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第45話 未来を変える力

 後日談。

 花園さんと東野さんが和解した翌日。花園さんはサッカー部メンバー全員を集め、深々と頭を下げて「今まで本当にすみませんでした!」と、大きな声で謝罪したという。


 意外と言ったら失礼かもしれないが、その謝罪はすぐに受け入れられた。

 一番許してくれないだろうと思われていた氷室部長や椿木副部長でさえ、花園さんの頭を撫でながら「花梨。これから仕切り直しよ」と声をかけ、むしろ彼女を支える側に回ったらしい。


 信頼を築くには時間がかかるが、崩れるのは一瞬――その言葉通り、花園さんは一度自分で積み上げた信頼を壊してしまった。

 けれど、彼女がこれまで積み上げてきたものは決して無駄ではなかった。


 部員の何人かはこう話していたという。

 東野さんをいじめていた期間、花園さんはよく一人で頭を抱えて苦しそうにしていた。だからこそ「絶対になにかある」「早く元の花園さんに戻って欲しい」と皆が心の中で願っていた、と。

 

 ――想像力のある人間が、人を陥れるなんて無理。

 神楽坂さんの言葉はその通りで、今回救われたのは東野さんよりも、むしろ花園さん自身だったのかもしれない。




 そして、事件から三日経った頃。

 実は僕は花園さんに呼び出しを受けていた。

 場所は、こそこそ話の聖地・体育館裏。

 あの日は僕が呼び出した側だったが、今度は呼び出される立場。いつもは呼び出す方だから、呼び出されることには慣れていない。……まあ、用件については大体想像がつくけれど。


 体育館裏に着くと、すでに花園さんが先に来て待っていた。あの日とは全く逆の構図だ。

「待たせたね」と言いながら歩み寄る。


「あっ、来た来た。遅いよ」


 振り返った花園さんは、僕の顔を見るなり口を尖らせた。


「時間通りだと思うけど」


 待ち合わせは十五時。スマホを確認すると、今ちょうど十五時。遅れてはいないはずだ。


「こういう時は、五分前に来るのが基本でしょ」

「僕はジャストインタイムな人間なんだ」

「えっ、なに? ジャストインタイム?」

「ああ、ごめん。なんでもない」


 つい某自動車会社の用語を口にしてしまった。しかも、使いどころを完全に間違えている。自分で言っておきながら、慌ててごまかした。


「で、どうしたの? こんなところに呼び出して。……もしかして告白?」

「うん、そう。実は私、前から夏目君のこと気になってて」

「おお。ついに僕にも春が来たか」

「うん。嘘だけど」

「そうか。残念だな」 


 どうでもいい、不毛なやり取り。

 けれど――先日の件もある。互いに、いきなり本題へ踏み込むのは気恥ずかしいと、無意識に思っているのかもしれない。


「てか、私が本気で告白しても、夏目君は絶対に断るでしょ」

「なんで?」

「夏目君の本命は、写真部にいるあの三人の誰かでしょ」


 からかうように花園さんが言う。ああ、女子は必ずそういう思考に行き着くんだな。否定するのも面倒だったので、「想像に任せるよ」と肩をすくめて答えた。


「うん。勝手に想像しとく」


 花園さんは軽く笑い、そう言って相槌を打つ。だが次の瞬間、真剣な眼差しに変わった。


「夏目君。こないだは本当にありがとう」


 深々と頭を下げる花園さん。

 ――ああ、やっぱりその件か。呼び出された時点で大体予想はついていたし、こんな風にお礼を言われることも想定していた。だから、僕も返す言葉を用意していた。


「僕に礼を言うのは筋違いだよ」


 ばっさりと切り捨てるように言った。顔を上げた花園さんの目が、一瞬だけ揺れる。


「今回、花園さんを助けたのは七海さんだ。僕じゃない。……むしろ僕は、東野さんを助けるために花園さんを孤立させる方向で、先輩たちを誘導した。そんなの間違ってるって、七海さんは怒って動いた。多分、彼女がいなかったら、今頃……」


 言葉を切ると、背筋に冷たいものが走る。

 七海さんがいなければ――東野さんを救った後、花園さんはきっと放置されていた。写真の違和感にも、僕は気づかずに終わっていた。


 その結果、惨劇は現実になっていたはずだ。あの日、花園さんは東野さんを刺し、警察に捕まり、学校からも追われ……二度とここには戻れなかっただろう。

 そう考えると、心底ぞっとする。


 認めたくはない。だが――「目に入る人は助けたい」という七海さんの偽善じみた信念が、結果的に惨劇を回避したのは事実だ。否定しようもない。


 複雑な心境のまま言葉を口にすると、花園さんはふっと吹き出した。

 えっ。なんで今、笑った?

 全然笑うところじゃないだろ。

 思わず不快になって睨むと、花園さんは「あ、ごめん」と口を押さえ、肩を揺らして笑いを抑えようとした。


「いや、だってさ。楓ちゃんが言った通りになったから、ちょっと面白くて」

「七海さんの言った通り?」


 一体どういうことだ? と思ったが、その答えは花園さんの口からすぐに明かされた。


「楓ちゃん、言ってたんだ。きっと凪君にありがとうって言っても、“僕はなにもしていない。むしろ花園さんを孤立させただけだ。助けたのは七海さんだ”って、絶対言うからって。……凄いね、本当にそのまま言ったよ」


 そう言って、花園さんはぷぷっと吹き出す。

 なにがそんなにツボなのか、意味不明だ。個人的には、七海さんが事前にそんなことを口にしていたのは、少し悔しいところでもある。


「でも、その通りだよ。今回、僕はなにもしていない」

「ううん、違う」


 花園さんはすぐさま首を振り、否定した。


「私が花梨ちゃんのそばにいた間、梓は人見知りなのに頑張って色んな人に聞き回ってくれた。紅葉は男嫌いなのに、男子サッカー部に出向いて桐生君のことを調べてくれた。そして凪君は桐生君をぶん殴って立ち直らせたり、花梨ちゃんがいる場所を言い当ててくれた。写真部の四人の誰か一人でも欠けてたら、この件は解決できなかったって……楓ちゃんはそう言ってたよ」


 そして花園さんは、先ほどとは違い、破顔一笑で言った。


「だからね、夏目君。助けてくれて、本当にありがとう」


 その笑顔を見た瞬間、なぜか僕の脳裏には――楓馬の顔が浮かんだ。

 自分のせいで、親友を不登校に追い込み、転校させてしまった、呪われた力。

 僕はこの力をずっと憎んでいた。

 だから、写真が好きなのに人物は撮らないようにしてきた。惨劇が見えたところで、どうせ救えはしない。未来は変わらない。……そう思っていたから。


 でも、今回は違った。

 この力のおかげで、花園さんも東野さんも救えた。

 今までは憎んでばかりいた呪いのような力。

 それが今、ほんの少しだけ――好きになれる気がした。

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