アニメって何?
「ヴァトーおじさん! ねえ! 研ぎ終わった?」
ラズがリビングに入ると、そこには誰もいなかった。
仕事部屋に行くとヴァトーはまだ包丁を研いでいた。
「まだあ?」
「まだだ」
「まだかー。あとどれくらい?」
「まあ、もうちょいだ」
「ふーん。じゃあここで待っとくね」
ラズは近くにあった小さな台の上に腰を下ろした。
「ねえヴァトーおじさん」
「なんだ?」
「私がこの村から出てったら悲しい?」
「いや、別に」
「ちぇー。私に冷たくするのヴァトーおじさんだけだよ」
「そもそもおじさんっていうな。まだ俺は二十八歳だ」
「でもおじさんじゃん。お父さんの弟でしょ」
ヴァトーは話しながら包丁を研いだ。ラズには一瞥もくれない。
ヴァトーにはラズのスキル、魅了は効かない。魅了のレベルが低いからだ。ラズのレベル2だと、血のつながった親戚にまで魅了をかけることができないのだ。
「よし、研げたぞ。ほら」
ヴァトーは研いだ包丁に古紙を被せてラズに渡した。
「ありがと!」
「じゃあもう来るなよ」
「うん! また包丁研いでもらいにくるね!」
「話聞いてんのかお前」
「じゃあね! ありがと! ヴァトーおじさん!」
「はいよ」
綺麗になった包丁を持ってヴァトーの家を出る。家の外には暇そうに待っているリョクの姿があった。
「おっまたせー! 見て! 包丁きれいになったよ!」
ラズは包丁を古紙から取り出してリョクに突きつけた。
「うおっ! 危ないって!」
死ぬかと思った。殺されるかと思った。
「あはは。今何時かなあ」
何事もなかったかのようにラズは包丁を古紙に包む。
「何時だろ。そもそも俺がここにきたのって何時だろ」
「んー、あの時は九時とか十時くらいじゃなかったかな。ってことは今多分二時くらい? 一旦お家帰ろー。私疲れちゃった」
「そうだね。俺も宿で……あ!」
「わあっ、どうしたの?」
びっくりした拍子にぷるんと揺れる。
「魔石全部使っちゃった。忘れてた。泊まるにも魔石いるんだった……。ってことは今からまたスライム狩りに行かないと」
「いいよいいよ、大丈夫。私の部屋があるからとりあえずそこで休めばいいよ」
「え。ラズの部屋?」
「うん、私の部屋」
それはさすがにまずいんじゃ。そう思ったリョクだが、スライムをこれから倒しに行くのも面倒だし、なによりラズの部屋というのが気になって拒否できなかった。
「いこっか」
「うん」
二人は宿屋に向かって手を繋いで歩いた。
ラズは手を繋いで歩くのが好きだった。家族で出かける時は、お父さんともお母さんとも手を繋ぐ。だから、手を繋ぐという行為にたいして少しも下心がない。歩くなら繋ぐ。座るなら繋ぐ。そんなかんじ。だけれども、店に来るおじさんたちとは繋がない。
それもなんとなくだった。
「こっちはどう? 慣れた?」
「うん、だいぶ慣れた。魔物も倒したし、まだ非日常って感じだけど、これから日常になっていくんだろうなって感じ」
「わたし、誰かに似てるんでしょ? その人をもう見れないのは辛くない?」
「うん。ふわりウエイトレスの上井さんの上井さんに似てる。もう見れないのはちょっと寂しいけど、今は本物の上井さんが目の前にいる気がして嬉しいような悲しいような感じかな」
「あにめって言うんだっけ。こっちの世界にはないけど、どんなものなの?」
「えーっと、本ってある?」
「あるよー」
「どんな本?」
「えっとねえ、お姫様が魔物を食べる話とか、勇者が魔物を食べる話とか」
「ちょ、ちょっと待って。魔物を食べる話しかないの?」
「そんなことないよ? 魔物に食べられた男の子がお腹を破って出てくる話とかもあるよ」
「な、なんか物騒だね。で、でもね、アニメっていうのはその本の内容が、映像として動くの」
「えいぞーって?」
「本に絵はある?」
「あるやつもある! 挿絵っていうんだよ」
「そう! その挿絵が動くの。声もついてて、動く絵本みたいな感じ!」
「あー! もしかして魔法の本のこと?」
「魔法の本?」
「開くと勝手に読んでくれて、絵もどんどん動くの」
こっちの世界にもアニメみたいなものがあるのか。
「そんなのがあるんだ!」
「だけど私は持ってなーい。高いんだよー、骨董品屋さんでも値段高いものに入ると思う」
「そうなんだ」
ちょっと残念。みてみたかった。
もしかしたらこれからみる機会があるかもしれない。っていうかうちの世界はテレビがあるのが当たり前だったから、テレビがない人にアニメがどんなものか説明するのってむずかしい。
ちゃんと伝わったっぽくて良かった。
「ラズは趣味とかないの?」
「趣味かー。もうちょっとしたら水浴びとかかなあ。編み物はあんまり好きじゃないし、本読むのもそんなだし。遊ぶのが好きって感じかなあ」
ラズの水浴び……。それはそれは綺麗な体なんだろうな。水着が眩しい。
「リョク? どうしたの?」
「ごめん、妄想してた」
「何妄想してたの? ねえねえ?」
「な、内緒。あ、ほら、ついたよ! 入ろ。包丁も返さないと」
「あ、そうだった。ちょっと待ってて。包丁返してくる」




