬が目を細める。


「罠か」


「開ければ切れる」


 真神はライトを近づけた。


 糸は扉の内側へ続き、何かのスイッチに繋がっている。


『映像を送って』


 灰原の指示に、真神がカメラを向ける。


『単純な開閉検知。爆薬に繋がってるかは見えない』


「切る」


『先に糸の張力を固定して。切れた瞬間に反応する型かもしれない』


 真神は留め具を取り出し、糸を二か所で固定する。


 その間を慎重に切った。


 変化はない。


「開ける」


 扉が、ゆっくりと動く。


 熱気が廊下へ流れ出した。


 記録庫の中には、紙のカルテも棚も残っていなかった。


 代わりに、病院の一室には似つかわしくない金属製のラックが六台、並べられていた。


 太い電源ケーブル。


 非常用通報設備へ繋がる古い配線。


 無線中継器。


 複数の小型カメラから送られてくる映像。


 設備制御網へ命令を流すための端末。


 そして、電力を熱へ変える大型の負荷装置。


 冷却ファンが唸り、赤熱した抵抗器から熱が立ち上っている。


 これが病院の電力を吸っていた。


『見えた』


 灰原の声が低くなる。


『外部から病院全体を支配してたんじゃない。ここから院内設備へ命令を入れてた』


「先生はここにいたのか」


 伊吹が尋ねる。


『少なくとも、この装置を設置した人間は病院の中にいた』


 灰原が映像を確認していく。


『負荷装置で電力を奪って、設備制御端末で非常用系統を切り替える。別の中継器で院内放送とカメラを使ってた』


「WRISTへの接続は」


 黒瀬が聞く。


『ない』


 灰原は即答した。


『LAST DAY本部にも、NOXにも繋がってない。拾ってたのは病院内の音声と映像だけ』


 伊吹は、沙羅の言葉を思い出した。


 先生は本部の管制を見ているのではない。


 ここで聞こえるものだけを、聞いている。


 何でも知っていたわけではない。


 知るための機械を、先に置いていたのだ。


「止める」


 黒瀬が言う。


『待って』


 灰原の声が鋭くなった。


『主電源を一気に切らないで。設備制御端末が内部バッテリーに切り替わる。悪意ある命令を残したまま病院側と切断される可能性がある』


「順番は」


『今調べてる』


 黒瀬たちはラックへ近づく。


 熱で、装備の内側に汗が滲む。


 真神が周囲を確認し、獅堂はシールドを構えたまま入口に立つ。背後から何者かが入ってこないよう、廊下と室内の両方を見ていた。


 伊吹は金属ラックの側面で足を止めた。


 配線の束に、小さな札がついている。


《STEM》

《BRANCH-01》

《BRANCH-02》

《FLOWER-01》

《FLOWER-02》


「これ……」


 伊吹が札へ手を伸ばす。


「知ってるのか」


 黒瀬が見る。


「白百合ファンドで使ってた分け方と同じ」


「何の」


「金の流れ」


 伊吹は、複数に分岐した配線を目で追った。


「被害者から入った金を《茎》に集める。そこから複数の《枝》へ分けて、最後に《花》へ送る」


 黒瀬の顔が険しくなる。


「白百合ファンドの人間が作った装置か」


「分からない。でも、この呼び方を知ってる」


『配線構造も同じ』


 灰原が画面上で回路を追う。


『STEMが電源と設備制御の中枢。BRANCHが病院内の各系統。FLOWERがカメラと放送機器』


「外す順番は」


 黒瀬が聞いた。


 伊吹は答えようとして、止まる。


 昔なら、何も考えずに《茎》を切った。


 金の流れを止めるなら、大元を潰せばいい。


 だが、白百合ファンドでは違った。


「《花》から」


「理由は」


「《茎》を先に切ると、《枝》と《花》にある金が消える」


 伊吹は配線を見る。


「組織は、末端を残したまま上を切らない。証拠も金も、先に外側から回収する」


『この装置も同じかもしれない』


 灰原が言った。


『STEMを先に落とすと、各端末が内部処理へ移行する。電子錠や非常用電源に、最後の命令を送られる可能性がある』


 黒瀬は即座に決めた。


「外から切る」


『まずFLOWER。院内放送とカメラを止める』


 真神が一番外側の端末へ移動する。


 コネクターは二本。


 片方には院内放送。


 もう片方には小型カメラの中継表示。


『右から』


 灰原が指示する。


「抜く」


 真神が右側のコネクターを外す。


 ラック上部の映像が消えた。


 十二階西病棟。


 正面ロビー。


 集中治療室前。


 非常階段。


