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ナイトメアフィルム ~屋上の惨劇~  作者: 結城智
第二章 写真部(仮)と顧問のテスト
8/50

第8話 手を繋いだまま、平穏は揺れる

 翌日も、いつも通りの日常。放課後になれば、ひとりでまっすぐ家路へ――のつもりだったが、今日はどこかで写真でも撮ろうか。こないだ桜は撮ったし、もうすぐ五月。どこかの家に鯉のぼりが上がっているかもしれない。


「ちょっと、凪君!」


 考え事をしながら歩いていると、背後から声。いきなり襟首を掴まれ、首がしまって「うげっ」と変な声が出た。僕の奇声――いや、七海さんの大声に反応したのだろう、近くのクラスメイトの視線が一斉にこちらへ向く。


 振り返ると、七海さんが頬をぷくっと膨らませて立っていた。

 いやいや、不機嫌になりたいのはこっちだ。首の襟を引っ張るな。もう少し強かったら白目むいてたぞ。


「なに?」


 文句のひとつも言いたかったが、周りの目もあるので淡々と問う。すると七海さんは「はぁ?」と大声。


「なに? じゃないよ。昨日の約束、忘れてない?」

「昨日の約束?」

「うわ、やっぱ忘れてる! 昨日、協力するって言ってくれたじゃん。ひどいよ。あれだけ貢ぐ約束したのに、まだ足りないって言うの?」


 ――貢ぐの一言で、周囲がざわついた。


 おい、言葉を選べ。変な噂が立つだろうが。学校での僕は温厚・人畜無害で通っているんだ。夏目は実は女子から金をせびるクズ――なんて噂が流れたら僕の学園生活は終わりだ。

 僕はただ平穏でいたい。青春だの大冒険だの望んでいない。上り坂も下り坂もない、ひたすら平坦な道を歩いていたいのだ。


「楓ちゃん、部活作るんだって? 何部?」


 近くの女子たちが興味津々で寄ってくる。三人組の一人、花園さんが尋ねた。


「ヒーロー部だよ!」


 ブイサインで答える七海さん。


「……ヒーロー部?」

「うん、ヒーロー部!」


 花園さんは固まり、後ろの二人も顔を見合わせる。


「えっと……」


 困った顔で、なぜか僕を見る。――助けて、夏目君、の眼差し。


「七海さん、その話は内密だろ」


 耳元に寄り小声で言うと、七海さんは「あっ」と声を漏らした。


「ごめんごめん。本当は、写真部だった〜」


 頭をかいて、てへぺろ。ヒーロー部がどう転んで写真部になるのか謎だが、その答えに花園さんはホッとした表情。


「写真部か。でも楓ちゃんが写真好きって知らなかったな」

「えっ、私が? ううん、私、写真なんて全然興味ないよ!」

「へっ?」


 花園さんは再びフリーズ。彼女と同じ角度で首を傾げる七海さん。そしてまた僕に視線が飛ぶ。

いや、なんで毎回僕に助け舟を求めるんだ。見ていられないので――。


「ほら、七海さん。もう行かないと」


 僕は会話を強制終了し、七海さんの肩を押して教室を脱出した。

 廊下に出ると、何事もなかったように歩き出す。


「ちょっと待ってよ、凪君」


 当然のように腕を掴まれた。今度は襟じゃなくて助かった――じゃなくて。


「どういうつもりだ」

「えっ、なにが?」


 振り返ると、七海さんはぽかんとした顔。

 そのゆるキャラみたいな表情、地味にイラッとくる。男の子だったらチョップしてる。


「部活のこと、公にしないって約束だったろ」


 ――表向きは写真部として申請し、部室と部費を確保。本来の人助けはその後に、というのが神楽坂さんの筋書きだった。まずは写真部を作らないと、何も始まらない。……僕は写真部さえできればいいのだけど。


「なのにヒーロー部を吹聴するし、写真部を作るって言った直後に『写真に興味ない』って平然と言う。ほんとに作る気あるのか?」


 強めに指摘すると、七海さんの頬がふくらむ。


「なによ、そんな怒らなくてもよくない? そもそも、凪君が帰ろうとするのが悪いんじゃん」

「いや、まさか……教室を出たら、そのまま部室に行くつもりだったよ」

「えっ、本当?」

「ああ、本当だ」


 ――ごめんなさい、嘘です。帰る気満々でした。


「そっか。だったらごめん、疑った私が悪かったね」


 しゅんと肩を落とし、ぺこりと頭を下げる。言い返してくると思って身構えていた分、拍子抜けする。


「いや、僕も言いすぎた。ごめん」


 嘘をついた罪悪感もあって、素直に謝る。


「ところで、新しい部活って、まだ申請してないんだよね?」


 話を戻す。


「あ、それね。すぐ部室に集合して!」

「は?」


 何か思い出したように目を丸くすると、七海さんは僕の手を掴んで歩き始めた。


「ちょ、ちょっと七海さん!」


 七海さんは一直線。女の子に手を繋がれる経験なんてほぼない僕は、振りほどくタイミングを失い、されるがまま。


「お、夏目と七海だ。あの二人、仲良かったっけ?」

「手ぇ繋いでるぞ。付き合ってんのか?」

「マジ? 俺、七海さん狙ってたのに……」

「だよな。七海さん、可愛くて明るいし。にしても、なんで夏目?」


 廊下のざわめきが耳に入る。

 七海さんは気づいていない――集中すると周りが見えなくなるタイプ。一方、僕は耳がいい。聞きたくない噂話や悪口まで拾ってしまう。


 七海さんは顔も可愛いし性格も明るい。狙っている男は多い。頭の中が残念だということは、まあ大半は知らないだろう。


 対して神楽坂さんは高嶺の花。美人で言葉もストレート、男子からはやや敬遠気味。

 顔だけでいえば姫野さんも人気が出そうだが、極度の人見知りで、男子相手だとさらに口が重い。需要は低め――少なくとも、今の男子たちの好みでは。


 ……と長々語ったが、要は七海さん関連の噂だけは絶対に避けたい、ということだ。僕の目指す学生ライフは、面倒ごと回避が大前提。争いも厄介事もノーサンキュー。七海さんと付き合っている、なんて噂が広まって恨みを買うのはごめんだ。


「七海さん!」


 足を止めさせ、つないだ手をそっと外す。


「どしたの?」


 ようやく振り返った彼女は、鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔。……膝かっくんしたい衝動を必死に抑える。


「この際だから言っておく。君たちの調査どおり、僕は面倒ごとが嫌いだ。本来は入部もしたくなかった。でも入った以上、知恵は貸す。ただし、面倒事には極力付き合わない」


 告げると、七海さんはしばし無言。ぽかんとしたまま――


「うん。知恵を貸してくれれば、それで十分。行動は基本、私がやるから。……でもさ」


 小首をかしげて、純粋な声色で問う。


「凪君は、それでいいの?」


 嫌味じゃない。ほんとうに、疑問そのものの顔。


「いいに決まってるだろ」


 なにを言ってるんだ。

 その答えに、七海さんは納得いかない様子で「そっか」と頷いた。


 ――凪君は、それでいいの? とは、一体どういう意味だ。


 このときの僕には、七海さんの言葉の真意が、まだわからなかった。

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