第9話 拒絶のテスト
向かった先は昨日と同じ、元・写真部の部室だった。
もう申請が通ったのだろうか? そう思いつつ、七海さんの後ろについて部屋に入る。
中には神楽坂さんと姫野さん。そこまでは想定内――だが、今日はもう一人、見覚えのある人物がい た。
「芥川先生」
入るなり口をついて出た名前に、先生もこちらを向く。
「おお、来たか。二人とも」
耳に心地よい、あの穏やかな声。
この学校の国語教師・芥川次郎。六十手前、背丈は僕と同じくらいで細身。白髪が目立つ。淡々とした授業は眠くなる生徒も多いが、頭ごなしに叱らず、最後まで話を聞いたうえでそっと助言する人だ。だからこそ、妙に言葉が染みる。僕が歳を取るなら、ああいう大人になりたい――そう思わせるタイプ。
「これはどういう状況?」
七海さんを見ると、先に神楽坂さんが肩をすくめた。
「新設にはテストが必要、ですって。ええ、とっても融通の利かない先生のご提案よ」
「まあ、そう言うな。簡単なテストだからね」
完全に先生のペースだ。テストって、なんだ。
「夏目。君が写真部の部長と聞いているよ」
「は?」
不意打ちに、思わず七海さんをにらむ。彼女はするりと視線を逸らした。
「違っているかな?」
芥川先生はA4の申請書に目を落とす。
「『部名:写真部。部長:夏目凪人。副部長:七海楓』――とある。さっき神楽坂君からも聞いたが、君はフィルムカメラを使っているそうだね」
「あ、はい」
神楽坂さんに目をやると、彼女まで涼しい顔で目を逸らす。
「今はデジタルが主流。でもね、昨日、夏目君にフィルムの良さを熱弁されちゃって。見せてもらった写真がとても素敵だったの。だから――部活を作ろう、って話になったのよ」
いつも氷のような眼差しの神楽坂さんが、わざとらしくキラキラさせて語る。ここまで真顔で嘘をつけるなんて、将来が心配だな。
「写真部を作ること自体、私は大賛成だ。私が顧問を引き受けよう。部屋の使用も校長と交渉する」
前向きな言葉に、三人は小さく喜色。計画とはいえ、先生を騙している後ろめたさが胸に刺さる。よりによって芥川先生に――。
「ただ、本当に好きでやるのか、確かめたい。過去には部費やたまり場目当てで作ろうとした生徒もいてね」
微笑しながら、目が笑っていない。強面より別の意味で怖い。
「テストって、何を?」
「カメラを持ち歩いているんだね?」
「ええ、持っています」
「見せてもらえるかな」
断りたいところだが、芥川先生の頼みなら従う。鞄から相棒を取り出す。中一のとき父に譲ってもらった機体。手に馴染んだ道具ほど愛着が湧く。
カメラを手渡すと、写真に興味ないはずの三人までのぞき込んでくる。
「ほう……なるほど」
先生は優しい指先でキズやレンズの縁を撫でる。カメラを愛する人の目だ。
「大事に使っているね」
真っ直ぐな言葉に「はい」と答える。これは相棒だ。
「テストは単純。いま、写真を一枚撮る。隣の暗室で現像。できあがりで、新設を認めるか決めよう」
思っていたよりシンプル――そう思ったのも束の間。
「ただし、被写体は人物に限る。風景は不可だ」
心臓が跳ねる。
「いや、芥川先生。人物は――」
「知っている。撮らないんだろう? 神楽坂君から聞いたよ」
「それなら――」
「ダメだ。好き嫌いで避ける限り、成長はない。君が伸びなければ、これから君が教えるこの三人も伸びない。最初から伸びない部は、認められないよ」
言葉を失う。素人の口出しなら反論もできるが、先生は分かっている人の言い方だ。あのとき父に言われた言葉が脳裏をよぎる。
――どうする。理由は言えない。逃げるのも違う。俯いた僕の耳に、ぽつりと落ちた。
「わかりました。それなら、諦めます」
……え? 誰が?
顔を上げる。三人とも、同じ相手を見て固まっている。
そう、七海さんだ。彼女は困ったように笑って、軽い調子で――けれど芯のある声音で言った。
「ごめんね、凪君。ムリはさせたくないし。部、別の道考えるから。――ね、先生。これ、ナシでいいです」