 先生が見ていた病院内の映像が、一つずつ黒くなる。


 続けて左側。


 院内放送へ流れていた波形表示が消えた。


『FLOWER停止』


「次」


『BRANCH。設備制御への命令線が三本ある。第一が電子錠、第二が非常用電源、第三が酸素と換気』


 黒瀬が尋ねる。


「順番は」


『第三、第一、第二』


「なぜ電源が最後だ」


『電源を戻した瞬間、閉鎖状態の設備まで一斉に動く。先に電子錠と換気を病院側へ戻す』


「やれ」


 真神が第三の接続を外す。


 灰原の端末で、病院の換気設備が応答を始めた。


『十二階、換気復旧。酸素濃度低下を確認』


 第一。


『院内電子錠、管理権限復帰。避難経路を開放』


 第二。


 非常用電源の系統が、一度だけ揺れる。


 集中治療室。


 手術室。


 透析室。


 すべての表示が、赤から黄色へ変わった。


『電力制御を病院側へ戻した』


 灰原が息を吐く。


『残りはSTEMと負荷装置』


 その瞬間、記録庫の扉が閉まった。


 重い音が響く。


 獅堂が振り返り、すぐにシールドを扉の間へ差し込んだ。


「閉じさせるか!」


 金属扉がシールドを圧迫する。


 獅堂は両腕で支えた。


「早くしろ!」


『扉は装置側の内部バッテリーで動いてる!』


「あと何本だ!」


『STEMの制御線一本。それから負荷装置の電源!』


 ラックの内部から、甲高い警告音が鳴り始めた。


《侵入検知》

《記録消去開始》


 伊吹の表情が変わる。


「記録を消す気だ」


『黒い記録媒体があるはず! STEMの下!』


 真神がラック前面の板を外す。


 配線の奥に、手のひらほどの黒い箱があった。


 その周囲へ、白い煙が流れ始める。


「発火剤」


 真神が呟く。


 箱の両側に、小型の薬剤容器が取りつけられている。


 内部を焼いて、記録を消すためのものだ。


「外せるか」


 黒瀬が聞く。


「十秒」


「やれ」


 真神は細い刃を取り出した。


 薬剤容器へ繋がる二本の管。


 一本を挟み、切る。


 白煙が濃くなる。


「一つ」


 もう一本。


 管の根元が熱で膨らんでいる。


 真神が指を入れた瞬間、皮膚が焼ける音がした。


 それでも手を離さない。


「アキラ!」


 獅堂が叫ぶ。


「見えてる」


 真神は管を切断した。


 白煙が止まる。


「二つ」


 黒い記録媒体を引き抜く。


 警告表示が点滅する。


《記録消去:失敗》

《外部記録媒体:切断》


『取れた!』


 灰原が叫んだ。


『最後にSTEMを落として!』


 伊吹は、太い制御線に手をかけた。


 白百合ファンドで、最後まで残すもの。


 被害者から金を集める《茎》。


 全ての流れの始まり。


「抜く」


 黒瀬が頷く。


「やれ」


 伊吹が制御線を引き抜いた。


 設備制御端末が停止する。


 続けて真神が、負荷装置の主電源を落とした。


 金属ラックの奥で、唸り続けていた冷却ファンが止まる。


 赤熱していた抵抗器が、ゆっくりと暗くなっていく。


 病院の電力を吸い上げていた負荷が消えた。


 灰原の端末上で、電力表示が回復する。


『主電源安定』


『集中治療室、異常なし』


『新生児集中治療室、異常なし』


『手術室、透析室、酸素供給設備、全て正常範囲』


 灰原は、一つずつ読み上げた。


『東央医療センターの設備制御を取り戻した』


 獅堂がシールドを押し返す。


 扉の力が抜けた。


「最初から、そう言え」


 重い息を吐きながら、シールドを下ろす。


「俺の腕が先に止まるところだったぞ」


 真神が黒い記録媒体を黒瀬へ渡した。


「取れた」


 右手の指先が赤くなっている。


 黒瀬は記録媒体を受け取り、真神の手を見た。


「処置しろ」


「あとでいい」


「今やれ」


 真神は何も言わず、応急処置用の冷却材を取り出した。


 伊吹は、停止した装置を見回す。


 外部から侵入した万能の何かではない。


 病院の中へ運び込まれ、設備へ直接繋がれた機械。


 誰かが台車で運び、誰かが配線し、誰かが鍵を開けた。


 先生は一人ではない。


 機械そのものが、その事実を証明していた。


「これを設置するのに、どれくらいかかる」


 伊吹が尋ねる。


『一人なら数日。複数でも、病院の図面と設備知識が必要』


 灰原が答えた。


『施設側の協力者か、正式な業者として入った人間がいる』


 安西の声が通信に入る。


『工事記録が一件だけ見つかりました』


「いつだ」


