第6話 暴かれた素性、揺らぐ心
「夏目凪人君。君のことは全部、調査済みだよ」
七海さんはいきなり鞄から手帳を取り出し、パラパラとページをめくり始めた。
「夏目凪人。身長一七二センチ、体重六十二キロ。父親はカメラマンで、現在両親は揃って海外を飛び回っている。よって今は双子の弟・奏太君と、妹・舞ちゃんの三人で暮らしている――」
まるで教科書を読むかのように、個人情報がすらすらと読み上げられていく。
「ちょ、ちょっと待て! なんだそれは」
「なに? まだ途中なんだけど」
思わず手を伸ばすと、七海さんは手帳を庇うように抱え込んだ。
一体どこからそんな情報を……? いや、不快感が増したのはその次だ。
「鞄にはいつもフィルムカメラ。風景ばかりを好んで撮り、人物は一切撮らない。理由は不明だが、人嫌いというわけではなさそう。トラウマがあると想定。鋭い洞察力を持ちながら面倒ごとを避ける傾向が強い。耳が良いため、揉め事が起こる前にその場から姿を消すことも多い。表面上は穏やかに見えるが、心の中はまっくろくろすけ。ひねくれた性格は扱いにくいが、部活を設立するうえで夏目凪人は必要不可欠――って、紅葉、酷い書き方するね」
七海さんは苦笑しつつ、神楽坂さんの方を見る。
……なるほど、今のは神楽坂さんが書いたのか。僕が視線を向けると、目が合ってしまった。
「あら、そんな顔しないでくれる? 私は事実をまとめただけよ。適任と判断したのは梓の方だから」
「紅葉ちゃんっ、それは言わない約束だよ!」
姫野さんが慌てて口に指を当てる。
「あら、ごめんなさい。つい口が滑ったわ」
謝りながらも、神楽坂さんの目は完全に笑っていた。絶対わざとだろ。
だが衝撃だった。姫野梓――彼女が僕を適任と見抜いた?
情報を集めるのは簡単だ。けど本質を見抜くなんて、容易じゃない。しかも「人物を撮らない理由はトラウマ」――ほぼ正解だ。
僕が姫野さんを真っ直ぐ見つめると、彼女は目を潤ませて「ごめんね、凪人君」と謝ってきた。
……まさか、オドオドした彼女にここまでの洞察力があるとは。僕も洞察には自信があるが、さすがにほとんど話したこともない相手の本質までは見抜けない。
たぶん彼女は、いつも相手の顔色をうかがってきたんだろう。傷つけないよう、慎重に。だからこそ見抜く目が養われたのだ。
けど、そんな賢い子がこのバカげた部の設立に賛同するなんてありえるのか? 七海に無理やり巻き込まれてるんじゃ……。
「これでわかったでしょ? 凪君を推薦する理由」
「推薦ありがとう。丁重にお断りするよ」
僕は即答。七海さんは信じられないという顔で口を開けた。
「えっ、なんで!? 困ってる人を助けられるんだよ。それ以上のメリットなんて要る?」
……泣きたい。冗談で言ってるんじゃない。本気だから、この人はこんな部を作ろうとするんだ。
「ねぇ、神楽坂さん。姫野さん。本当にそんな部を作りたいと思ってるの?」
問いかけると、二人は顔を見合わせ――
「そうね。正直、バカだと思ってるわ」
あっさり毒舌。七海さんが「えーっ!? 酷いよ紅葉!」と叫ぶ。
だが続いた言葉に、僕は目を瞬いた。
「でも、面白そうじゃない。誰かを本当に救えたら、の話だけどね。私はね、常識なんて壁に縛られて、諦めるのが嫌いなの。バカだと言われても信念を貫く楓が、私は好きよ」
――残念。既に神楽坂さんも七海側だったか。
「姫野さんは?」
最後の砦に望みを託す。
「……凪人君の言いたいことはわかるよ」
彼女はおずおずしながらも、まっすぐ僕を見た。
「人って勝手だから……助けても感謝は一瞬で、すぐ忘れるかもしれない。もし助けられなかったら、逆恨みされるかもしれない。……こんなの、正直怖い」
まともだ。ようやく味方が――
「でも、楓ちゃんが私を必要としてくれたから。私は、力になりたい」
……その瞳に、小さな光が差した。
完全に理解不能。得にもならないのに、どうして。結局、姫野さんまで七海信者か。
――まあいい。勝手にやってくれ。僕には関係ない。




