第7話 取引の暗室
「わかった。好きにすればいい。僕には関係ないことだ」
そう言い捨てて、席を立つ。
「えっ、嘘。本当に入ってくれないの? それともドッキリ?」
七海さんはまだ、僕が入部すると信じて疑っていない様子だ。この子の脳みそ、ちゃんと機能してるのか。
「だから言ったでしょ。無条件で力を貸してくれる人じゃないのよ、夏目君は」
神楽坂さんが、ドンマイとでも言うように七海さんの肩を叩く。
……その言い方、引っかかるな。まるで僕が冷たい人間みたいじゃないか。まあ、どう思われても構わない。ここは撤退するに限る。
「待ちなさい、夏目君」
立ち上がった僕を、神楽坂さんが呼び止めた。面倒くさいと思いつつも、足を止めて振り返る。
「取引をしましょう」
「取引?」
思わずオウム返し。なんだそれ。
「百聞は一見に如かず。あっちの部屋を見てご覧なさい」
神楽坂さんの視線の先、そこには気づかなかったドアがあった。開けると――
狭い五畳ほどの空間。流し台と机、棚には薬品の瓶。そして机の上には、見覚えのある機械。
……間違いない、引き伸ばし機だ。写真フィルムを拡大投影し、印画紙に焼き付けるための道具。赤いカーテンに遮られた小さな暗室。
僕は慌てて部屋を出る。
「こ、これって……」
声が震えたのは心臓が跳ねていたせいだ。神楽坂さんはニヤリと笑う。
「元は写真部の部室だったそうよ。でも六年前に廃部になったって。顧問は芥川先生だったらしいわ」
初耳の話。デジタル全盛の今でも、フィルムを扱える施設が残っていたなんて……。
「フィルムカメラってお金がかかるんでしょう? 現像するなら尚更」
「……何が言いたい」
「もし私たちに力を貸してくれるなら、表向きは写真部として申請する。私たちも写真部員になれば、部費が出るし、この暗室も自由に使える」
まさかの提案に心が揺れる。フィルムも現像液も全部自己負担――僕には大きな出費だった。それが部費で賄えるなら……。
「仮に承諾したとして、そっちのメリットは? 写真部にしたら、ヒーロー部の活動はできないんじゃ」
「大丈夫。写真部はあくまで建前。本来の活動は予定通りよ」
神楽坂さんは髪をかき上げて溜息をつく。
「だいたい、ヒーロー部なんて名前で通ると思う? 却下されるに決まってるわ」
「えっ、紅葉……そんなふうに思ってたの?」
七海さんがショックを受ける。
「当たり前よ。あんただけ変人扱いされるならいいけど、私や梓まで巻き込まれるのは御免だわ」
「で、どうする?」
神楽坂さんの問い。僕は逡巡する。
――でも、冷静に考えればメリットは大きい。暗室を守る条件も、一カ月以内に女友達を一人以上。なら、この部に入って姫野さんと距離を縮めればクリアできる。あとは適当な理由をつけて辞めればいい。
「……わかった」
結局、僕は承諾した。脅されたわけじゃない。冷静に判断しての答えだ。
「やったー! これで部、結成だね。これからよろしく、凪君!」
飛び跳ねて喜ぶ七海さん。その姿を見て、少しだけ胸が痛んだ。
第一章 終