 黒瀬が聞く。


『五日前です。地下設備の耐震点検。申請書も、搬入許可も残っています』


「業者名は」


『東都医療設備保全』


 灰原が検索する。


『登記はある。でも、三年前から実態なし』


「休眠会社か」


『うん。誰かが名前だけ使った』


 美月の声が入る。


『申請を承認した人物は』


 安西が数秒黙った。


『厚生保安庁、医療施設対策室からの照会番号が記載されています。ただ、この番号が本物かは』


「通信で照合するな」


 黒瀬が遮った。


「記録を印刷して、原本と一緒に封鎖。データは外へ送るな」


『分かりました』


 伊吹は胸元に入れた紙片を意識した。


 橘修司。


 国家側の人間。


 沙羅は、電子記録ではなく紙で情報を残した。


 送れば、誰かに見られる。


 消される。


 だから手渡しを選んだ。


「この記録媒体も、WRISTには繋ぐな」


 黒瀬が言う。


『解析しないの?』


 灰原が聞いた。


「病院の端末にも繋ぐな。持ち帰って隔離環境で見る」


『分かった』


 黒瀬は記録媒体を専用の遮断袋へ入れた。


 電波も、外部接続も通さない。


 その時。


 停止したはずのラックから、小さな音が鳴った。


 全員が振り返る。


 外部回線ではない。


 内部電池で動く、小型の録音装置だった。


『消したはずの記録を掘り返すのは、気分がいいかい』


 先生の声。


 リアルタイムではない。


 あらかじめ残されていた音声だった。


『伊吹透』


『君は知っているはずだ』


『記録が消えても、奪ったものは戻らない』


 伊吹は録音装置を見つめた。


 答えなかった。


 先生には聞こえていない。


 今ここにあるのは、過去に吹き込まれた声だけだ。


『それでも、君たちは記録を欲しがる』


『自分たちが正しかったと証明するために』


 黒瀬が録音装置の電源を切った。


 声が止まる。


「戻るぞ」


 それだけだった。


     ◇


 十二階西病棟では、消防と病院職員が焼けた特別個室を確認していた。


 患者は順次、別の病棟へ移されている。


 携帯ボンベに切り替えられていた九名も、中央酸素配管の安全確認後に元の設備へ戻された。


 柊木茉莉は警察官の監視下に置かれていた。


 拘束はされていない。


 事情聴取より先に、担当患者の引き継ぎを続けていた。


『青藍女子高等学校に警察が到着しました』


 美月の声が全員の通信へ流れる。


『柊木茉莉の長女を保護。学校内に攻撃装置は確認されていません』


 その報告を聞いた柊木は、その場に膝をついた。


 声を上げず、両手で顔を覆う。


 伊吹は何も言わなかった。


 大丈夫だと伝えるのは、もう必要なかった。


 娘が保護された。


 今は、それが事実だった。


 水城沙羅は、別の病室へ移されていた。


 点滴を繋ぎ直され、酸素飽和度の確認を受けている。


 医師が病室を出たあと、伊吹は扉の前で立ち止まった。


「入っていい?」


「今さら聞くんだ」


 沙羅の声が返ってくる。


 伊吹は部屋へ入った。


 沙羅はベッドの上から、濡れたままの伊吹を見た。


「病院は」


「戻った」


「患者は」


「全員無事」


 沙羅は目を閉じた。


 ほんの少しだけ、肩から力が抜ける。


「地下にあった機械も止めた」


「記録は」


「一つ回収した」


「中は見た?」


「まだ。隔離したまま持ち帰る」


「黒瀬の判断?」


「そう」


「正しい」


 沙羅は目を開けた。


 伊吹の胸元を見る。


「紙は」


「ある」


「橘に直接渡して」


「その前に聞きたい」


 沙羅の表情が固くなる。


「何」


「どうして僕を白百合ファンドへ入れた」


 病室が静かになる。


 廊下から、移送用ベッドの車輪音が聞こえた。


 沙羅はすぐに答えなかった。


「今、それを聞く?」


「今しか聞けない」


「逃げると思ってる?」


「一度、逃げた」


 沙羅の目が細くなる。


「逃げたんじゃない」


「じゃあ何」


「消される前に隠れた」


「僕を残して?」


 伊吹の声は、責めるほど強くなかった。


 それでも沙羅には届いた。


「そう」


 沙羅は認めた。


「あなたを残した」


「どうして誘ったの」


 沙羅は視線を逸らさなかった。


「使えると思ったから」


 伊吹の指が、わずかに動く。


「人の顔を見るのが上手かった。頭の回転も速かった。それに、家へ帰りたくないのが分かった」


「助けようと思った?」


