なにいまの?
「ラズちゃんこんな朝早くにどうしたの」
「私、村を出ることにしたの。この転生者のリョクと一緒に!」
「ええー? そんな、ラズちゃんがいなくなると寂しくなっちまうよ」
「もう決めたの。だから通らせて。準備だってしてきたんだから」
服しか入っていないかばんをこれみよがしに見せつけた。
「ラズちゃんその男に騙されてない?」
「もう! 失礼だよ! リョクはすっごくいい人なんだから! そんなこと言ったら嫌いになっちゃうよ?」
「ご、ごめんごめん。でもブラウンさんたちは?」
「お父さんならもう知ってる。お母さんももう知ってる」
「そうか……。じゃあ通さないわけにはいかないな……。通っていいよ」
「ありがとう門番さん。またね?」
「おい転生者。絶対ラズちゃんのこと守れよ」
「はい」
誰かにそう言われると、身が引き締まる。絶対にラズを守ってみせる。
村の外は広大だ。これからこの世界を渡り歩いて魔王を退治するんだ。リョクと一緒に。
一体どんな旅になるんだろう。楽しい旅かな。険しい旅かな。毎日お風呂入れるかな。
「リョク。がんばろうね! これからよろしく」
「うん。よろしく」
可愛すぎる。ラズは本当に可愛い。
しばらく歩いていると、魔物の数が増えてきた。まだスライムばかりだが、油断はできない。
「魔物増えてきたね。戦闘になったら俺の後ろに隠れてね」
「うん。魔物は任せたよ。傷付いたら私が回復してあげるからね」
「あっ」
リョクが少し間抜けな声を上げた。
「べぃっくしゅいっ!」
リョクのくしゃみの直後、ラズの世界が止まった。風が、魔物が、リョクが止まって見える。
なに、今のくしゃみ。
おじさんじゃん。
嫌なんだけど。
絶対嫌なんだけど!
「……リョク。私、やっぱ旅やめる」
「え、どうしたの?」
「うん。や、やっぱり怖くなっちゃった」
本当はリョクのくしゃみが許せないんだけど。ていうか本当に嫌。せっかくあんなに楽しかったのに、せっかく年が近かったのに、あんなおじさんみたいなくしゃみするなんて絶対嫌だ。
「そんな……。絶対危険な目に遭わせないから。だからついてきて欲しい」
「ごめん、怖くなっちゃった」
「俺はラズが好きなんだ! お願いだ。ついてきて欲しい」
「ごめん。私は好きじゃない。好きになれない。本当にごめんなさい! さようなら!」
ラズは今来た道を走って戻っっていった。
何が起きた?
何がだめだった?
わからない。
突然のことに、リョクはその場に立ち尽くすしかなかった。
「門番のおじさーん! ただいま!」
「あれ! ラズちゃんおかえり! もう帰ってきたのかい? さっき出発したばっかりなのに」
「うん。やっぱり旅はやめたの」
「そうかいそうかい。ラズちゃんはその方がいいよ。ブラウンさんの宿屋で笑っていてくれ」
門番のおじさんは本当に安心したようで、槍を手から離してしまい、からんと地面に転がった。
「えへへ、じゃあまたね! 私はおうち帰る!」
門番のおじさんに挨拶をして、今度はヴァトーおじさんの家に向かった。
「ヴァトーおじさん! 帰ってきたよ!」
ヴァトーはリビングでゆっくりとお茶を飲んでいた。ラズがいきなり入ってきても、驚く様子もない。
「なんだいきなり。帰ってきたってここはお前の家じゃないぞ」
「ううん、そうじゃなくて旅から帰ってきたの!」
「なんだ、旅に出てたのか。そのまま完全に旅立てばよかったのにな」
「もう! ヴァトーおじさんのばか! 私帰る!」
「はいはい。二度と来んなよー」
「また来るもん!」
「来んなっつってんの」
ヴァトーに辛辣な言葉を投げつけられたラズは半べそをかきながら宿屋に向かって走った。
「ううっ」
ラズはもうヴァトーに嫌味を言われてないているのか、お父さんたちとまた暮らすことができることに泣いているのかわからなかった。
「お父さーん! お母さーん! ただいまー!」
ラズはリビングに飛び込んだ。
「おお! ラズ!」
「ラズー!」
「もう帰ってきちゃった! やっぱり私にはこの家がいい! この家の仕事が大好き! もうどこにもいかない!」
ラズたちはみんなで抱きしめ合った。ふと背負っているリュックが重いなと感じたが、それよりも抱きしめられることが嬉しくてリュックのことを考えるのはやめた。
「お父さん、お母さん! 私ずっとここで働く! ずっとどこにも行かない!」
魔物の住まう平原に一人取り残されたリョクは、その後、ラズを諦めて一人で旅に出た。
その後、リョクは死ぬまでラズのことを忘れられなかった。一方ラズの中では、悲しいことにリョクは今までのただのおじさん転生者と同じとしてカウントされていた。普通のおじさんみたいなくしゃみをする、おじさんとして。
あれから一ヶ月経つが、魔王が倒されたという情報はこの村に届いていない。未だリョクによって魔王は倒されていなかった。
魔王はまだ存在する。ということはまた新たに転生者が召喚されるということだ。それがいつのことかは誰にもわからない。何か法則があるのか、それとも女神の気まぐれか。しかし、必ず現れる。次の転生者もまた、ラズの家の前の壺の中に転生してくるのだ。