「最初は思ってない」


 沙羅は、はっきりと言った。


「仕事だった。あなたが金を取れば、私の評価が上がった」


 伊吹は黙って聞いている。


「途中から、やめさせたくなった」


「いつ」


「あなたが初めて、自分から標的を選んだ時」


 伊吹の表情が止まる。


「脅されなくても続けられる人間になった。私が、そうした」


 沙羅の声は静かだった。


「怖くなった」


「僕が?」


「私が」


 沙羅は自分の手を見る。


「先生のやり方を覚えて、同じことをしていたから」


「それで内部告発した?」


「全部じゃない」


「何を渡した」


「白百合ファンドの送金経路と、勧誘対象者の名簿。それから、先生へ繋がる連絡記録の一部」


「橘さんに?」


「そう」


 沙羅は頷く。


「でも、記録を渡した直後に橘との連絡が切れた。警察へ行く前に、私の居場所が漏れた」


「国家側に先生の協力者がいる」


「少なくとも一人は」


「誰」


「分からない。だから橘に渡してほしい」


 伊吹は胸元の紙片を握った。


「沙羅」


「何」


「謝ってほしいと思ってた」


 沙羅の目が揺れる。


「死んだと思ってからも、ずっと」


「……うん」


「でも、今聞いても、何も戻らない」


「それでも」


 沙羅は息を吐いた。


「ごめん」


 伊吹は、すぐに答えなかった。


 許すとも、許さないとも言わない。


「続きは、全部終わってから聞く」


「また来るつもり?」


「今度は、何も起きてない日に」


「期待しない」


「それでいい」


 伊吹が病室を出ようとする。


 背後から、沙羅が呼び止めた。


「伊吹」


 振り返る。


「先生の声を信じないで」


「信じてない」


「違う」


 沙羅は首を横に振った。


「あの人たちは、全部嘘を言うわけじゃない」


 伊吹の表情が変わる。


「本当のことを混ぜる。自分で気づいたと思わせるために」


「分かってる」


「分かってないから、昔のあなたは入った」


 痛いところを突かれた。


 伊吹は少しだけ笑う。


「やっぱり、変わらないね」


「あなたも」


「昨日よりは変わった」


「一日で?」


「少しくらいなら」


 沙羅は呆れたように目を閉じた。


「行って」


「また来る」


「それを信じるかは、私が決める」


「うん」


 伊吹は病室を出た。


 廊下では、黒瀬たちが待っている。


 黒瀬は何も聞かなかった。


 伊吹も、今ここで紙片の内容を話さなかった。


 先生は一人ではない。


 国家側に協力者がいる。


 病院の地下から回収した記録媒体。


 白百合ファンドと同じ配線の呼び名。


 すべては繋がっている。


 だが、通信に流すべき情報ではなかった。


 灰原の声が入る。


『回収した記録媒体に、外部からの発信履歴が残ってる』


「隔離したんじゃないのか」


 黒瀬が聞く。


『接続してない。表面の管理表示を確認しただけ』


「何が出た」


『発信先じゃない。発信回数』


 作戦画面に数字が表示される。


《送信完了:48》


 警戒対象となっている四十八地点。


 その数と一致している。


 さらに、その下。


《証言者記録》

《登録数:12》

《処理済:8》

《未処理:4》


 伊吹の目が止まる。


 水城沙羅は、その四人のうちの一人だった。


 先生に逆らい、消えたと思われていた人間。


 生き残った証言者。


 残りは三人。


 黒瀬が画面を見つめる。


「氏名は」


『今は表示されてない。解析しないと分からない』


「持ち帰る」


 黒瀬は言った。


「橘修司へ直接渡す」


 伊吹が黒瀬を見る。


「紙のこと、気づいてた?」


「お前が胸元を気にしすぎだ」


「見ないの?」


「ここでは見ない」


 黒瀬は歩き出した。


「見られない場所で見る」


 病院の照明が、一階ずつ戻っていく。


 集中治療室。


 新生児集中治療室。


 手術室。


 透析室。


 十二階西病棟。


 止まりかけた病院は、再び動き始めていた。


 だが、地下から掘り出された記録には、まだ三人の証言者が残されている。


 先生に消される前に、見つけなければならない。


 WRISTの残り時間。


《70:31:08》


 第6部隊《リコード》は、新たな記録を持って病院を出た。


 消されたはずの人間を、今度こそ消させないために。

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